大層なもんじゃない
電車は夏の光景の中をカタンカタンと線路の音を規則正しく鳴らしながら走っていく。車内は快適な温度だ。婆ちゃんは窓の外を眺めながら
「良い景色だわー……好きな人とも添い遂げて死んで、素敵な孫も居て、その彼女も可愛くて」
チリは婆ちゃんの隣で嬉しそうだが、ファイ子は怒りが収まらないようで
「エネを元に戻しなさい!」
指をさして激怒し続けているが婆ちゃんも無視し続けている。俺はとりあえずファイ子とスーツケースを押して、後方の離れた窓際にファイ子を座らせ、その横に座った。
「あれな、俺の婆ちゃん。数年前もう死んでるんだけど、幽霊としてまだ存在してるみたいでな。ファイ子もエネを呪ってる黒い影見ただろ?あれも婆ちゃん。元々霊能者として地元で有名だったんだよ」
さらに俺と婆ちゃんの夢の話もすると
ファイ子はようやく落ち着いてきて
「ネーゲアゲストラーモ……」
と呟いた。
「何度か聞いたけどそれ、何なの?」
ファイ子は眉をひそめて小声で
「エリンガ語で……次元を股に掛ける化け物の意味ですう……宇宙の旅の途中で何度か遭遇しましたあ」
俺は思わず笑ってしまう。怪訝そうなファイ子に
「そんな大層なもんじゃないよ。爺ちゃんへの念が強すぎて幽霊として成仏できないだけなんじゃないか?」
「そうそうそうなのよねー。爺ちゃんが気になりすぎて天国に上がれないのよー」
いつの間にか横の通路にいた婆ちゃんはサッとスーツケースを回収して、前方に戻っていった。ファイ子は怒りと怯えの入り混じった表情で
「絶対にエネをあの化け物から取り戻しますうううう」
「いや説得しないか?話せばわかってくれるタイプだぞ?」
父さんの話によると理屈が通れば折れてくれる人だったと思う。爺ちゃんのこと以外は。
「化け物とは交渉しませんー!」
「いや犯罪者みたいに言うなよ。婆ちゃん仲良くなれば優しいって」
前方の席ではチリと二人でキャッキャッと中学生女子みたいに楽しげに話し込んでいる。
婆ちゃんを隙あらば襲撃しようとしていたファイ子を抑えていると、いつの間にか周囲の景色は夕暮れになっていた。そして瞬く間に満点の星空になり電車は星空の中をカタンカタンと静かに走っていた。
ファイ子は憤然としながらも
「有能な3.5次元物体のようです。地元の記憶だけでなく、3.5次元で出会った生き物の記憶を取り込んでガニメデまで……あっ」
「どうした?」
ファイ子はガタガタ震えだして
「や、やはり……」
「せいかーい。この電車が取り込んでるのは私の記憶だし、この電車は私が気に入って生前の晩年に利用しまくっていたものよ」
いつの間にか横にいた婆ちゃんが俺の肩を叩くと
「えいなり。世界は広いのよ」
赤ら顔で言ってきた。何故か着物姿になっている。
「婆ちゃん、酔ってる?」
「あははっ!チリちゃんと話してたら楽しくなっちゃってええ。制服でお酒は教育上悪いしいい着替えったわっ」
「……チリは飲んでないよな?」
「あたりまえでしょお?お菓子とジュースよお?ほら、そこのバカ異星人もなんか飲みなさいな」
「バッ……バカ……」
ファイ子は気が遠くなりかけたらしく俺の肩によりかかる。
「婆ちゃーん。こいつ繊細なんだぞ?」
「うふふ。ごめんなさいねー」
婆ちゃんはステップを踏んで前方に戻っていった。ファイ子は俺にしがみついて
「ほっ、本当にえいなりのお婆さんなんですかあ?何かに乗っ取られているとかあ……」
「いや間違いなく婆ちゃんだよ。違ったらすぐ分かると思う」
ファイ子は俺にしがみついたまま、必死に何か考え出した。電車は星の海の中を規則正しい音をさせて進んでいく。




