茶は飲まんか
古びた畳の部屋に俺たちは通される。すぐ隣はキッチンでヤカンがコトコト揺れている。
ちゃぶ台を囲んで座ると、セインがニャンヒカル以外にお茶を出してきた。
そしてニャンヒカルには皿に入った猫用カリカリと大きめで横広の水の入ったコップを出して
「ニャンモウ族のもてなし方は知ってる」
と言いながら、不機嫌な顔であぐらをかいた。
ニャンヒカルは軽くカリカリを食べ、水を猫のようにピチャピチャと飲むと
「やはり、日本最大の闇商人というお噂は本当でしたか」
と言って、俺達を驚かせ、セインに大きく舌打ちされる。
「何が欲しいかさっさと言って帰れ。チリちゃんがいなければとっくに叩き出してるぞ」
ニャンヒカルは両目をギラつかせながら
「お二人に嫌われましてねえ。三人目のあなたを頼ろうかと」
セインは拍子抜けした顔をしたあと、腹を抱えて笑い出した。
「ナニコとタカユキで懲りてないのか。銀河級のバカだな。お前らの操船が並より上なだけであって、深海を泳ぐクラーケンや島のふりした亀を飼うことはできないだろ?」
ニャンヒカルは明らかに驚愕した表情で一瞬固まると
「ふっ、楽しいことをおっしゃる」
何とか平静を取り繕い、隣に、素早くにじり寄ってきたチリに顎をポムポムされながら
「よーしよしよし驚いたねーセインさん猫好きだから怖がらなくていいよー」
と言われ、ゴロゴロと喉を鳴らしてしばらく両目を閉じると、ハッと急に気付いた表情をして、チリの手を取り
「驚いてなどいません。それに私は猫ではありません」
セインは完全にニャンヒカルを舐めた表情で
「ガニメデの第三層海内に『四体目』の次元間移動生物が潜んでるのを知っているか?」
「なっ……」
ニャンヒカルは目を丸くして固まり、またすかさず首元をなでだしたチリに
「ニャンヒカルー?私がいるからねっ。大丈夫だからねー?」
完全に飼い主目線で心配されだした。セインはニヤニヤ笑いながら、ファイ子の方を向き
「ファイ族は茶は飲まんか」
と言いながら、サッと湯呑みを手に取ると立ち上がり、俺たちの目の前で逆さにした。
お茶がぶちまけられたと思ったのもつかの間、緑色の液体が球状となり、その場で宙をクルクルまわり始める。
「わーキレイー。セインさん手品っ?」
チリは無邪気に喜んで、ファイ子は震えだし、ニャンヒカルは何とか口を開け
「ぶっ……物質完全操作能力……ケイオスの薄い地球でも可能なのか」
セインは苦笑いしながら、何か言おうとして止めると
「気にするな、ただの安い手品だ。第三層海には七体の領海支配級が泳いでるだろ?」
ニャンヒカルが黙って頷くと、緑の球体内にタコやスライム、龍のような生き物が数体泳ぎ始めた。
「そのうち一体はなりすました次元間移動生物だ。母親を追ってガニメデまでたどり着いたが、巨体を出現させるための良いワープポイントが発見できず足止めされている。助けてやったら恩を売れていいんじゃないかー」
最後の部分、棒読みでセインは斜め横を見ながら言った。
「なっ、なんてことだ……マ・イカ神はやはりとてつもなく思慮深い……太陽系……荒野の辺境とばかり思っていたが…」
ニャンヒカルは立ち上がるとファイ子を見下ろし
「ファイガラス姫、協力に感謝して、ガニメデ基地ワープポータルの使用を許可します。では、私は忙しいので」
まとわりつくチリの手を払い、足早に出ていった。
「あー……私のニャンヒカルがっ……」
惜しそうに猫人の後ろ姿を見つめるチリの背後で、浮いていたお茶は湯呑みに戻っていき
「ファイ族、飲まんなら貰うぞ」
とセインが一気に飲み干した。




