サウンドチェック
ストラップで影でできたベースを肩にかけた爺ちゃんが近づいてきて、俺が持つ影でできたギターを指差すと
「えいなり、コードは自動で合うから後は、単音かコードストロークかの違いだけじゃ。右手を軽くグーにして、左手で適当に六弦同時に抑えてみよ」
あたふたしながらやると
「そして軽く握った右手を下げながら弦を弾くのじゃ」
「こう?」
いい加減に弾いたがそれっぽい音がしてビビる。
「エレキギターの手弾きは、完全素人とゾフ・バックなど超越した達人がするもんじゃが、そのギターなら手も切れんし、音も外れん。好きに弾けば良い」
「エアギターのつもりで弾いてみる」
オロチコバンという日本の芸人が最近、エアギターの世界大会を優勝したらしい。ちょうど数日前、バラエティ番組でその達人芸を見て面白いなと思っていた。
面白がって同時に弾く弦の数を減らしたり増やしてかき鳴らしていると、爺ちゃんが不思議な音のベースを弾き始めた。あってないようで合っているギリギリを攻めている感じがする。それにチリが
「わったしーのー好きなのはーアニメとー漫画ー」
などと適当な歌詞をつけて歌い出しヘラナがコーラスをいれると、ドラムが爺ちゃんのベースラインに合わせて、不思議な変拍子を叩き始めた。
「マンガのせっかいはひろいからーわったしーはー森にー迷い込みー出会ったのー」
なんかちょっと良いなと思った直後
「びーえる!びーえる!びーえる!愛しのびーえる!」
チリが日頃部活でしか言えない鬱屈した想いを絶叫しだした。それをヘラナが
「びーえるーびーえるーびーえるー」
と美しくハモりだす。演奏もチリの絶叫に引っ張られていき最高潮に達したときに
「でも……時々、悲しくなる……ラン様はホントはいないんだって……」
チリの語りが入り始めた。
「……モン君と夕陽を見てた、あのラン様はいないんだって」
次第に演奏が落ち着いていき、俺は演歌みたいなギターソロに挑戦してみる。ヘラナは
「ラーララー」
などと悲しげなコーラスで雰囲気を支えている。チリは聞き入っている観客に向け、少し腰をかがめ、右腕をスイングさせて
「現実に戻れって、残酷なアニメ監督たちが言うの……現実で恋愛して、子供は自然と遊べっていうの」
そして悲しげな顔で
「わかる、わかるの。よくわかるの。でも……あの子は振り向いてくれないし、帰るべき現実なんて、私にはないっ!」
言い切りやがった!いや普通にファイ子居なかったら俺とチリは付き合ってると思うけどな……そうか……要するにファイ子がチリをさらにBL沼に沈めていたのか……待てよ?最近あいつ、姫としての仕事が忙しいのかグイグイ来ないし、もしやこれは、チリと正式に付き合うチャンスなのでは?などと思いながら、ギターソロを続けていると
「だーかーらー?」
チリがためながらバンドの全員を見回してきた。次の展開はわかりやすい。チリが息を吸い込んだ瞬間に、全楽器が開放されて
「びーえる!びーえる!びーえる!一心不乱のびーえるを!心が震えるびーえるを!」
チリは絶叫しだした。ヘラナは見事な美しいコーラスで曲が激しくなりすぎないように彩りを添えていく。
「びーえる!びーえる!!あああ……ああああ……」
座り込んだチリの嗚咽とともに曲は終わった。観客は大歓声と拍手で答えてくれる。ヘラナが少し怒った顔で
「チリお姉様、サウンドチェックで盛り上げすぎです」
「ごめんっ……コーラスするね」
その後、ヘラナの西瓜梨子に影響された暗黒オルタナロック3曲を俺たちは奏でるが、明らかに観客は後方に下がったチリの方ばかり見て、次の曲を期待していた。大して盛り上がらないまま、制限時間が過ぎ、前のバンドと同じように強制ワープ退場させられる。




