8.なんか既視感あるんですけど
勇者の武器として、それはいかがなものなのか。
そう思わないでもなかったが、効果は絶大だった。
エーリクは危なげなく地面に着地し、空の裂け目を見上げる。魔族の姿はもう完全になくなっていて、空に浮かぶは巨大な裂け目ばかり。
「げ、撃退できた……?」
喜ぶ私に、エーリクが静かに首を横に振った。
「いいや――まだだ」
エーリクの言葉通り、空の裂け目から再び魔族の手が伸びてきた。
……いや、正確には指の先だけが。様子を探るように、恐る恐る一本指をぴょこぴょこ左右に動かす。
「はああッ!」
バコーーーーン
『イデッ』
指が引っ込む。
「やああッ!」
バコーーーーン
『イデッ』
次に出てきたのは固く握られたこぶしだったが、やっぱりエーリクが間髪入れずにぶっ飛ばした。
その後もバコーン、からのイデッ、を双方飽きることなく繰り返す。お前らモグラ叩きか。
しかし魔族もとうとう諦めたのか、ようやく空が静けさを取り戻した。
それでもエーリクは警戒を解かず、厳しい目で虚空を睨み続ける。これだけ激しいモグラ叩きを繰り返したというのに、さすがというべきか息ひとつ乱していなかった。
「見て、エーリク。裂け目が小さくなっていく!」
広がるばかりだった亀裂が、気づけばその動きを止めていた。
ややあって、できたときよりゆっくりしたスピードで、少しずつ空間が塞がり始める。
(やった……!)
魔界と人間界との境界の揺らぎは、これから先この世界の各地で頻発していく(そしてそれを解決するのが、エーリクたち勇者一行の役目なのだ)。
初期のころの亀裂の特徴は、時間の経過とともに閉じていくこと。
だから今回村を救うにあたっては、必ずしも魔族を倒す必要はなかった。こちら側に出てこられないように、押し戻してしまえばいい。きっと二人はそう考えたのだろう。
完全にエーリクとシンちゃんの作戦勝ちだった。
「エーリク、シンちゃん!」
「――まだだ、アリサ!」
エーリクの一喝に、私は駆け寄ろうとした格好のまま凍りつく。
刹那、空全体がごうっと揺れた。
閉じかけた裂け目に真っ赤な両手を割り込ませ、魔族が力ずくでこじ開けようとしている――!
「……っ」
みしみしと気味の悪い音が鳴り響く。
声もなく見上げる私たちの前に、初めて魔族がその全貌を現していく。飛び出た眼球は一つだけ、裂けた口は頰に達するほどに長い。
血走った目をギョロつかせ、魔族はニイィと私たちを嘲笑った。
『ググググ、虫ケラにモ等しキ人間ど』
「ていっ」
バゴォォォォォンッ!!
『アイッデ!』
「…………」
眉間に容赦ない一撃。
めちゃくちゃ見事に決まった。
魔族はぬおおおお、とかオオオウ、とか叫びながら魔界へと戻っていく。
裂け目がぴったりと閉じるその瞬間まで、えぐえぐという悲痛な泣き声が響いていた。
「…………」
これだけバカスカ叩かれまくったというのに、よく顔なんて出そうと思ったな。何と言うか、敵ながらアッパレなチャレンジ精神……。
「ふう。なんとか押し戻せたな」
「すっげぇ力技だったけどな!」
着地したエーリクとシンちゃんが互いを称え合う。
へたり込む私にエーリクが手を差し伸べ、私はその手を取りながら噴き出してしまった。
「あははっ、なんかいろいろ予想外だったけど、すごく強かったよエーリク!」
「そうか。路線変更して正解だったな」
エーリクが頬をゆるめる。
どうやら最初はエーリクも、普通に剣で戦い魔族を倒すつもりだったらしい。
けれど、どうしても不安がぬぐえなかったのだという。
もしも食い止めきれず魔族に逃げられ、村人たちに危害を加えられたらどうしたらいい――?
「ならば、そもそも人間界に入れないようにしたらいい。シンちゃんとそういう結論に達して、武器もそれに相応しいものに変えることにしたんだ」
「うんうん、大正解だったよ!」
勇者っぽいかと聞かれたら微妙だけどね!
いたずらっぽく笑い、私とエーリクは手を繋いで歩き出す。早く村に戻って、みんなにもう心配はいらないと教えてあげなくちゃ。
「それが終わったら、エーリクはすぐに旅立ちの準備を始めなきゃね。ゲームの通りだと、もうじき空の異変を調べに領主様直属の騎士がシールズ村にやって来るの」
壮年の騎士が村に到着したときには、もう全てが終わっていた。
無惨に滅ぼされた村の真ん中に、一人の少年――エーリクと、小さな竜が身を寄せ合っているの発見する。騎士は二人から事情を聞くと、すぐに自分と同行して領主様に直接報告するよう命じるのだ。
「でも、エーリクはそれを断るの。村人たちの弔いが終わるまで、自分はここを離れる気はない、って」
騎士はしぶしぶエーリクの言い分を受け入れた。
必ず訪ねて来るようにとくどいほどに念を押し、先に帰路へとつく。エーリクはシンちゃんと協力して(ここでシンちゃんの魔法がおおいに活躍する)、村人たちを埋葬した。
木の棒を立てただけの簡素な墓標に囲まれて、エーリクが声もなく立ち尽くす。悲しみに震える彼に、シンちゃんが静かに尋ねた。
――行くのか? 少年
――……ああ。俺は、魔族を許せない。二度とこんな惨劇を繰り返さないためにも、あいつら全員をこの手で根絶やしにしてやる……!
瞳に復讐の炎を燃え立たせるエーリクに、シンちゃんがふっと息を吐く。そして彼の肩に飛び乗って、「じゃあオレも一緒に行こっと!」と頼もしく宣言するのだ。
――これからよろしくな、相棒っ!
「……で、ここからシンちゃんが正式に仲間に加入するってわけ。どうどう、感動的じゃない!?」
大興奮で説明する私に、二人の反応は至ってドライだった。
「そうか?」
「もうとっくの昔に仲間になってる身としては、別になんとも~」
「…………」
いや温度差よ。