7.ビジュアル的に、それどうなん?
ゲームの強制力って侮れない。
必死で体調管理に努めたのもむなしく、私はやっぱりタチの悪い風邪にかかってしまった。
一ヶ月以上ベッドから起き上がれない状態が続き、その間エーリクとシンちゃんにも一切会えなかった。
正確には二人は毎日お見舞いに来ようとしてくれたのだけれど、私のほうが断ったのだ。もうじき魔族が攻めてくるという大変な時期に、エーリクたちに風邪をうつすわけにはいかないから。
眠っているのにうっすらと覚醒しているような、起きているのにぼうっと夢の中にいるような、曖昧な日々が長く続いた。お母さんの作ってくれた病人食と、エーリクのお母さん特製の薬を無理にでも飲み込んだ。とにかく早く元気にならなければと、その一心だったのだ。
「……ん……」
ある朝、久しぶりにぱっかりと目が覚めた。
靄がかかっていたような頭がクリアになっていて、私は恐る恐る起き上がって伸びをする。
「わ、めちゃくちゃ気分良くなってる……!」
ベッドから降り、窓辺へと歩み寄った。
ふわふわして頼りなかったはずの足取りも、今朝はしっかりと床を踏みしめて歩けてる。うん、私元気になったみたい。
「今日の天気は――…………あ」
うそ……。
その瞬間、華やいでいた気持ちが一気に急降下した。
空の色。
抜けるような青い空に、毒々しい赤紫の色が混じっている。まさにゲームの中の幼馴染の少女が評していた通り、『違う色の絵の具が、ぐちゃぐちゃに混ざり合っているみたい』な状況だった。
「……っ。急がなきゃ……!」
ぱっと駆け出して玄関に向かえば、ちょうどエーリクがうちに入ってきたところだった。私に気がつき、エーリクがすぐさま駆け寄ってくる。
「アリサ! 体調はもう大丈夫なのか」
久しぶりに見るエーリクは、さらに精悍な顔つきになっていた。
私はなぜだか胸がいっぱいになり、無言のまま何度も頷く。
「……そうか。よかった」
エーリクが安堵したように頬をゆるめた。
私の頭を優しく撫でて、「空の色を見たか?」と静かに尋ねる。私はまた言葉もなく頷いた。
「シンちゃんには今、村長の家に向かってもらっている。村人全員をすぐに禁断の森へ避難させるよう、伝言を頼んだ」
「そっか。じゃあ、私も……」
一緒に避難しておくね、と言おうとしたら、エーリクがすかさず首を横に振った。
「いや、アリサ。お前は俺とシンちゃんと一緒に来てくれ」
「え? だけど……」
私が行ったところで、何の役にも立ちはしない。
それどころかエーリクの気を散らしてしまって、戦闘の邪魔になるに決まっている。
戸惑う私を、エーリクが切羽詰まった顔で覗き込む。
その目が今にも泣き出しそうなほど揺れているのに気がついて、私ははっと息を呑んだ。
「頼む、アリサ……。お前の姿が見えなくては、俺は冷静でいられる気がしない。だって本来なら、今日は……お前が、死んでしまう日なんだろう……?」
(……エーリク……)
心配――してくれてるんだ。こんなにも。
胸がぎゅっと詰まって、私は苦しげなエーリクの顔に手を伸ばした。血の気を失った頬をつねり、ふふっと笑う。
「もう、仕方ないなぁ。エーリクってば甘えん坊なんだから」
「アリサ……」
そっと彼から離れ、自身の寝巻きを見下ろした。
うん。そうと決まったら、まずは動きやすい服に着替えてこなくっちゃね。
「お父さん、お母さん! そういうことだから、私はエーリクといるね。私のことなら心配しないで、二人でちゃんと村から避難しておいてね!」
おろおろと突っ立っていた両親は、顔色を悪くしながらも了承してくれた。
どうやら私が寝込んでいる隙に、エーリクとの間で話がついていたらしい。私の身の安全を守るためにも、『その日』が来たら私も一緒に連れて行く、と。
「アリサ、どうか気をつけて……! 頼んだぞ、エーリク君」
「アリサちゃん、着替えたらせめてミルクだけでも飲んでいって。ああ、本当にお願いねエーリク君……!」
お父さんとお母さんが涙ぐむ。
二人と別れ、私たちは村の入口へと走る。すぐにどこからかシンちゃんが飛んできた。
「アリアリ~! 回復おめでとっ。けど病み上がりでそんなに走って大丈夫かぁ!?」
「だい、だい、じょぶ……」
ではないかも。
ぜえはあ言っていたら、エーリクがふっと笑って片手で私を担ぎ上げた。こ、これは――!?
「ちょっ、エー、リクッ。わたし、米俵じゃ、ないんですけどっ?」
「背負うと言ったのに断るからだ。どうする? このまま行くか、大人しく背負われるか」
「せ、背負われます……」
あっさり白旗を揚げ、いったん止まってエーリクにおんぶしてもらう。ううう、大事な戦いの前に本当に申し訳ない……。
村から出て、街道をひた走る。
目印は村の東にある小高い丘だ。ゲームでは、あの丘の周辺で魔族が出現したはず――!
「あ……っ」
声を上げて指差せば、エーリクとシンちゃんもそちらを見上げた。
まるでめりめりと音を立てるように、青と紫の空が縦に裂けていく。
細い隙間から見えるのは、完全なる漆黒の闇だった。
(あの向こうにあるのが、魔界……!)
もうじきあそこから魔族が現れて、シールズ村を滅ぼすのだ。
怒りと恐怖で震える私を、エーリクがそっと地面に下ろした。木の陰に隠れていろ、と私に耳打ちして、シンちゃんと目配せを交わす。
「よし。行くぞ、シンちゃん」
「おうよ、相棒! オレらの修行の成果を見せてやろーぜぃ!!」
「――エーリク! シンちゃんっ!!」
私はたまらず悲鳴を上げた。
空の裂け目の隙間から、突然巨大な手が生えてきたのだ。
筋張った手は人間の皮膚とは全く違って、赤黒く焼けただれたような見た目だった。長い指の先にある鋭利な爪が太陽の光を反射して、ぞっと肌が粟立つ。
私は絶望に膝から崩れ落ちた。
(あ、あんなに、大きいの……?)
どうしよう。
本当に、勝てるのか。
村の運命を、変えることができるのか。
涙がこぼれ落ちそうになった瞬間、エーリクが動いた。
地を蹴って走り出し、「シンちゃん!」と鋭く叫ぶ。
「任せろっ。行くぜ、【重力操作】!!」
「――はッ!」
エーリクが空を飛んだ。
「……へ??」
私はぽかんとして彼を見上げる。
飛んだ、というのは決して比喩じゃない。
エーリクは信じられないほど高く跳躍した。
肩に載せたシンちゃんと共にぐんぐん高度を上げ、やがて魔族の手の高さまで到達する。
「シンちゃん!【形状変化】だ!」
シンちゃんの真っ白な鱗が、空高くで光を放つ。
眩しさに顔を背けそうになりながらも、私は耐えて必死で目を凝らした。
シンちゃんの輪郭が揺らぎ、溶けるように姿を変えていく――……!
(ああ、これが……勇者エーリクの剣なのね……!)
すごい。
なんて大きくて堂々とした――
めっちくちゃ重そうで黒光りした――
エーリクの頭三つ分はゆうにありそうな――
「……んんんんっ!!?」
「はああッ!!」
バゴォォォォォンッ!!
鋭い気合いを発し、エーリクが手にした武器――すなわち巨大ハンマーで、横殴りに魔族の手をぶん殴る。
まるで「イテッ!」というように魔族の手が裂け目に引っ込んだ。
「いや剣じゃないんかーーーいっ!!」
今日の投稿はここまでです☆
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