5.やっぱり親子
なんで速攻でバレてるの!?
「エ、エーリク、一体何がっ」
「いや、それが……」
慌てる私を見て、エーリクが困った様子で肩をすくめた。
聞けば、エーリクが透明シンちゃんと共に帰宅したときには、うちと同じで家に誰もいなかったらしい。
そうだ今日は手仕事の会だった、と思い出したエーリクは、シンちゃんに「姿を見せていいぞ」と許可を出した。そうしてシンちゃんが「わぁい」と一回転して戻った次の瞬間、おばさんが扉を開けて入ってきたらしい。
「せっかく焼いたクッキーを忘れたのに気がついて、引き返してきたそうだ」
「そ、そうなんだ……。おばさん、あの、大丈夫ですか……?」
ちなみにここまで、おばさんは一言も発していない。
恐る恐る彼女の顔(エーリクにそっくりで、整っているけど無表情)を覗き込めば、おばさんはゆっくりと私に視線を合わせてくれた。
「……アリサちゃん」
「は、はい」
地を這うような低い声に、思わず気をつけをする。
「……ねえ、嘘でしょう? この空飛ぶヘビもどきを、神竜だとエーリクが言うのだけれど」
空飛ぶヘビもどき……。
どう誤魔化したものかと迷っていたら、シンちゃんが私の肩に飛んできた。
「だーかーらぁ、オレは爬虫類じゃないっつのっ。も~こいつら親子そろって超・失・礼~!」
ぎゃんぎゃんわめくシンちゃんに、おばさんの鉄壁の無表情にヒビが入る。
よろめきながら後ずさり、壁に体を押し付ける。
「て、訂正するわ。正確には、己が爬虫類ではないと主張する、人語を解する空飛ぶヘビもどき……よ。そんな短い翼で、一体どうやって飛んでいるの?」
「それは知らん。ともかくこいつは神竜なんだ、俺が封印を解いた。アリサ、盆はテーブルに置いてくれ。先に食べてていいぞ」
「この状況で食べられるか!」
エーリクはいつでもマイペースだった。
でもとにかく、顔色の悪いおばさんにも座ってもらうべきかもしれない。倒れでもしたら大変だ。
「おばさん、どうぞ」
「ありがとう。アリサちゃん」
椅子を引いたら、おばさんが崩れ落ちるように腰を下ろした。白くなるほど強く唇を噛み、じっとシンちゃんを見つめる。
「……な、なんだよ? 何か文句でもある?」
うなるシンちゃんに、おばさんは答えなかった。
無表情に考え込み、完全に口をつぐんでしまう。そのまましばし待ったが、やっぱり何もしゃべってくれない。
業を煮やしたらしきエーリクが、シンちゃんと私をかばって前に出た。
「母さん。俺は」
「――エーリク」
おばさんの厳しい声音に、エーリクがはっと居住まいを正す。
息を呑むエーリクを、おばさんがひたと睨み据えた。
「あなたには悪いけど、この子はうちでは飼えません。今すぐ元いた場所に返していらっしゃい」
『…………』
いや、犬猫じゃないんだからさ。
無言で顔を見合わせる私たちに、おばさんはますます眼差しをきつくする。
「大体、なんなの? 禁断の森に無断侵入した挙げ句、祠の封印をぶち壊しただなんて。村のみんなにバレたら、私たちここから追い出されてしまうかもしれないわ」
速やかな証拠隠滅が必要ね……などと物騒な独り言を漏らすおばさんに、私は慌ててパタパタと手を振った。
「いえあの、大丈夫ですよおばさん。シンちゃんは透明にも変身できますから、バレずにこっそり飼えますよ」
「あらそうなの? さすがね、神竜っていうだけのことはあるわ。……シンちゃん、シンちゃんって名前なのね。シンちゃんあなた、他に何か神竜的な特技はあるのかしら?」
なぜか、おばさんの目がきらりと光った。
椅子から立ち上がり、部屋の隅にあった箒とチリトリを手に戻って来る。
「例えば、お掃除とかは? お料理は得意?」
へ?とシンちゃんが目を丸くする。
「り、料理はしたことねぇよ。掃除は……まあ、できるとは思うけど。てか、そんな道具なんか使わなくたって」
シンちゃんが無造作にしっぽを振った途端、小さなつむじ風が生まれた。きゅるきゅると部屋の中を移動して、こまかな埃を巻き上げていく。おおっ、これってもしや魔法!?
実はシンちゃんは、仲間になった初期から簡単な魔法が使えるという設定なのだ。とはいっても戦闘中はいつもエーリクの剣になっているので、シンちゃんの魔法が直接的に活躍するシーンは少ないのだけれど。
「ほい、これでゴミ箱にぽいっ」
埃や紙ゴミがゴミ箱に吸い込まれていった。おばさんがふらりとよろめく。
「な、なんて素晴らしいの……!?」
「……実はうちの母さんは、家事全般が苦手なんだ。特に掃除は、背筋がぞっとするほどに嫌いらしい」
エーリクが私に耳打ちした。
へええ、意外。いつもおうちはきちんと片付いてるから、かなりの綺麗好きだと思ってたけど。
「自宅で魔法薬を作って売っている以上、汚い家だと村人から思われたら大変だろ。調合室だけ清潔にしてればいいって問題でもないしな」
う~む、なるほど。
ちなみにエーリクも家事が苦手で、いつも二人で押し付け合いながら何とかこなしてきたらしい。
「だからシンちゃんが掃除してくれたら、俺もとても助かる」
「神竜に掃除させんなよ……って言いたいとこだけど、タダで居候するのもなんだしなぁ。まあ、やってやんよ」
律儀に頭を下げるエーリクに、シンちゃんが苦笑する。
おばさんも、打って変わって嬉しそうな表情で頷いた。
「頼りにしているわ、シンちゃん。お礼にご馳走をいっぱい用意してあげるわね。……エーリク、後で新鮮な虫を山ほど集めておいてちょうだい」
「いやだから普通のもん食わせろや~っ!!」
怒りのシンちゃんが、口からボーッとミニサイズの火を噴く。
おばさんは一瞬ぽかんとして、「マッチ代まで節約できるのね!」と手を叩いて喜んだ。