4.神竜さんは困っているようだ!
「いやオレはね? 過去に魔王を倒し魔界へと封じた、崇高なる神竜の一族の末裔でね? 未来の世界で再び魔王が攻めてきた時に備えて、ここで長きにわたる眠りについてたってわけで」
「知っている。そして俺こそが魔王を倒す勇者だ。というわけで、お前の力を俺に貸せ」
「なんでだよ! まだ魔王来てないじゃーん!?」
わあわあ言い争う一人と一匹を、私はエーリクのぶん投げた大岩に寄りかかって見物していた。ふあ、と口からあくびが漏れる。
「アリサ、疲れたか? 今すぐ帰ろう」
「ねえ待ってまだ話し合いの途中だよねぇ!?」
神竜さんが小さな翼をぱたぱたさせて抗議した。私は苦笑して彼に歩み寄り、綺麗な鱗をそっとつつく。
「ごめんなさい。確かに魔族が攻めてくるまであと数年あるけど、エーリクにはそれまでに強くなってほしいの。だから神竜さん、どうかエーリクと一緒に戦ってくれませんか?」
真摯に頼み込めば、神竜さんは戸惑ったように翼をはためかせるのを止めた。
じいっと私を見上げ、くるんと宙を一回転する。
「まあ……あと数年程度なら、早起きしすぎたってわけでもないから構わないけどさ。でも娘さん、キミは一体何者なの? オレのことや魔族のこと、そしてこれから起こることまで、やけに詳しく知ってるみたいだけど」
「ああ、それは――」
「待て、アリサ。それはまた今度ゆっくり説明すればいい」
エーリクが待ったをかけて、私の手を引いた。じっと顔を覗き込み、額を合わせて熱がないか確認する。
「大丈夫そうだな。それでも無理はするな、帰りも背負ってやる」
「え~っ、大丈夫だってば」
ちょっとだけ言い合い、結局歩けるところまでは自分で歩くということで落ち着いた。幼児じゃないんだから当然です。
「……なんか、オレに対する態度と違いすぎる気がするんですけど」
黙って眺めていた神竜さんが、ぷっくりと頬をふくらませた。可愛い。ほっぺがピンク色になっている。
「神竜さんは、よかったら私の肩に乗りませんか? たてがみをふわふわしたいなぁ」
「おおっ、お目が高い! オレ様の極上たてがみは、触り心地もばっちぐー」
「重みでアリサがつぶれたらどうする。お前はここだ」
エーリクが問答無用で神竜さんを自分の首に巻きつけた。くっ、さっきからそれ羨ましいんですけど!
「つぶっ!? なんだよ、オレそんなに太ってないもんー!」
「私だってそこまで弱っちくないしー!」
ブーイングもなんのその。
エーリクはすたすたと歩き出し、私も慌てて後を追った。
神竜さんは大人しくエーリクの首周りにとどまりながらも、目だけ動かして興味深そうに森の中を観察している。木漏れ日がキラキラと道を照らし、神竜さんはほうっと息をついた。
「う~む、美しき世界かな。久しぶりに起きたけど、いいもんだよなー。あまりに寝すぎたせいで、自分の名前すら忘れちまったぜあっはっは」
「それ、全然笑い事ではないような……?」
げんなりと突っ込む私に、エーリクも眉をひそめて頷いた。
「ああ、呼び名がないのは不便だ。アリサ。お前はこいつの名を知っているのか?」
「うーん……。一応、デフォルトの名前があるにはあるんだけど」
私はついつい言葉を濁してしまう。
というのも、この神竜さんの初期設定の名前は『ハクリュウ』というのだ。あまりに見た目そのまますぎて、私は全然気に入っていなかった。
「だから私は、毎回オリジナルの名前に変えてたんだけどね。神竜から取って『シンちゃん』にしてたの」
「えっオレやだよ、そんなガキくさい名前。もっと格好いいのが」
「シンちゃんだな。決定」
決定されてしまった。ごめんよシンちゃん。
やーだー!と騒ぐ彼をなだめながら、先を急ぐ。お昼ごはんの時間はとうに過ぎてしまっているから、家族も私たちを心配しているかもしれない。
「どうしよう、エーリク。村に着いたら、シンちゃんにはどこかに隠れていてもらう?」
「大丈夫だぜ娘さん! オレは完璧に透明にもなれるからよ!」
シンちゃんがえっへんと胸を張る。おおっ、そうなんだ。ゲームにはなかった豆知識だね!
大喜びする私を見て、エーリクも頬をゆるめた。
「なら俺の家で一緒に暮らしても問題なさそうだな。シンちゃん、俺は母と二人暮らしだ。母が一緒の時は姿を隠していてくれ」
「……お、おうわかったぜ」
シンちゃんが目を白黒させながら頷いた。
それからそっと横を向き、「お前もちゃん付けで呼ぶんかい」とブツクサ言っていた。うん、それ私も思ったけど、まあいいんじゃない?
でもそっか、これからシンちゃんがエーリクと暮らすとなると――
「ねえエーリク、シンちゃんの毎日のごはんはどうするの? こっそり用意するなら、私も手伝うけど」
どうやらそこまで考えていなかったらしく、エーリクが瞬きする。
肩でくつろぐシンちゃんを、くいくいとつついた。
「お前は何を食うんだ、シンちゃん」
「オレ? 別になんでも食うよー! 竜は食わなくても死にはしないけど、久しぶりに起きたからには腹いっぱい食べたーい!」
「わかった、任せろ。虫を山ほど取ってきてやる」
「いやオレ爬虫類じゃねぇし!? もっと普通のもん寄越せや~!!」
虫は栄養豊富なんだぞ、ならお前が食えや、などと二人は息の合った掛け合いをする。うんうん、どうやら早速仲良くなってるみたい。ファンとしては嬉しい限りだ。
なんて大騒ぎしていたら、気づけばもう森の出口だった。行きと違って、自分の足で歩き通せたのが嬉しい。
「えへへ、もうお腹ペコペコ。うちでお昼ごはん食べたら、すぐにまたエーリクの家にお邪魔するからね?」
「わかった」
エーリクと私の家は目と鼻の先。
いったん別れて家のドアを開ければ、中はしんと静まり返っていた。お父さんは仕事として、お母さんも出掛けてるのかな?
テーブルには、置き手紙と昼食らしきパンが用意されていた。手紙には、「エーリク君と遊んでるのよね? もう時間だから、お母さんは手仕事の会に行ってきまーす!」とある。
(……ああ、そういえば今日って言ってたっけ)
手仕事の会――それは村長の家に村の奥様方が集合し、編み物や縫い物をする会である。
……てのはもちろん建前で、実際は単なるおしゃべり会。お菓子や軽食を持ち寄って、ピーチクパーチクと噂話に花を咲かせるのだ。
「なら、エーリクのお母さんも今いないってことだよね」
一人で食べるのはさみしいし、お昼ごはんはエーリクの家で一緒に食べようっと。
勝手に一人決めしてミルクをカップに注ぎ、パンのお皿と一緒にお盆に載せる。こぼさないよう注意しつつお隣へと移動した。
「お邪魔しますっ! エーリク、シンちゃん、一緒にごは――……んん!?」
思わずお盆を取り落としそうになる。
家の中は異様な雰囲気に満ちていた。
エーリク、シンちゃん――それからエーリクと同じ暗赤色の髪の女性が、二人と一匹で輪になって立ち尽くしている。シンちゃんは空中で停止し、金色の目をまんまるに見開いていた。
(……え、うそ)
エーリクの――お母さん!?