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挑戦☆墓場のダンジョン⑥

 ぽぴー、という調子っぱずれの音が響き渡る。いけない、また少し指がズレてしまったみたいだ。


 ため息をつきたくなるが、それでも私はあきらめない。まだ初日なんだから上手くできなくたって当然だ、ともかく今は練習あるのみ!


 膝に置いた楽譜から目を離さないまま、もう一度リコーダーを口に当てる。

 たどたどしい私の演奏を、隣に座るエーリクが目を細めて見守ってくれていた。


「……エーリクは、中に戻っててもいいんだよ? もう夜だし冷えるでしょう?」


 魔空挺の甲板を、月明かりが優しく照ら出していた。

 ちなみに魔空挺は自動操縦モードで、音もなく静かに夜空を進んでいる。


 私の初めてのダンジョン攻略を祝し、みんなで打ち上げを終えた後だった。

 マリアとシンちゃんは先に休み、レグロとブランカはまだ食堂で酒盛りをしているはずだ。ダンジョンを出たらレグロは急激に元気を取り戻し、今は厄落としと称して飲んだくれている。


「いや、いいんだ。寒くはないし、こうやってお前の演奏を聞いていたい」


「……ヘンなの。まだ下手くそなのに、エーリクってば物好きなんだから」


 なんだか照れくさくて、私はわざと憎まれ口を叩いてしまう。けれどエーリクにはお見通しのようで、くくっと喉の奥でこもった笑い声を立てた。


「気長に練習すればきっとできるようになるさ。その『リコーダー』とやらは、アリサにとって一番馴染みのある楽器なんだろう?」


「う~ん……そうなのかな?」


 特に自覚はなかったけど、でもきっとそうなんだよね。リコーダーの授業は割と好きだったし。


 これは、古代魔術の遺物である伝説の楽器なのだという。

 持ち主として認めた人間の、最も得意とする姿へと変わるのだそうだ。


「シンちゃんがおじいさんの話を聞き取ってくれてて、本当によかったよねぇ。あんなに騒がしかったのに」


「神竜の耳は人間と違って特別仕様なんだぞ、と得意になっていたな」


 シンちゃん曰く、この楽器の音色は特別な魔力を帯びているのだという。

 つまりは私の演奏で、エーリクたち勇者一行の魔力を回復させられるということ。それだけではなく、奏でる曲によって様々な恩恵がもたらされるのだそうだ。


「今練習してる【戦場の行進曲(マーチ)】は、仲間の士気を上げて攻撃力を高めてくれるんだって。……っていってもこれは初級の楽譜だから、そう効果は高くないらしいけど」


 それもシンちゃんが聞き取ってくれていた。


 おじいさんの遺してくれたノートに記されているのは、この他に二曲。

 すなわち怪我を癒やす【大地の子守唄(ララバイ)】、悪しきものを浄化する【月光の夜想曲(ノクターン)】である。勇者パーティのサポート要員を目指す私には、なかなかぴったりな曲だと思う。


「まさか、自分が吟遊詩人枠になるとはね。本当は格好いい女戦士に憧れてたはずなのになー。ふふっ、冒険って予想外の連続で面白いね?」


「まあな。レグロがあれほどまでに怖がりだとも知らなかったしな」


 二人してくすくす笑い合う。


 少しずつ夜風が冷たくなってきたものの、気になるほどじゃない。寄り添うエーリクの体温が心地よくて、むしろずっとこうしていたい。


 エーリクも、同じ気持ちなのかもしれない。

 以前なら「風邪を引くだろう」と怒られて、室内に強制連行されていたところなのに。私、本当に健康になれたんだなぁ……と改めて実感してしまう。


「……アリサ」


 ぼうっと月を眺めていたら、不意にエーリクからきつく手を握られた。

 反射的に心臓が跳ね、私は慌ててエーリクを見る。エーリクもじっと私を見つめていた。


「エーリク……?」


 熱を帯びてかすかに潤んだ、深みのある赤い瞳。


 まるで魅入られたように、私はその瞳から目が逸らせなくなる。

 少しずつ赤い色が私の顔に近づき、そして――……


「アリサ。今から二人で剣を振らないか」


 すっと熱が遠のき、脈絡もなくエーリクが立ち上がった。……ん? 今なんて?


「はあ?」


「剣だ。墓場のダンジョンでレグロと二人して振るっていただろう。シンちゃん――はもう寝ているから、やはりアリサの【破邪の短剣】を使おうか」


 いそいそと私を手招きし、甲板のへりに立つ。

 わけがわからないまま私も立ち上がり、腰のベルトから短剣を引き抜いた。エーリクの隣に立って構えてみたら、エーリクもすぐに手を重ねてくる。


「え~っと……どこに向かって撃ちたいの?」


「そうだな。記念すべき俺たちの初めての共同作業、それなりの戦果が欲しいところだ。というわけで、あの満月を落としてみないか」


 勇者らしからぬ物騒な提案だった。

 駄目に決まってんじゃん。


「どういう選択よ!? 自分もビームが撃ってみたいからって、そんなことしちゃいけませんっ。ほら、代わりに向こうの雲を狙おうよ。分厚い雲が晴れたら、星も綺麗に見えると思うから」


 少し不満気なエーリクをなんとか説得し、私たちは呼吸を合わせる。

 大きく頷き合い、空気を切るようにして短剣を振り下ろした。切っ先からごんぶとのビームが放たれる。ぎゃああッ!?


「でかっ!? 怖すぎっ!!」


「ふっ。どうやらレグロとは比べ物にならんようだな」


 エーリクはなぜか鼻高々だった。

 もう、これだから男の子ってやつは。無駄に負けん気が強いんだから。


 あきれている間にも、光り輝くごんぶとビームはぐんぐん大きな雲に近づいていく。とんでもないスピードで突っ込んで、一気に雲を吹き飛ばした。


「わあっ、見てエーリ――」



『ゴンギャアアアアアアッ!!?』



 バッシャーーーーンッ!!


「…………」


 なんか今、すんごい悲鳴が聞こえたような……? それから大きな水音も。


 硬直していたら、エーリクがのほほんと下の海面を指差した。


「ああ、雲間に魔物が隠れていたんだな。あの鳴き声は、おそらくワイバーンだろう。魔空挺を狙っていたんだろうが、海に落ちてしまったらしい」


「…………」


 なんと。


 びっくりだけど、とりあえず魔空挺が守られたならよかった。

 短剣を腰のベルトに戻せば、自分の手が小刻みに震えているのに気がついた。手だけじゃなく、体もふるふる震えてる。


 そっか、ワイバーン……。二人初めての共同作業、その戦果がワイバーン……。


「ふ……っ、ふふっ……」


「アリサ?」


 目を丸くするエーリクに、思いっきりジャンプして抱き着いた。


「すっごいよ、エーリク! 初めてダンジョンに挑戦して、ボスのお付き幽霊を倒して、私だけの武器を手に入れて! これだけでも充分すごいのに、最後の最後にワイバーンまで倒しちゃった!」


 お腹の底から笑いが止まらない。


 エーリクもつられたみたいに頬をゆるめ、ひょいと私を抱き上げてくれる。暗赤色の目を細め、優しく微笑んだ。


「楽しかったか、アリサ? 今日という日は、お前にとって忘れられない一日になっただろうか」


「――うんっ、もちろんだよ!」


 力いっぱい即答して笑い合う。

 雲の晴れた夜空から、流れ星がいくつも流れていく。熱い頬を冷たい夜風がなぶっていく。


 すべてがこの上なく心地よく、心がぽかぽか温かくなる夜だった。

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