挑戦☆墓場のダンジョン⑤
「や~、うまくいってよかったね!」
「オレら最高のコンビだったよな、アリサちゃんっ!」
パンッと高らかにハイタッチして、私とレグロは互いの健闘を称え合う。
魔物が周囲から完全に消えたのを確認してから、ブランカが苦笑して振り向いた。
「息ぴったりだったわねぇ、アンタたち。一緒に一つの短剣を握って、まるでケーキ入刀みたいだったわ」
「なっ、二人初めての共同作業、だと……!?」
なぜかエーリクの顔が絶望に染まった。
その手にある大剣がふわりと溶けて、シンちゃんの姿へと変わる。
「アリアリ~、お疲れっ! なあなあなあ、あそこにでっかい宝箱があるぞ! 早く開けてみようぜ~!」
「まあ、本当。アリサの情報ですと、伝説の楽器が入っているのでしたよね?」
シンちゃんとマリアからうながされ、私は宝箱へと歩み寄った。
豪奢な装飾の宝箱は、まるで「早く開けろ」と言わんばかりに輝きを放った。私はこくりと唾を飲み、宝箱の蓋に手を掛ける。
「――せえ、のっ」
ギィッと軋んだ音を立て、重い蓋をゆっくりと開いた。
中にあるのはもちろん、高名な吟遊詩人の愛用していた楽器。優美な曲線を描く、惚れ惚れするほどに美しいリュート――……
ではなくて。
「へ?」
「んん?」
「あら、まあ!」
間抜けな声を上げる私たちの頭上から、追いついてきたエーリクとブランカ、レグロも内部を覗き込む。
「……これは」
エーリクが手を伸ばし、中の宝をそっと取り上げた。
見た目には単なる長い棒で、点々といくつも穴が空いている。なめらかな質感の黒色に、棒の両端と間の節だけが白い。
どこか懐かしい気がするその形状は、まさしく――……
「――リコーダーじゃんっ!?」
私は思いっきりずっこけてしまった。
けれど他のみんなはピンときていないようで、不思議そうにリコーダーを見つめるばかり。シンちゃんが長い体をリコーダーに巻きつかせ、私の手へと運んでくれた。
「りこーだー? アリアリ、これってもしかして笛なのか? ちょっと吹いてみせてくれよ!」
「う、うん」
そういえば、こちらの世界ではリコーダーなんて見たことなかったっけ。
興味しんしんで見守るみんなの視線を感じながら、私はリコーダーの白い吹き口をくわえた。そっと息を吹き込めば、すぐに聞き慣れた優しい音が響いてくる。
おお~っ、とみんなが拍手してくれた。
「すごいです。なんだか聞き惚れてしまう音ですね」
「耳に心地良いわ。アリサ、何か演奏してみせてよ」
「ええ~っ、曲なんてもうほとんど覚えてないってば。ドレミの出し方すら曖昧で……えぇと、確かこんな感じだったかな?」
当てずっぽうでやってみたら、ドレミファソラシド、とちゃんと音が出た。うん、意外と体って覚えてるものなんだね。
それでもやっぱり曲は覚えていない。
困っていたら、「あら」とマリアが声を上げた。
「宝箱にまだ何か入っていますよ。りこーだー、だけじゃなかったみたい?」
マリアの言う通り、革の表紙の古びたノートが入っていた。
恐る恐る開いてみたら、どうやら楽譜らしい。初心者向けのようで、ご丁寧に音符の下に音階まで書き記してある。
――フフ……
その時。
空気を震わせるような低い笑い声が聞こえ、私たちははっと顔を上げる。エーリクたち勇者一行はすぐさま武器を構え、戦闘態勢を整えた。
「何者だ!」
まるでエーリクの問いに答えるように、からっぽの宝箱の上に真っ白な霧が噴出する。
霧はやがて収束し、一人の人間の姿を形作っていく。
現れたのはぞろりとした古めかしいローブをまとった、柔和な表情のおじいさんだった。半透明の彼は白い髭を震わせると、私たちを見つめて微笑んだ。
「……っ」
――勇気ある冒険者たちよ、よくぞこの深奥までたどり着いた……
――聞くがよい、我こそは古の吟遊詩人なり。数多の神に愛されし、その名をヴォ
「ぎぃやああああーーーーっ!! お化けえええええぇっ!!!」
レグロの絶叫に全部かき消された。
ちょっ待って、ヴォ……何だって?
無言でレグロを締め上げるエーリクを横目に、仕方なく代表して私が挙手をする。
「あ、あのごめんなさい。もう一度いいですか?」
おじいさんは優しい笑みを崩さなかった。
しばし口をつぐみ、やがて何事もなかったかのように会話を再開する。
――聞きなさい、未来ある若人たちよ。これなるは、神に与えられし至宝なり。持ち主によって、相応しき姿に変
「放せエーリク~~~っ悪霊退散ーっ! 祓いたまえ清めたまえーーー!!」
――その妙なる音色は…………で、聞いて驚くなかれ。なんと…………
「ブランカぁぁぁッ、頼むオレを助けてくれぇぇぇっ!!」
「だあぁっもう黙ってなさいよレグロ!! なんっにも聞こえないでしょうがあぁっ!?」
――そしてその楽譜は、我の手になるもので…………、その効果は…………
「ブランカ、お前の声も充分でかいぞ」
「しッ、エーリク様も黙っててくださいませ!」
――以上である
終わってしまった!?
吟遊詩人のヴォなんとかさんは、至極満足気な笑みを浮かべた。その頬につうっと涙がつたう。
『我が役目、これにて果たされり……』とつぶやくなり、跡形もなく消えてしまう。待って待ってまだ行かないで!? 役目なんて全然全く果たされてませんから!?
「こんなシーン、ゲームにはなかったんだけど! どうしよう何にも聞こえなかったよー!」
冒険アドバイザーとしてこれはない。
まだ騒いでいるみんなを横目に、床に崩れ落ちて打ちひしがれる私であった。




