そのお味は、果たして?③
「――アリサ。昨日のことは覚えているか?」
翌朝。
魔空挺の女子部屋を出た私を待ち受けていたのは、怖い顔で仁王立ちしたエーリクだった。
朝の挨拶もなしに詰問口調で詰め寄られ、私は思わずたじろいでしまう。
「う、うん。エーリクやみんなと一緒に、冒険に旅立ったよね?」
「その後」
「え、えと。エーリクのお母さんが作ってくれた、伝説級の万能薬を飲んで……あっ、薬はすっごく良く効いてるみたい! まるで自分じゃないみたいに体が軽いの!」
「そうか、よかった!……で、その後」
エーリクは目を輝かせて喜んでくれたが、一瞬で苦虫を噛み潰したような顔に戻ってしまう。えぇと、えぇと。その後、その後は――……
(……あっ!)
「そうだ私、マリアとお友達になったんだよ! びっくりだよね、昨日の私ってばなんて大胆なこと言っちゃったんだろ!」
普段の自分と全然違って、ひどく強気になっていた気がする。体がふわふわ頼りなくて、現実感なんて少しもなかったし。
照れ笑いを向けたら、エーリクはやっぱり怖い顔のままだった。……な、何をそんなに怒っているの?
「……俺の話は?」
「へ?」
「俺の話は、何も覚えていないのか」
エーリクの、話?
私はじっと目を伏せて考え込んで、それからあっと手を打った。そうだ、エーリクも何か一生懸命にしゃべってたっけ。
「ご、ごめんなさいっ」
大慌てで手を合わせたら、エーリクの眉が跳ね上がった。
「なんでだろ、昨日の私すごく変で、なんにも聞き取れなかったの。耳がわんわん反響してるみたいになってて、だからその……本当にごめんなさい!」
「……そうか」
エーリクがふっと頬をゆるめる。
瞬きする私の頭をくしゃりと撫でて、「行こう」と踵を返した。
「みんな食堂で待ってる。朝食を取ったら最初の目的地を決めないとな」
「う、うん」
だけどエーリク、何か私に大事な話があったんじゃないの?
昨日と違って、今日の私は絶好調だ。どんなに長い話だって、ちゃんと最後まで集中して聞けるのに。
もの問いたげな視線を感じだったのか、エーリクは苦笑してかぶりを振った。
「昨日の話は忘れてくれ。酔っている時に言うべきことじゃなかった。……それに」
ぴたりと足を止め、エーリクのまっすぐな背筋が丸まっていく。
「……みんなから、散々駄目出しをされてしまった。回りくどいとか、時候の挨拶から入るなとか、業務連絡のように味気なさすぎるとか。信じられるか? あのレグロにすら、自分以下だと断じられてしまった」
う、うん?
「ちっともときめかない、と……。修行して出直して来い、とマリアからもブランカからもボロクソに貶されて。俺は……クッ」
整った顔立ちを歪めて苦悩する。え、もしやすっごく落ち込んでる?
(魔王と宰相ヴァールを瞬殺して、超スピードで世界を救った勇者様が――!?)
私は慌ててエーリクの前に回り、渾身の力で彼の肩を押した。無理やり背筋を伸ばさせて、笑顔で彼を覗き込む。
「よくわからないけど、元気出してエーリク! 今日できなくたって、明日のエーリクならきっとできるようになるよ。一番近くでずっとエーリクを見てきた、この私が保証するから!」
「アリサ……!」
エーリクの瞳がみるみる明るさを取り戻していく。
私の手を取り、感極まったみたいに何度も首肯した。
「そうだな、どうか期待して待っていてくれ。俺は必ずや、お前を一発で仕留められる殺し文句を用意してみせるから」
「うんっ、楽しみに待ってるね!」
子どものころみたいに手を繋ぎ、二人で弾むような足取りで食堂へと向かう。なごやかに笑い合いながら、しかし私は内心では首をひねっていた。
(……んん?)
殺し文句。
一発で仕留める……?
エーリクの勢いに流されるまま、元気いっぱいに返事をしてしまったけれど。
どうやら私は最強勇者様から獲物認定されているらしい。そうか、私ってばいつかエーリクに仕留められてしまうのか……?
(……ま、いっか!)
なんて、悩んだのは一瞬で。
すぐに私は気を取り直す。
よくわかんないけど、エーリクが元気ならそれでいい。
大好きな幼馴染が幸せなら、私はそれ以上に幸せなんだから!




