そのお味は、果たして?②
「アリサ!」
「うう~……。エーリクぅ……?」
アリサさんはむずかるみたいに首を振ると、エーリク様の服をぎゅうと握り締めます。子どもっぽい仕草に、こわばっていたエーリク様の顔がゆるみました。デレデレしてやがります。
「ほら、アリサ。お水を飲みなさい」
すばやく食堂に取って返したブランカさんが、コップを手に戻ってきました。
アリサさんは素直に受け取ると、ふにゃっと幸せそうに笑います。
「あり、がと……」
可愛い。
反射的に手を伸ばして銀髪を撫でたら、即座にエーリク様に押し戻されました。なんという心の狭苦しい男なのでしょう。狭量勇者に不幸あれ。
「アリサ。苦しくはないか?」
「ん、平気~。むしろ、すっごく気分がいいみたい」
それでも、まだ酔いは醒めてはいないのでしょう。こくこくと水を飲みながら、目尻がとろんと下がっていきます。
わたくしはブランカさんと目配せを交わし、二人同時にアリサさんに手を差し伸べました。
「さ、アリサさん。ブランカさんとわたくしで支えますから、お部屋に行って休みましょう?」
「大丈夫だ。アリサなら俺が運ぶ」
どこかムッとした様子で、エーリク様がアリサさんの体をわたくしたちから背けます。
けれどアリサさんが身をよじって抵抗し、エーリク様が目を丸くしました。
「アリサ?」
「だめ、だよ……エーリク。降ろして」
頬を染め目を潤ませて、エーリク様をきゅっと睨みつけます。
「運命の相手の……マリア姫の目の前で、他の子をお姫様抱っこなんてしたらだめ。いくら私が妹同然だっていっても、デリカシーがなさすぎるよ」
『はあぁぁぁんッ!?』
衝撃のあまり、わたくしとエーリク様双方の口からチンピラのような声が放たれました。
いや本当に「はあぁぁぁんッ!?」ですよ。こちらは願い下げだと何度も伝えましたのに、アリサさんにちっとも伝わっていないだなんて!
伝書鳩の役目すら果たせないとは、エーリク様はとんだ無能。ド無能勇者です。
憤然と口を開こうとしたら、先にアリサさんが慌てたみたいに視線を泳がせました。
「……や、違う、よね。二人は恋愛イベントなんて望んでないって、エーリクからさっき教えてもらったし。……あれ? 私、なんだか頭がこんがらがってる……?」
独り言をつぶやきながら、ますます顔を赤くします。
どうやら酔いのせいで記憶が混乱しているご様子。
わたくしは深呼吸して心を落ち着かせ、アリサさんの手を優しく包み込みました。
「アリサさん。わたくしの運命のお相手は、エーリク様ではございません」
「え?」
ぱっと顔を上げ、視線が真正面から絡み合います。
澄んだ青紫色の瞳はまるで宝石のようで、その美しさにわたくしの頬も自然とゆるんでしまいます。
「わたくしとエーリク様は、共に苦難を乗り越えた良き友であり、旅の仲間。それ以上でも以下でもありません」
自信たっぷりに宣言すれば、アリサさんの揺れていた瞳が定まりました。
照れたみたいに顔を伏せ、「そっかぁ」と小さくこぼします。
「全部が全部、ストーリー通りじゃないんだぁ……。そうだよね、現に私だってこうして生きてるわけだし。エーリクもマリアも、これから自由に恋することができ……あれ? そういえば魔王城でヴァールが言ってたっけ。エーリクが本当に好きなのは私なんだぞ、とかなんとか……?」
『…………』
絶句するわたくしたちには気づかず、アリサさんは一生懸命に考え込んでいます。どうやら独り言を言っている自覚もない、ようですが……?
ちらりとエーリク様を窺えば、彼はかちんこちんに凍りついていました。今! 畳み掛けるなら今でしょうっ!?
「おい相棒チャンスだぞっ!」
「行け行け、行っちまえー!」
「あたしたちは透明人間として扱って構わないわよ!」
完全に面白がって、応援団がにぎやかにはやし立てます。
エーリク様は珍しく頬を赤らめると、アリサさんをそっと床に降ろしました。まだ独り言を言っている、彼女の手をきつく握ります。
「アリサ、俺は――!」
◆◇
思考がうまくまとまらない。
順序立てて考えられず、あちこち好き勝手に飛び跳ねている感じ。マリアはエーリクに恋愛感情を持っていない。その事実がぐるぐると元気いっぱいに頭の中で暴れ回ってる。
(……うれしい)
そう、私は間違いなくそれを喜んでいた。浮かれていた。
目の前のエーリクが何やら早口で語っていたが、内容は私の耳を素通りしていく。
マリアはエーリクを好きじゃなくて、エーリクもマリアを好きじゃないってことは……そう、つまりは、えぇっと何だっけ?
(――そうだっ)
私ははっと目を見開いた。
勢いよく体勢を変え、エーリクからマリアへと向き直る。マリアがびっくりしたみたいにのけ反った。
「あのっ! マリア……姫! どうか私と、お友達になってくれませんか!?」
うわずった声を上げ、手を差し伸べる。
マリアが絶句して私を見返して、それでも私は手を引っ込めなかった。ずうずうしいのは百も承知だが、私だって本気なのだ。
マリアは私の大好きなゲームのヒロイン。
いつかエーリクと幸せになると知っていたから、幼馴染として陰から見守ろうと思っていたけれど。二人が結ばれないのなら、私だって少しぐらい出しゃばってもいいんじゃない?
「えぇと、私はもう未来を見通すことはできないし、戦う力もないモブの平民ですけどっ。マリア姫を応援する気持ちなら誰にも負けませんっ。だからどうか、末永く仲良くしてもらえたら幸せです!」
目を丸くして聞き入っていたマリアが、ややあってふっと頬をゆるめた。目元を赤く染め、「……嬉しい」と噛み締めるみたいに告げる。
「わたくしも、アリサさん……いいえ。アリサと、お友達になりたいと思っていたのです」
「ほ、本当に!?」
「ええ」
花が咲いたみたいにマリアが微笑む。
ピンクの髪を揺らし、可愛らしく小首を傾げた。
「だからどうか、わたくしのことはマリアとお呼びください。ああ、敬語もなしですよ? 今日からわたくしたち、お友達ですものね」
「う、うん! これからよろしくね、マリア!!」
私たちは手を取り合って笑い合う。
舞い上がったせいか、頭が沸騰したみたいに熱くなった。
マリアとブランカに支えられつつ女子部屋に移動して、私は空いていたベッドにダイブする。それからは夢も見ず泥のように眠り込んだ。




