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そのお味は、果たして?①

「よしっ。――それでは今から飲ませていただきます!」


『おお~っ!』


 パチパチと盛大な拍手が沸き起こる。

 マリアとブランカが目を輝かせ、レグロがピィッと指笛を吹いてはやし立てた。


 魔空挺の食堂エリアである。

 シールズ村を飛び立った私たちは、運転を自動操縦モードに切り替えてここに集まった。みんなが材料を探し、そしてエーリクのお母さんが完成させた『伝説級の万能薬』を飲むために。


 私は光を振りまくクリスタルの小瓶をテーブルから取り上げる。

 キュッと音を立てて蓋を開ければ、まるで湯気のように光が上方に逃げていった。瓶から離れた光はすぐに空気に溶けて消えてしまうが、瓶の光の総量は変わらない。消えた端から新たな光が湧き出てくる。


 みんな興味しんしんといった顔で私の一挙手一投足に注目していた。シンちゃんが肩に飛んできて、細い首を伸ばして瓶の中身をふんふんと嗅ぐ。


「匂いは特にないのかぁ~。この光、なんか味すんのかな?」


「味なんか問題じゃないわ。いい、アリサ? たとえ不味くても、息を止めて一息に飲み干すのよ」


「お口直しのお茶はちゃんと用意してありますからね。さあ、憂いなくグッといってくださいませ!」


 ブランカとマリアが椅子から身を乗り出して応援してくれる。

 わくわくと期待が高まる中、エーリク一人だけがひどく緊張した様子だった。


「大丈夫だろうか……。母さんはあれでおっちょこちょいなところがあるからな」


 うなるように低くつぶやき、殺気立った鋭い目を私に向ける。……うん、ちょっと飲みにくいぞ。


 なるべくエーリクの方を見ないようにしながら、私は瓶の口に唇を寄せた。ごくっとみんなが唾を飲む音がする。


(……ん?)


「……っ! げほっ!!」


 私は慌てて顔を背けて咳き込んだ。

 真正面にいるレグロが「あっぷっぷぅ~」というように唇を突き出し、変顔を披露していたのだ。シンちゃんが指差してぎゃははと笑い転げる。


「何してんのよこのドアホ筋肉野郎ッ!!」



 ドゴッ!!



 途端にブランカが肘鉄を食らわせる。

 頭を押さえ、レグロが情けない顔をした。


「いや悪かったって、ついつい欲望にあらがえず!! 今やんなくていつやるよ、みてぇな!?」


 エーリクが無言で立ち上がり、レグロの襟首をつかんで食堂の外に捨ててくる。ぞんざいに蹴りまで入れるというオマケ付きだ。


「さあアリサ。邪魔者は片付けた、いつでもいいぞ」


 あ、はい。


 幸いなことに瓶の中身は一滴もこぼれていなかった。

 私は深呼吸して仕切り直す。どきどきしながら瓶を傾け、そして――……


「ふっ」

「ぷぷうッ」

「うくく。あ、あたしもダメ……!」


 女三人こらえきれず、同時にテーブルに突っ伏した。さっきのレグロのアホ顔を思い出したせいで、腹筋がぴくぴく痙攣してしまう。


「アリサ!?」


「ご、ごめんエーリク……っ、だけど、あははっ。一回緊張がゆるんだせいか、なんだか笑いが止まらなく……っ」


「同じく~」


「これではいけませんね。ブランカさん、わたくしたちも外へ出ていましょう」


 顔が笑ったまま、マリアとブランカが連れ立って出て行った。

 これで食堂には、エーリクとシンちゃんと私だけ。私はぴたぴたと頬を叩いて気合を入れ直し、三度目の正直と瓶に手を伸ばす。


「……それじゃあ、今度こそいくね?」


「ああ。鼻をつまんで一気飲みするんだ」


「がんばれ、アリアリ~!」


 はい、せーのっ。


 瓶を傾け、味を感じる間もなくごくごくと一気に飲み干した。いや、どうやら味はない……みたい。何も感じなくて当然だ。


(……だけど)


 氷みたいに、冷たい。

 口に入れた時にはびっくりしたのに、それもほんの刹那の間だけだった。喉を通り抜けた瞬間に、氷水は一気に熱湯へと変わる。お腹の底がカッと熱くなった。


「ふ、ぅ……っ?」


「――アリサッ!?」


 なんだか――……ふわふわ、する。

 エーリクの慌てふためいた声を子守唄に、私はゆっくりと意識を手放した。



 ◇◆



「あら?」


 食堂からガタンと大きな音が聞こえた気がして、ブランカさんが振り返りました。その手はお仕置きと称してレグロさんの首を絞め上げている最中です。


「おう、うまくいったんじゃないのか? 二人と一匹で喜びのダンスでも踊ってんのかも!」


 レグロさんが嬉しげに叫びました。

 ちなみに嬉しそうなお顔はさっきからずっとです。美女に首を絞められて喜ぶだなんて、ドン引きレベルのド変態です。


「……なあマリア、なんか汚いゴミムシでも見る目をオレに向けてねぇ?」


「気のせいです。あら、エーリク様たちが出てこられて……、え?」


 乱暴に扉を開いたエーリク様は、血相を変えておられました。

 その腕の中には、くったりと意識を失ったアリサさんの姿が。そのお顔も首筋も、まるで茹で上がったように真っ赤です。


「マリア、すぐにアリサを診てやってくれ!! 薬を飲んで気を失ってしまったんだ!!」


「ええ? た、大変っ!」


「アリアリぃ~っ!!」


 悲痛に泣き叫び、頭上をハエのように飛び回るシンちゃんさん。ごめんなさい邪魔です。

 シッシッと腕を払い、わたくしはアリサさんの額に手を当て目を閉じました。集中して彼女の『内部』をさぐります。ふむふむ、これは――


「……素晴らしいです」


 思わずほうっと感嘆の息をつくと、エーリク様が怪訝そうに眉をひそめました。

 彼を安心させるため、わたくしはにっこりと笑みを作ります。


「さすが伝説級、これほどの効能は見たことがありません。火に例えればわかりやすいかもしれませんね。吹けば飛びそうなロウソクレベルから、ちょっとやそっとの風では消えない松明へと強化された感じです」


「――本当か!?」


 エーリク様のお顔が歓喜に輝きました。

 けれど、すぐにまた表情を曇らせます。


「……だが。ならばなぜ、アリサは――」


「そうですね。副反応、のようなものかもしれません。おそらくは薬の急激な効果で、一時的に酩酊状態に陥っているのかと」


「酩酊状態? つまりは酔っ払ってるってことかぁ?」


 レグロさんがアリサさんを無遠慮に覗き込み、わたくしとエーリク様がすばやく彼の体を押し返しました。レグロさん、空気読め。エーリク様が噴火寸前です。


 すかさずブランカさんが割って入りました。


「そういうことなら、酔いが醒めるまで休ませてあげましょうよ。エーリク、今すぐアリサを女子部屋まで運んであげなさい。あたしとマリアで看病するわ」


 てきぱきと指示され、エーリク様が無言で首肯します。心配そうに彼女を見下ろすと、額にかかった銀髪をそっと払いました。


 エーリク様の腕の中の彼女はまるで人形のようで、わたくしは思わず見とれてしまいます。

 華奢で折れそうな体に、今はほんのり色づいた透き通るように美しい肌。いかにも指通りのやわらかそうな、星を閉じ込めたみたいにきらめく銀髪。


(……なんだか、エーリク様にはもったいないような)


 未来を見通し、わたくしたちの冒険を助けてくれたアリサさん。きっと彼女もわたくしと同じで、神の恩寵を受けているのではないかと推察します。

 対してエーリク様は、力押し一辺倒のバカ勇……いえこれ以上はよしておきましょう。


 素知らぬ顔でエーリク様を先導します。

 エーリク様がアリサさんを抱いて歩き出そうとした瞬間、アリサさんの閉じたまぶたがふるりと震えました。

 はっとして全員が注目する中、アリサさんの熱っぽく潤んだ瞳がゆっくりと開き始めます。

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