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最終話.あまねく光を!

 謁見の間を出た私たちは、魔王城のさらに奥深くへと進んでいく。

 ヴァールネズミを締め上げたところ、王の玉座の裏に隠し階段があるのが発覚したのだ。一列になって狭い通路を登っていくと、やがて一気に視界が開けた。


 生温く、ねっとりと肌に絡みつくような嫌な風を感じる。

 思わず腕をさする私を、エーリクがさりげなく前に出てかばってくれた。


「ここは……、屋上? さすがというか、随分禍々しいわね」


 濃い霧に覆われた景色を見回すと、ブランカは魔術で拘束したヴァールネズミに顔をしかめてみせた。ブランカの杖の先からは光の糸が出ていて、ヴァールネズミをしっかり縛り上げている。


 ちなみにコリーは謁見の間に置いてきた。マリアの結界に閉じ込められているから逃げることはできないし、結界の中ならば魔族に襲われる心配もないだろう。


「うわぁ……この噴水の水、まるで血みたいに真っ赤だぜ」


 レグロがげんなりと肩を落とす。

 マリアも「あんなに美しかった、我が城の屋上庭園が……」と悲しげにつぶやいた。庭園のそこかしこに、恐ろしい魔物の石像が建てられている。


「花壇にも毒花ばっかりって感じだな~。なあアリアリ、そんでこっからどーすんの?」


 私の頭の上を飛んでいたシンちゃんが、小さな翼をパタパタ動かして顔を覗き込んできた。私はぎょっとしてのけ反ってしまう。


「え、え~? わ、私に聞かれてもわかんないなぁ……? ああでも、あれとか怪しいんじゃない、かなー?」


 動揺しつつも私は屋上のさらに上――螺旋階段を上った先の鐘楼を指差した。


 あれはかつて、神竜王によって人間に授けられた特別な鐘。

 魔王を倒した勇者一行が、あの鐘を高らかに打ち鳴らすことで魔は祓われる。魔界に呑まれてしまった現実の首都が還ってくるのだ。


(……なんて、得々と解説できないよね)


 マリアたちに変に思われてしまう。

 だからこそ屋上に来る隠し階段だって、エーリクにこっそり耳打ちしてヴァールに吐かせてもらったんだし。


「まあ……! あの鐘は、我が城に代々伝わる秘宝ではありませんか!」


 マリアが打って変わって嬉しそうに手を打った。

 そう、この鐘だけは出現した魔界に塗り替えられることなく、屋上に変わらず存在し続けていた。資格を持った者以外は、鐘を鳴らすどころか螺旋階段を上ることすらできないのだ。


(鐘を鳴らすのは、もちろん勇者であるエーリク。恋愛イベントをきっちりこなしていたら、そこにマリアも加わるんだけど)


 どうなるのかな。

 エーリクってば恋愛イベントを、ほとんどスッ飛ばしてたもんなぁ……?


 それでもマリアとエーリクは、互いに惹かれ合っているように見える。

 また分不相応に私の胸が痛んだけれど、私はきつく手を握ってそれに耐えた。……大丈夫。私はがんばった幼馴染を、その大切な仲間を、心の底から祝福できるんだから――……


「……アリサ」


 ずっと黙っていたエーリクが、不意に私に手を差し伸べた。

 私はぱちぱちと瞬きして、エーリクの手と顔を見比べる。なんだっけ、何かまだ必要なアイテムでもあったっけ?


 エーリクは幼い頃からちっとも変わらない、揺るぎなくまっすぐな眼差しを私に向ける。


「――アリサ。どうか俺と共に、あの鐘を鳴らしてくれないか」


 ……は?


 一瞬何を言われたかわからなくて、私はただ馬鹿みたいに呆けてエーリクを見返した。

 エーリクはそんな私に、また一歩近づく。私は我に返って、逃げるように後ずさりした。


「な……、どうして? 何を、言っているの?」


 私なんか、単なる村人Aなのに。

 魔王城に来たのだって成り行きで、本来ならこの場にいる資格なんてない。この世界を覆う魔を祓うのは、エーリクとその仲間たちであるべきなのに。


「違う、アリサ。この旅の幕を引くのに、お前ほど相応しい人間はいない。そうだろう?」


 私が逃げた分だけ、エーリクが距離を縮めてくる。


「だって、お前が始めたんだ。お前が、俺を勇者にしてくれた。お前がいてくれたから、マリアにレグロ、ブランカ、そしてシンちゃん――……最高の仲間たちに巡り会えたんだ」


「そうだぞっ、アリアリぃ!」


 私ははっと暗く濁った空を見上げた。

 シンちゃんが元気いっぱいに上空を旋回して、私の胸に飛び込んでくる。


「相棒と出会った日にアリアリがいなかったら、とてもじゃないけどここまで来れなかったぞ! いきなり捕獲してきやがって、なんだこの野郎って思ったし~!」


「……それに関しては、反省している」


 エーリクがバツが悪そうに頬を掻いた。

 マリアとブランカがくすりと笑い、レグロは腹を抱えて爆笑する。


「聞いた、聞いた! シンちゃんがあまりにしょっちゅう愚痴るもんだからさぁ!」


「ホントよねぇ。無茶苦茶な勇者にも程があるわ」


「……アリサさん」


 マリアがピンクの髪を揺らし、私に歩み寄る。

 そっと手を取り、優しく微笑んだ。


「エーリク様から全てお聞きしました。アリサさんは、ずっとわたくしたちの手助けをしてくださっていた、と。本当に、どれだけ感謝してもしきれません」


「そうね。だからアリサ、アンタももうとっくにあたしたちの仲間なのよ。異論は認めてあげないわ」


「その通りっ! アリサちゃん、早く派手に鐘を鳴らしてこいよ! 王様たちも待ちくたびれてるだろうしさっ」


「……っ」


 マリアにブランカ、レグロから口々に語り掛けられ、私は束の間言葉を失った。

 胸がいっぱいになって、気の利いた言葉の一つも返せない。立ち尽くす私に、エーリクが再び手を差し伸べる。


「アリサ」


「……うんっ!」


 迷いを振り切り、しっかりと手を取り合った。私たちは鐘楼へ続く螺旋階段を上る。

 下からはマリアたち、旅の仲間が一心に見守ってくれていた。私はエーリクと繋いだ手に力を込める。


「……本当は、ちょっとだけ怖い。実はね、資格のない人間は鐘に辿り着く前に、透明な壁に跳ね返されちゃうんだよ?」


「心配するな。その場合は俺がシンちゃんハンマーで壁を破壊してやる」


「…………」


 エーリクなら本当にやりそう。


 私は笑いをこらえ、胸を張って力強く階段を踏みしめた。

 ぐるぐるぐるぐる、高く上っていく。途中でふわりと何かをくぐり抜けた気がしたが、気のせいだったのかもしれない。


 やがて、黄金の鐘の真下にたどり着く。


 鐘から垂れ下がった紐を、エーリクが私の手に握らせた。その上からエーリクも、包み込むようにして大きな手を重ねてくる。


「――ねえ、エーリク」


 紐を二人で持ちながら、私はエーリクを見上げた。

 ずっと聞きたくて、けれど今さら聞けなかったあることを、ふと確かめてみたくなったのだ。エーリクは黙って、続きをうながすように首を傾げる。


「エーリクはどうして、私の突拍子もない話を信じてくれたの?」


 私が前世を、そしてここがゲームの世界なのだと打ち明けてすぐ、エーリクは迷うことなく行動を開始してくれた。

 私の頼みにあっさり応じ、強くなるための修行を重ねてくれた。シンちゃんを探しに禁じられた森に行ってくれた。


「私が何を頼んでも、笑い飛ばしたりなんか絶対にしなかったよね。これで最後だから聞いちゃうけど、一度ぐらい疑ったりはしなかったの?」


「…………」


 エーリクはじっと目を伏せ、ややあって「俺も、最後だから言うが――」と重い口を開く。


「……実は、一度ならず百回や二百回は軽く疑っていた」


 えええっ!?

 多っ!?


「どうしても、百パーセントはなかなか信じきれなかった。だがそれも、シンちゃんに会うまでだ。さすがにそれ以降は完璧に信じていた」


 エーリクが、くくっと喉の奥でこもった笑い声を立てる。

 私は混乱してしまった。信じていなかったならどうして、エーリクはこんなにも力を尽くしてくれたのだろう。


「……お前が、死ぬ運命にあると言ったから」


 魔界の暗い空を眺め、エーリクが淡々と言葉を重ねる。

 私は息をするのも忘れ、彼の横顔を見つめる。


「信じていなかった。疑っていた。……だけどもしも、本当だったら? アリサは助けてくれと言ったのに、俺が行動を起こさなかったせいで、本当に死んでしまったらどうすればいい?」


「エーリク……」


「たとえ百に一つの可能性でも、お前を失う未来があるのなら。俺は絶対に、それを変えてみせると決めたんだ――」


 視界がぼやけて、私は慌ててうつむいた。

 両手は鐘の紐を握っているから、流れる涙をぬぐえない。エーリクがまた少し笑って、私の顔をぐいぐいと荒っぽくこすった。


「――よし。やるか!」


「うん! エーリク!」


 深呼吸して、えいやっと二人で同時に紐を引っ張る。

 黄金の鐘が大きく揺れて輝きを放ち、澄んだ鐘の音がいっぱいに響き渡る。鐘の真下にいる私たちは、あまりの大音量に悲鳴を上げながら紐を引き続けた。


「あ……っ!」


「見てください。城が!!」


 マリアたちの声が聞こえて、私もそちらに目を向ける。


 鐘の音が広がるにつれ、魔王城が消えていく。

 鐘から放たれた光の波動が通り抜けた後には、禍々しい怪物像は天使の像に変わり、そして真っ赤な噴水は澄んだ水をたたえ始める――……


「ん?」


「あら? わたくしたちは一体何を……?」


 やがて、屋上から戸惑ったようなざわめきが届いてきた。「おや、姫様」「お帰りでしたか!」という賑やかな声も。どうやら王城の人々が帰還してきたらしい。


「アリアリ~っ、相棒~~~ぅ!!」


 鐘楼の周りをシンちゃんが喜び勇んで飛び回る。シンちゃんの真っ白な鱗が、太陽の光を反射してキラッと輝いた。


 空はもう、美しく晴れ渡っていた。

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