20.心を一つに
何なに?
一体何が起きているの?
どうやら私一人だけが、この状況にさっぱり付いていけていないらしい。
謁見の間から出て早々、私はエーリクに問答無用で抱き上げられた。
それからは誰も口を開くことなく、広い廊下を飛ぶように駆け抜けていく。私はエーリクにしがみつくだけで精いっぱいで、とても質問するどころではない。
「――よし、今だみんな!」
エーリクの号令で、全員が図ったように急停止する。
途端に私の首に巻きついていたシンちゃんが離れ、ぱあっと眩しい光が弾けた。シンちゃんの体が空気に溶けるように消えていき、見たこともないほど巨大な盾へと変身する。
(え……!?)
「マリア!」
「了解です。【高位防護壁】!」
エーリクに鋭く名を呼ばれた瞬間、マリアが宝玉の嵌まった杖を高々と掲げた。
宝玉が光を放ち、私たちの頭上から足元に向かって薄いガラスのような結界が構築されていく。一分の隙もなく私たちを包み込むと、虹色に乱反射して不可思議に色を変えた。
「ブランカ!」
「任せなさい! 行くわよ、【護りの天幕】!」
今度はブランカが、まるでオーケストラの指揮者のように杖を踊らせる。
つややかな黒の杖の先からは、ダイヤモンドを散りばめたようなきらきらした霧が噴き出した。霧は私たちの周りを巡り、全身をすっぽりと包み込む。
「おらぁっ! 起きろや宮廷魔術師、死にたくなけりゃお前も協力しやがれ!」
なぜかレグロは、がっくんがっくんとコリー(脱ヴァール)を揺さぶっている。
コリーは「むにゃ?」と間の抜けた声を上げると、あくびをしながら起き上がった。
「ふあぁ、騒がしいなぁ。何かご用でしたかぁ?」
「一番外側! 防御魔術を張れ今すぐだ! いいよなエーリク!?」
「ああ」
エーリクは手の中にあるガラス玉を睨んでいた。
ガラス玉の中では金色の光が暴れまわっている。まるで二つの異なる川が荒れ狂うようにぶつかり合い、打ち消し合いながら、絶え間なくぐるぐると渦を巻いている。
「これ……もしかして、【神竜王の息吹】!?」
息を呑む私に、エーリクは答えない。
ただ空いた方の手で私を引き寄せ、肩をきつく抱いた。
「――来ます!」
マリアが緊張した様子で叫ぶ。
ひどい地鳴りがして、天井からぱらぱらと破片が降ってくる。
どうやらそれは単なる予兆だったようで、一拍置いて突き上げるように地面が揺れた。
――ドォォォォォンッ!!
「やあ、僕の防御魔術が速攻で破られちゃいましたぁ」
「はあ!? しょっぼいなオイ、お前それでも宮廷魔術師かよ!?」
シンちゃんの変身した盾を全身で支えながら、レグロが毒づいた。コリーは堪えたふうもなく、ぺろりと舌を出す。
「宮廷魔術師に昇進したのは僕じゃなく、あくまで僕を乗っ取ったヴァールさんの功績ですからねぇ」
「乗っ取られてた自覚あるんかい!!」
ああっ、そっちの話もすっごく気になるけども!
今は全然それどころじゃない。
私は必死でエーリクの険しい横顔を見上げた。
「エーリク、どうして【神竜王の息吹】を使わないの!?」
「――アリサ、いいから黙ってなさい! アンタが今気にするべきなのはエーリクじゃない! マリアよ、マリアを見るの!!」
ブランカが血走った目で私を睨む。
突然叱られたこと、そして私の名前が知られていたことにびっくりする。言われるがまま私はマリアの方を振り向いた。
マリアのピンク色の髪が、毛先の一本一本に至るまで輝いている。
閉じたまつ毛を震わせて、一心に祈り続ける彼女の人間離れした美しさに、私は言葉を失って見惚れてしまった。
「……マリア」
エーリクが苦しげに彼女の名を呼ぶ。
途端に胸がずきんと痛んだけれど、私はその痛みに気づかない振りをする。祈るマリアを見つめ、がんばって、と心から応援する。
「……はッ」
やがて、揺れが止まった。
大きく息をついて倒れそうになったマリアを、杖を放り投げたブランカが支える。同時に私も飛び込むように手を出していて、女三人もつれ合って転んでしまった。
「わっ!? ごごご、ごめんなさい、私ってば余計なことっ」
「……ふふっ」
「あははっ」
マリアが安堵したように頬をゆるめた。
ブランカも表情をやわらげ、座り込んだまま声を上げて笑い出す。
私はきょとんとして二人を見比べて、つられて噴き出してしまった。
なんだか信じられない。私みたいなモブ転生者が、魔王城でマリアとブランカと一緒になって笑っているだなんて。
「ぃやったぁ~~~~っ! うまくいったな、みんなっ!」
「マリア、本当によくやってくれた……!」
シンちゃんが一回転して元の姿に戻り、エーリクはひざまずいてマリアに手を差し伸べる。
マリアはいたずらっぽく微笑むと、かぶりを振って一人で立ち上がった。ブランカも「よいしょ」と一緒に私の腕をつかんで立ち上がり、先に立って歩き出す。
「まだ終わってないわ。でしょ?」
「……ああ」
「おっ、やるか!」
エーリクが不敵に口角を吊り上げ、レグロがやる気満々で肩を回した。
謁見の間へと戻る道々、魔力消費の激しかったマリアとブランカは回復薬を飲んで元気を取り戻した。
足音を殺して到着し、まずは入口でこっそりと聞き耳を立てる。
『ふははははッ、奴ら骨の一欠片すら残さず消えおったわ――!! ざまあみろ、不愉快な化け物勇者どもめ!!』
エーリクがぽんと私の肩を叩いた。
声を出さずに「ここで待っていろ」と合図してきたので、私も「了解!」と親指を立てる。エーリクは一瞬だけ私の手に指を絡ませると、仲間を率いて謁見の間へと入っていった。
『あははははッ、今日こそが僕の魔王記念日!……ん? いや魔王が僕、って軽すぎるか? ワシ? それがし? それとも朕??』
「吾輩、なんてどうでしょう?」
私と一緒にお留守番中のコリーが明るく提案する。『わがはいっ!』とヴァールが歓喜の声を上げ、勢いよく振り返った。
『それ、採用――……ん?』
…………
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勝負がつくまで、ものの三分もかからなかった。




