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18.再会と、そしてガチギレ

「えぇい肝心なときにこの役立たずがッ!」


 怒り心頭のヴァールは無視して、私はお茶のお代わりを自分で注ぐ。あの分だとエーリクはすぐに来てくれそうだから、私もいつでも逃げられるよう準備万端にしておかないと。……あ。


 まだぎゃあぎゃあ何かわめいているヴァールを、私は恥じらいながら振り返った。


「あの~、お手洗い、を……お借りしてもいいですか……?」


「は!?」


「あるんでしょう、お手洗い? このお城であなただけが人間なんだから、ないと困りますもんね?」


 必死で畳みかければ、ヴァールも「まあ、ありますけど」としぶしぶ認めた。

 私はほっとして、張り切ってドアへと急ぐ。


「じゃあ行きましょう! じゃないとエーリクが来てくれても、トイレが気になってあなたの正体を教えられないかもしれないし!」


「次は絶対に失敗するなよこのバカ娘!!」


 暴言を吐かれつつも、二人でお手洗いへレッツゴー。

 広い廊下は信じられないほど天井が高く、しんと静まり返っていた。ラストダンジョンらしくなく、強そうな魔物や魔族が徘徊しているわけでもない。


 そう尋ねれば、ヴァールが面倒くさそうに鼻を鳴らした。


「勇者にも言いましたが、ここは魔王城の最奥です。あるのは魔王様と、僕を含めた高位魔族用の私室ぐらいのものです」


 なるほど、要は魔族のプライベートエリアなわけね。


 こうなったら開き直って、観光気分で周りを見回した。私みたいなモブ転生者、魔王城に来る機会なんてそうそうないだろうしね。


「……それにしても、勇者のあの常軌を逸した怒り方。あれで恋人じゃないなんて嘘でしょう?」


 隣を歩くヴァールが、苦々しげに眉をひそめる。


「それとも、勇者の片思いなのか。どうなのです?」


 どうなのです、って言われても。

 私は戸惑って視線を泳がせた。


「……さっきも言ったけど、エーリクの運命の相手はマリア姫だから。私も二人はお似合いだと思うし、本当に心から応援して……応援して」


 ……るんだけど、エーリクってば恋愛イベント全然やってくれないんだよね。

 恥ずかしがってるのかなって思ってたけど、本心はわからない。


 考え込む私を見て、ヴァールは小馬鹿にしたように口角を上げた。


「はあ? なんという鈍い娘なのでしょう! 勇者の気持ちはあんなにもダダ漏れだというのに。どう見ても勇者が愛しているのはマリアではなく、あなたに決まっているでしょう!」


「…………」


 えええええっ!?


 私は仰天して、それから一気に赤くなる。

 足を止め、わたわたと手を振りまくった。


「そ、そそそそんな馬鹿なっ」


「いーえ、僕にはわかります。伊達に十年近くも人間の振りはしていないのですよ。……はあ、しかし人間擬態中級の僕ですらわかることに気づかないとは……バカ娘ここに極まれり。この恥ずべき情緒壊滅ド底辺人間め」


 そこまで言う?


 さすがに落ち込んでいたら、お手洗いに着いた。「さっさと行ってきなさい」と背中を押されたので、ヴァールはドアの外で待たせて一人で中へ入る。


(わあ、ちゃんと清潔だ。しかも手洗い場に、鏡まで完備してある~)


 急いで用を足し、鏡をチェック。

 顔がまだ少し赤い。それから……髪が、ぼさぼさ。せっかくこれからエーリクに再会するっていうのに!

 ダメ元でポケットを探ってみるが、やっぱり櫛なんて入っていなかった。がっかりしながら手櫛で髪を整える。


(べ、別にこれは舞い上がってるわけじゃなくて。ヴァールが変なこと言うから、ちょっと意識しちゃってるだけで!)


 誰にともなく言い訳しながら、必死で髪を引っ張った。長時間寝ていたせいで、自慢の白銀の髪にはひどい寝癖がついている。うう、さっきエーリク変に思わなかったかな~!


「おいっ、まだか!?」


「まだでーす」


 まずは絡まりをほぐして、と。

 そうっとそうっと丁寧に。あ。


 私はふと思いつき、トイレのドアを開ける。


「もしかして、櫛とか持ってません?」


「……一応、ありますけど」


 やったね!

 ヴァール(コリー)の髪ってサラサラだし、イケメンだし、きっと身なりには気を使ってると思ったんだ。


 ありがたく櫛を借りてトイレに戻る。

 ゆっくりと何度も()かしつければ、手櫛じゃどうにもならなかった寝癖がようやく落ち着いてきた。


 満足して出ようとした瞬間、トイレのドアが激しく叩かれる。


「おいっ、早く出てこんかバカ娘! マズイやばい勇者が! 化け物勇者軍団がもうっ! 魔王様の謁見の間に到達しているぅぅぅぅ!!」


 え、早っ。

 でも身支度が間に合ってよかった!


 言われた通り大急ぎで出た私を、ヴァールが光の速さで連行していく。

 閉じ込められていた部屋には戻らず、私を担ぎ上げて廊下をまっすぐに突っ切った。


「いいか、この先が謁見の間だ! 僕がこれから何をするつもりか、ちゃんとわかっているのだろう!?」


「ああはい、まずエーリクたちが魔王を倒します。そうしたら魔王の『核』が遺体から分離するので、あなたは横からそれを引っさらいます。突然現れた『宮廷魔術師コリー』に驚くエーリクたちに、実は自分の正体は魔族ヴァールなのだと、あなたは得々としてネタばらしするんです」


 っていうのが、ゲームの正統なストーリーの流れ。

 ヴァールはコリーの体を捨て、『核』を己に取り込み新たな魔王へと進化する。元魔王との戦いで疲弊した状態で、エーリクたち勇者一行はラスボス戦に挑むこととなるのだ。


(しかも……)


 魔王としての新たな姿を手に入れたヴァールは、戦闘開始一発目でとんでもない必殺技を放つ。

 ゲーム中最強の攻撃力を誇る、その名も【究極破壊魔法(ファイナル・ブレイク)】。対抗手段となるキーアイテムを持っていなければ、勇者パーティは9,999の大ダメージを食らって即全滅という鬼畜技である。


「クククク、『核』を手に入れ勝つのはこの僕だ! お前も勇者どもと一緒に殺してやるから安心しろ!」


「……じゃあ、エーリクたちと会えたらすぐ私を解放してくださいね? もう私は用済みでしょうから」


 私は冷たい声でヴァールに告げる。

 最終戦目前だというのに、私の気持ちは落ち着いていた。


 たとえヴァールに『核』を取られたとしても、問題ない。

 キーアイテム【神竜王の息吹】を、もうエーリクは手に入れているのだから。


(もちろん、核を取られないに越したことはないけど……)


 今のヴァールになら、エーリクたちは苦もなく勝てることだろう。『核』がヴァールの手に渡る前に破壊する。それが一番楽な方法だと思う。


「――よし、見えた! ここが謁見の間えええええもう魔王様が倒れてるうぅっ!?」


 わっ、びっくりした!!


 ヴァールが急停止した衝撃で、私は彼の肩からずり落ちそうになる。慌てて首に手を回ししがみつき、ヴァールも私の膝下に腕を差し込んで支えたことで、なんとか落下をまぬがれる。ふう。


「エーリク! あっ、あれが魔王……っ?」


 巨人のような体躯が謁見の間に長々と伸びて、そのすぐ側に剣を携えたエーリクの後ろ姿がある。

 魔王の上に浮かぶのは、漆黒のつややかな玉。パチパチと稲妻のような光が周囲に爆ぜていて、あれが『核』に違いない。


 エーリクが弾かれたように振り向いた。


「アリサ!! ぶ、じ――……ッ!?」


 表情が凍りつき、それからみるみる憤怒の形相へと変わっていく。「ヒッ」とヴァールが情けない声を上げ、マリアを始めとした仲間たちがさりげなくエーリクから距離を取る。


「貴様――」


 ブン、とエーリクが大剣を払う。

 目に見えない衝撃波が放たれ、空気が激しく震えた。ヴァールの体もガタガタ震えている。


 射殺さんばかりにヴァールを睨むと、エーリクはゆらりとこちらに歩み寄った。


「お姫様抱っこ、だと――!?」

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