15.傍観者では終わらない
物語の通り、とうとう魔王城が人間界に現れた。
マリアの精神面が心配だったものの、例によって『神竜様のお告げ』と偽ってシンちゃんが首都の住民たちの無事を保証したため、彼女は案外落ち着いているそうだ。
というよりむしろ、「早く魔王をメッタメタのギッタギタにしてやりましょう!」と意気軒昂なのだという。マリア、もしかしてゲームより口が悪くなってない?
「どう、エーリク。レベルアップは順調に進んでる?」
首都のほうは大変な事態になっているというのに、辺境のシールズ村は平穏そのものだった。
いまいち実感が持てないながらも、私も毎日落ち着かない日々を過ごしている。
通信用の羽に向かって話しかけると、エーリクが『ああ』と頷いた。
『強さの数値が目で見えるわけじゃないから、あくまで体感だけだがな』
王国の首都、今は魔王城の城下町に変わってしまっているが、エーリクたちはそこで片っ端から魔物や魔族を退治しまくっているそうだ。
『さすがは魔界の魔物たちだ。あまりの強さに手こずってばかりだったが、最近では一撃で倒せるようになってきた。ようやく修行の成果が出てきたな』
しかもエーリクだけでなくパーティ全員が、だという。
どうやら『倍速の腕輪』を平等に付け替えながら修行しているらしい。人類最強パーティの爆誕である。
「じゃあ、もうそろそろ魔王城にも……」
『いや。アリサ』
控えめに申し出るが、エーリクからぴしゃりと跳ねのけられてしまった。
『あの城下町は最高の修行場所だ。疲れたら外に出て魔空挺で眠れば完全回復できるし、一度出て入ったらまた魔物が湧き出してる。国王陛下や首都の住民たちも無事と聞くし、まだもうしばらくは鍛錬を重ねるつもりだ』
「えっと、でも他のみんなは何て言って……? 特に、マリアは」
『問題ない、みんなやる気に満ち満ちている。最近では面構えまで変わってきた』
「…………」
怖い。
全員が戦闘狂と化している……。それとも短期間でレベルアップしすぎて中毒症状が出てるんじゃ……?
(まあ、私はお留守番しかできないし。戦いのことはエーリクに任せるしかないか)
お待たせしてしまう首都の住民たちに申し訳なく思いながらも、私は頭を切り替えた。
「う~ん、じゃあもう言わないけど。とにかくエーリク、魔王城に行く前に私から伝えておきたいことがあるの。――ラスボスの正体について、なんだけど」
そんな必要はないのに周囲を警戒し、私は声をひそめる。
伝えたいのは宮廷魔術師コリー……すなわち魔族の宰相ヴァールのことだ。
コリーはあくまで、ヴァールに精神を乗っ取られているだけの普通の人間。だから決して攻撃はせず、彼を救出してあげる必要がある。
エーリクも私につられたように声を落とした。
『ラスボスの正体……? ラスボスというのは、最後にして最大の敵という意味なんだろ? だったら普通に魔王じゃないのか』
「ううん、違うの。あ、いやラスボスの解釈はそれで合ってるんだけど、そうじゃなくて。ラスボスはね、魔王と見せかけて実は――」
プツッ。
そこで唐突に通話が切れた。
あれ? おかしいな。
(まだ十分経ってないと思うんだけど。……ハッ、もしや故障しちゃったとか!? 最後の最後に来てそれはない~!!)
羽通信が故障だなんて絶対困る。
まだ黒幕の正体を教えてないし、何より魔王城突入の前には絶対エーリクの声が聞きたかった。応援してるよ、無事に帰ってきてねと伝えたかった。
「嘘でしょ~……。ほらほら、動いて動いて!」
ふわふわと羽を振りまくるものの、反応ナシ。
私はため息をつき、ベッドから立ち上がった。とにかく明日まで待ってみるしかない。明日になったら、また普通に使えるようになるかもしれないし。
自室から出て階下に降りると、家の中はしんとしていた。仕事のお父さんはともかく、お母さんもいないみたい。
(そっか、今日も手仕事の会だっけ)
夕飯の下ごしらえだけでもしておくか、とエプロンを着けようとしたら、不意に玄関の扉がノックされた。んん?
(……珍しい。こんなド田舎でわざわざご丁寧な)
田舎あるある。日中は鍵開けっ放し、親しい間柄なら勝手に扉を開けて「ごめんくださ~い」なんて日常茶飯事。
首をひねりながらも、玄関に走って扉を開ける。……って、誰もいないじゃない。
(近所の子のイタズラかな?)
顔をしかめて踵を返した、その瞬間。
――ぞわり。
首筋に生温かな吐息を感じた気がして、背筋に悪寒が走る。
「や……っ!」
考える間もなく後ろに手を払う。
けれど痛いほどの力で、きつく腕を縫い止められた。私は驚愕に目を見開く。
「――ご無沙汰しております。勇者エーリク様の幼馴染の、確かお名前はアリサさん……でしたっけ?」
場違いなほど明るい声。
一体いつの間に現れたのか。
優しげな笑みを浮かべて私を押さえつけているのは、見覚えのある男だった。
漆黒のローブ姿に、フードからこぼれ落ちるのは輝くばかりの金の髪。
「……っ。あ、あなた、は……」
「はい。とりあえずお話は後ほど。――今はお休みなさい。目障りで愚かなる勇者の姫君よ……」
男が私の額に手を当てた途端、視界が一気に黒く狭まる。
意識を失う最後の瞬間まで、男――宮廷魔術師コリーは、楽しげで人好きのする笑みを浮かべていた。




