そのころ勇者パーティは①
マリアと申します。
ここフェリス王国の姫にして、神の恩寵を受けし法術士でもあります。
今、世界は未曾有の危機に瀕しています。
かつて分かたれた人間界と魔界――二つの世界が数千年振りに一つになろうとしているのです。世界各地から魔族襲撃の報が続々と届き、わたくしは事態を解決するため動き出しました。
しぶるお父様を説得し、勇者エーリク様と共に旅立つことを決めたのです。
きっとわたくしが力を授かったのは、全て今このときのため。
民を守れずして何のための王族でしょうか。
固い決意を胸に秘め、わたくしは今日も法杖を手に戦います。
「ふうっ、もうじきダンジョンの最深部にたどり着くな」
旅の仲間その三、拳闘士のレグロさんが嬉しそうに笑います。
「入ってすぐに正確なマップを手に入れられて幸いだったわね」
旅の仲間その四、魔術師のブランカさんが満足気に頷きます。
彼女の言う通り、ダンジョンに入って即、旅の仲間その一……すなわちエーリク様が迷わず小道へと曲がり、宝箱からダンジョンマップを発見しました。
今日に限らず、エーリク様にはこのように神がかったところがあるのです。
「なあなあ相棒~、ここらでいっちょ休憩しようぜー」
旅の仲間その二、シンちゃんさんがエーリク様にねだります。
エーリク様はシンちゃんさんを完全に無視すると、「とっとと終わらせて帰るぞ」とむしろ足を早めました。
今日に限らず、エーリク様にはこのようにせっかちなところがあるのです。一体何をいつも急いでいることやら。
(……まあ、その疑問はもう解消されたのですけれど)
ブブブブブ、と不意に小刻みな振動音が響きます。
エーリク様ははっと立ち止まると、「休憩!」と高らかに宣言されました。前言撤回が早すぎるにも程があります。
「……【防護壁】」
法杖を掲げて唱え、半球状の結界を展開しました。
すばやくわたくしのもとに駆けてきたのはレグロさんとブランカさんのみで、エーリク様とシンちゃんさんはいつも通り結界の外。
「もしもし、アリサか。今? 大丈夫だ、問題ない」
『グオオオオオッ!!』
バチコーーーン!
巨大ハンマーと化したシンちゃんさんで、襲ってきた魔物を華麗に退けます。
一体これのどこが、「今大丈夫」で「問題ない」と言うのでしょう?
安全な結界の中から、レグロさんが熱烈に腕を振り上げて応援します。
「すごいよな、エーリクの奴。たとえ姿は見えなくても、愛しいアリサちゃんの前で流血沙汰は避けたいんだとよ。男の中の男だよなっ!」
「そうお? 恋人バカも大概にしてほしいんだけど、あたしは。マリアはどう思う?」
苦笑いのブランカさんから水を向けられて、わたくしは慌ててオドオドした表情を作ります。
「えっと、わたくし、ですか? そう、ですね……。とても熱意があられて、素敵だなと思いますけれど……っ」
そう言ってはにかめば、ブランカさんがくすりと笑いました。
「そっかそっか、あたしはもういい年だから、若いなぁとか冷めた目で見ちゃうんだけど。マリアぐらいの歳なら、そりゃあ憧れるわよね」
いい年だなんて謙遜されますが、ブランカさんはまだ二十四歳。素敵なプロポーションの、頼りになるお姉様なのです。
けれどいくらブランカさんのお言葉でも、「マリアぐらいの歳なら、そりゃあ憧れるわよね」というご意見には、断じて同意できかねます。
(――誰があんな、無愛想幼馴染バカ炸裂男に憧れますかっ!)
法杖を握る手にピシッと力が入ります。
そもそもわたくしは、世界を救うためのこの旅に、恋愛方面では何も期待しておりません。ええ全くしておりませんとも。
それでも年頃の乙女として、そこはかとなく思うところはあるじゃないですか?
王城の書庫には膨大な蔵書があって、わたくしは法術の修行の息抜きに、たくさんの物語を読みました。恋物語に冒険物語、人情物語……。
どれもとても素晴らしく、けれどわたくしが何より注目したのは、ストーリーよりも登場キャラクターの性質でした。
(たとえば故郷を滅ぼされ、復讐を誓っていたり。はたまた大切な恋人を亡くして、影を背負いつつも生きることを決めていたり……!)
そう。
わたくしが好きなのは、暗い過去を持った訳ありなキャラクター。
願わくばその傷を癒やすヒロインになりたいと、常々思って生きてきました。
(まあ、そこまで本気で願っていたわけじゃありませんが)
現実と物語は違うことぐらい、箱入りの姫であるわたくしにだってちゃんとわかっておりますので。
「そうか、うん。昼はオムライスだったか。ケチャップで何と書いたんだ?」
そこの恋愛バカ勇者。
ダンジョンで何の話をしてやがりますか。
「そうか、シンちゃんの絵を……」
「え~っ! アリアリ、オレが帰ったらまた作ってくれよなっ!」
「こらシンちゃんっ! 戦闘の最中に竜に戻るんじゃない!」
「…………」
やかましいことこの上なしです。
わたくしは呆れはて、マップを覗いて順路を確認します。最短距離で突き進めば、日が暮れる前に近くの町へ戻れるかもしれませんね。
「おっ、終わったっぽいぜマリア。結界を解いてくれるか?」
レグロさんから声を掛けられ、わたくしは急いで結界を解除しました。
結局エーリク様とシンちゃんさんは全く休憩できていないわけですが、二人はむしろつやつや幸せそうなお顔をしております。ケッ。
(改めて、決めました。この旅に恋愛方面の期待は一切抱かない、と……!)
だって一人は猪突猛進幼馴染バカ。
そしてもう一人(レグロさん)に至っては、暗い過去どころか裏表すらない、朗らか一直線の筋肉マニア。お友達としてはいいと思いますが。本当ですが。
「マリア、結界をありがとう」
「ふふ、どういたしまして。エーリク様」
ぽっと頬を染めて微笑み返し(ちなみに内心では舌を出しております)、わたくしたちは再びダンジョンの奥へと足を踏み出します。
恋愛方面に期待できないのなら、わたくしがこの旅でなすべきことは二つだけ。
一つは、この世界を魔族の手から守り抜くこと。
そしてもう一つは、わたくしの名を後世の書物に遺すこと――!
(うふふふふ、歴史書にはこう語られることでしょう。脳筋勇者エーリクを献身的に支え、世界を救う鍵となったのは他ならぬ王女マリアであった、と)
王女マリアの存在なくして、今日の平和は勝ち取られなかったであろう、と。
幼いころのわたくしと同じように、子どもたちが歴史書を読んで胸を熱くしてくれたなら、こんなに嬉しいことはありません。
「うふふ、うへへへ、うひひひひっ!」
「なあ、なんかマリアが三段活用みたいに笑ってるけど」
「しッ、そっとしといてあげなさいよレグロ。きっとエーリクからねぎらわれて嬉しいのよ」
断じて違いますけど?




