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10.私の役目は続くみたい

「アリサちゃん、今すぐ村長さんの家に行ってちょうだい! 首都から王様の使者が訪ねてきたそうなの!」


 ある日の夕刻。

 エーリクのお母さんが珍しく血相を変え、我が家に飛び込んできた。

 夕食の仕度を手伝っていた私は、驚いて野菜を洗う手を止めた。私のお母さんも不思議そうに目をしばたたかせる。


「王様の、使者さん? それって一体、うちのアリサちゃんにどんな関係が」


「エーリクからの手紙を預かっているそうなの! 私も付き添うから、さあ早く!」


 おばさんに急かされるまま、エプロン姿のまま慌てて三人で家を出た。


 エーリクが旅立っておよそ一月。

 きっと活躍しているに違いないが、こんな辺境の田舎町には噂話なんてとんと流れてこなかった。冒険に出て初めてエーリクたちの近況が聞けると知り、私の心は浮き立った。


 エーリクのお母さんと競争するように全速力で走り、ノックの返事も待たずに村長宅のドアを開け放つ。


「はあはあ、こんにちは、村長、さんっ! エーリク、からの、手紙って!」


「こ、これアリサ……!」


 おじいちゃん村長さんが、おろおろしながら私を叱った。

 背後を気にする様子に、私は額の汗をぬぐってそちらに目をやる。


「ふふふ。彼女が噂のエーリク様の幼馴染、ですか」


 ローブ姿の男の人が、椅子から立ち上がって歩み寄ってきた。

 ほっそりした体格に、女性のように綺麗な顔立ち。フードからこぼれ落ちる髪は輝くばかりの金色で、口元には優しく微笑を浮かべている。


(……あれ? この人……)


「はじめまして、アリサさん。僕は宮廷魔術師のコリーと申します。どうぞ、以後お見知りおきを」


 彼は手にしていた杖を掲げると、優雅にお辞儀した。……え?


 茫然と突っ立って返事もしない私に、村長さんがまたも慌てふためく。


「こりゃアリサ、お前もきちんとご挨拶せんかっ」


「ほらほらアリサちゃん、深呼吸してごらんなさい? はい、こんにちはぁ~」


 お母さんからうながされるまま、私はうわの空で頭を下げた。アリサです、と小さな声で自己紹介しながらも、頭の中ではぐるぐると思考が駆け巡っていた。


(宮廷魔術師の、コリー……?)


 ぞわり、と全身に鳥肌が立つ。

 それはまさに、この物語の黒幕の名前だった。


 宮廷魔術師コリー。

 この国の国王であるサイモン陛下が最も信頼する側近で、古代魔術の使い手でもある。

 ゲームでは初登場したときからエーリクたち勇者一行に好意的で、たびたび有益な助言を与えてくれる。当然マリア姫からの信頼も厚く、マリアは彼を兄のように慕っていた。


 しかし、その正体は――


(魔王の腹心である、宰相ヴァール……!)


 正確には魔術師コリー自体は人間なのだが、彼の精神だけがヴァールによって乗っ取られているのだ。


 私は自己紹介したきり、恐ろしくて顔が上げられなくなった。

 指先が冷え、カタカタと震える。


(ダメ、何も気づいてない振りをしなきゃ……!)


 そうでなければ、私だけでなくお母さんもおばさんも、村長までも危険にさらすことになる。今ここにエーリクはいないのだから、私がみんなを守らなきゃ。


 必死で自分に言い聞かせ、私は意を決して顔を上げた。

 探るように目を細め、こちらを注視する魔術師にニコッと笑いかける。


「ごめんなさい、走ったせいで息が上がっちゃったみたいです。……それで、エーリクからの手紙って?」


 魔術師は柔和な顔で微笑むと、「そうそう、手紙でしたね」とローブの懐に手をやった。


「どうぞ、お受け取りください」


「ありがとうございますっ!」


 私はドキドキしながら封筒を受け取った。とにかく、まずはこちらに集中しよう。エーリクのことだけを考えていれば、きっといつも通りの私でいられるはずだ。


 全員の視線を感じながら、深呼吸して手紙を開く。

 手紙は、アリサへ、というシンプルな書き出しで始まっていた。



『時間は気にせずいつでも。毎日でも』



「…………」


 ん?


 たった一行だけ? これで終わり?

 しかも内容意味不明だし、どゆこと??


 目を丸くする私の横から、お母さんとおばさんも手紙を覗き込む。

 ややあって、二人はまったく同じ角度に首をひねった。


「あらあら、暗号文かしらぁ?」


「なるほど。二人だけに通じる愛の言葉、というわけね。ふふ、我が息子ながらなかなかやるわ」


「はああッ!? おば、おばさん何言ってるんですか! 私とエーリクは単なる幼馴染でっ」


「ふぉふぉふぉ、青い春じゃのぉ~」


 真っ赤になる私を、大人たちがはやし立てる。くっ、何気に村長まで参加してるし~!


 わあわあ言い合う私たちを見て、魔術師がくすりと笑った。

 探るような嫌な視線が消えて、私は内心ほっとする。……悔しいけど、これはおばさんたちに感謝、かも。


「預かっているものは、実はもう一つあるのです。さあ、お受け取りください」


「……これは?」


 金色に輝く、大きな鳥の羽だった。

 なめらかな手触りでとても美しく、私は思わずほうっと感嘆の息を漏らす。


「こちらは古代魔術の遺物――現代技術では再現不可能の、特殊な魔術道具の一種です」


「――古代魔術の遺物!?」


 わわわ、それって原作ゲームに何度も登場してきたヤツ!

 大抵はもう壊れていて使えないのだけれど、いくつかゲーム終盤で大活躍するものもある。手作り攻略本にもしっかり書いておいたから、エーリクもきっとチェックしてくれているはずだ。


「もしかして、すっごく貴重なんじゃないですか?」


 わくわくしながら尋ねると、「もちろん」と魔術師が笑みを深くした。


「国の宝物庫に保管されていたものです。けれどエーリク様たっての願いで、サイモン陛下があなた方に貸し出すことをご了承されたのですよ」


「えええっ?」


 国王陛下が、直々に!?


 たらりと背中を冷や汗が伝い、村長におばさん、それから私のお母さんも顔を引きつらせる。

 恐る恐る手の中の羽を返そうとしたら、魔術師は静かに首を横に振った。


「どうぞお使いください。どれだけ遠く離れた場所にいても、(つい)の羽根を持った相手と会話をすることのできる稀有な魔術道具です。魔力がなくとも発動しますから、アリサさんにも使えますよ」


「で、でも」


「エーリク様はね、あなたと話せたなら自分はもっとがんばれる、と陛下におっしゃったのですよ。あなたの言葉はいつだって、自分に勇気と活力を与えてくれるのだと」


(……エーリク……)


 胸がいっぱいになって、私はにじんだ涙をぬぐう。

 金色の羽を抱き締めて、私は魔術師に向かって大きくて頷いた。


「わかりました。ありがたく、使わせていただきます」


「よかった。それで、使用方法なのですが――」


 魔術師の説明に耳を傾けながら、私は誓いを新たにする。


(待っててね、エーリク――!)


 エーリクの期待に応えたい。


 攻略本だけじゃ不安だから、直接私から冒険のヒントを聞きたいってことだよね?

 任せて、エーリク。ここシールズ村から、私はあなたの旅のご意見番になってみせるから!!

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