8 総理が来た
あれから、大規模な土砂災害の発生した現場に到着した私は、土砂に巻き込まれた人の救助や治療、土砂やがれきの撤去と、あちこち手伝って回った。私の登場に最初は自衛隊の人たちも混乱したけど、出来ることを伝えて実際に目の前でやって見せると、案外すんなり受け入れて貰えた。
その柔軟さに私の方が驚いたけど、異星人でも関係なく、使えるものは全部使って助けるって意思が伝わってきてとてもカッコよかった。
その後は引っ張りだこで、現場を文字通り飛び回っていたら気が付けば三日経っていた。
大変だったけど、やっぱり頼って貰えると嬉しいね。ワガママでも手伝いに来て良かったって思える。
そんな感じで、今日も土砂の撤去頑張るぞと意気込んでいたら、基地にいたはずの山本さんに呼ばれた。
「手伝って貰っているところ、呼び止めてすまないね」
「いえ、大丈夫ですよ。 ……その、怒ったりしないんですか?」
一方的に言って勝手に基地を飛び出してしまったので、流石に申し訳なく思っている。
正直、時間が経つごとに「思い切ったことをしてしまった」と内心びくびくしていた。もちろん、私がやりたくてやったことだから後悔はしていない。けど、それはそうと不安だったのだ。
顔色を伺うような私の小さな声に、山本さんは一度目を瞬かせてから表情を和らげた。
「怒られるようなことをしたのかい?」
「………いいえ、していない、と思います」
「ここに来て、誰かに怒られたかい?」
「……いいえ。皆さん、ありがとう、と。 助かった、と言ってくれました」
「それじゃあ、自分のしたことを後悔してるのかい?」
「してません」
「なら君は間違ったことをしていないよ。もっと胸を張りなさい」
優しい顔でそう言った山本さんを見上げる。やっぱりどことなくお父さんに似ていると思った。
そのまま山本さんに連れられて、自衛隊の設置した指揮所を兼ねたテントの前に来た。テントの前に立っていた人に何かを報告して、山本さんはこちらを振り返る。
「実はね、君に会いたいという人が来てるんだ」
「…? 先日、基地で言っていた政府の関係者の方でしょうか?」
「あー、うん、まぁ間違ってはいないかな」
顎をさすりながら視線を逸らした山本さんに何か嫌な予感を覚える。視線で続きを促す私に山本さんは静かに告げた。
「この国の総理大臣、えーと、国を運営する一番偉い人が君に会いたいと言っているんだ」
「……」
ソウリダイジン? え、え? 総理大臣ってあの総理?
何で一般人の私に? あ、いや今の私は異星人だった。ダメだ混乱してる。
目をぐるぐるとさせ始めた私に苦笑しつつも、山本さんは混乱したままの私を連れてテントに入った。
中には黒いスーツに身を固めたSPっぽい人に挟まれて立つ、グレーヘアの初老の男性が笑顔で立っていた。この人が総理…。
「初めまして宇宙からのご客人。私はこの国の総理大臣をしております鶴木です。…まずは我が国で起きた痛ましい災害の救助に手を貸してくれたこと、心より感謝します」
「い、いえ、困っている方を助けるのは、その、当然のことですので」
しどろもどろになりながらも何とか言葉を返す。
緊張で自分が何を言っているかもよく分からない。というか頭を上げて欲しい、私の胃が死んじゃう!
「ありがとうございます。貴方は優しい方なのですね。 ……それにしても、聞いていた通り随分と日本語がお上手だ」
「あっ」
や、山本さんっ!?
慌てて一歩後ろに気配を消すように立つ山本さんを見る。全力で顔を逸らしており、表情すら見えない。誤魔化されてくれたんじゃなかったのっ?!
「ほ、翻訳魔法です」
「ほう、魔法ですか。素晴らしい技術ですね。実に興味深い」
「ま、魔法です。本当です」
「……総理、あまり苛めないであげてください。彼女、目を回しそうですよ」
そこから先はあまり覚えていない。
握手をして、後日、正式に私の存在を公表したいとか何とか言っていた気がする。あとはゆっくり話がしたいとか言ってたかも。
総理は気が付いたら居なくなっていた。災害現場の視察をするついでに、ちょっと挨拶に来ただけだったらしい。
「大丈夫ですか?」
「……ダメです」
「ははは…」
裏切ったね、山本さん。そんな笑いで私は誤魔化されないよ。
じっとりとした視線を向けるとまた顔を逸らされた。いや、相手は異星人なんだから自国のためにしっかり見極めて報告するのは重要なことだけど。そうなんだけど!
「お手伝いしてきます…」
私は翼を広げてよろよろとテントの前から飛び去った。
手を動かして気を紛らわせよう…。
その日の夕方、正式に会談の場を設けたいと連絡があって、数日後に総理大臣含めた関係者数名と東京で話し合いをすることになった。
お夕飯を食べ終わった後に伝えてくれたのは、せめてもの慈悲だったのだろうか…。