6 天使 in 取調室?
無事に地球へ渡ることが出来た私だけど、今は取調室みたいな部屋にいる。
東京の上空に巨大な魔法具とともに転移してしまった私は、状況が飲み込めずしばらく空の上で立ち尽くしていたが、迫ってくる戦闘機の音で我に返った。
攻撃されたらまずいと思い、慌ててパイプオルガン型の魔法具に触れて”収納”の魔法がかけられた大きなペンダントの中にしまった。私自身も近くのビルの屋上に隠れたけど、どうやらバレバレだったらしい。
その後、すぐに自衛隊のヘリコプターが飛んできて色んな言語で話しかけられた。内容としては「話がしたい、場所をかえよう」といった感じだ。
身振り手振りで了承の意思を伝えたところ、先導するように移動を始めたので、慌てて飛んでついていった。
そして現在、到着した自衛隊の基地?の一室で、一人のおじさんと対面している。窓は少なく、明かりも少し薄暗いので雰囲気は完全に刑事ドラマで見る取調室だ。かつ丼と卓上スタンドはないけど。
それはそうと、こういう場面で何を話せばいいのか分からない。
エムニアで魔神討伐の旅をしていた時は、交渉事は全部勇者エレクに任せて、私は無言で微笑んで壁の花になっていた。なので、対人コミュニケーション能力はポーカーフェイスが出来るようになったことくらいしかない。
「……あー、その……」
対面に座る迷彩服のおじさんも何を話せばいいのか分からないのだろう。さっきから「あー」とか「その」しか言わないので、私も曖昧な微笑みを返すだけの空間になっている。
助けてエレク!こういう時何を言えばいいの!
瞬間、私の脳内にいつかの光景が浮かんだ。
『いいかい? 初対面の相手には、まず自己紹介だよ。 どんな相手でもまずは自分から名乗り歩み寄れば、きっと相手は応えてくれるはずさ』
ありがとうエレク!当時は聞き流してごめんなさい!
私は遠くエムニアでのんびり暮らしているはずの勇者に感謝を捧げた。
自己紹介なら私でも出来る。だてに何度も祝勝パレードやパーティに参加していたわけじゃない。
私は椅子から下りて背筋を伸ばし、胸に手を当てる。翼も畳むのも忘れない。
「初めまして、エムニア星から参りました天使族のティアラ・エルディアと申します。どうぞ、よろしくお願いしますね」
最後に、にこりと微笑みを添えばさりと翼を広げる。
どうだ! 見た目だけは完璧と褒められた私のテンプレート挨拶(地球ver)は!
忘れないように短い文言、最低限必要な情報、ダメ押しの微笑み。ほとんどの場面はこれで乗り切れた実績がある。
ちなみに、エルディアは天使族の里の名前だ。エムニアでは、対外的に名乗るときは出身地を名前の後ろにつけることが多い。
翼を畳みつつ対面を確認すると、おじさんは目を見開いて惚けていた。
効果は抜群のようだ。
「……日本語、上手だね」
…ん?
「私は日本の自衛隊、宇宙作戦隊の第三部隊長、山本です。 ……いやはや、日本語で会話出来そうで安心したよ。どうにも語学は苦手なもので」
そういって快活に山本さんは笑って見せたが、私はそれどころではない。
日本語? 私、日本語で話してた? エムニア星から来たとか言っておいて? 地球を初めて訪れた異星人が、その星の言葉を流暢に話すのは流石におかしいのでは??
…よし誤魔化そう。
「翻訳魔法です」
「え?魔法?」
「翻訳魔法です」
「いやでも、口元の動きも…」
「翻訳、魔法です」
「そ、そうか」
ゴリ押せた。
いや違う、誤魔化せた。
実際、翻訳魔法なんて便利なものはエムニアに存在しないので、帰ったらマーロィに相談しよう…。
あまり追及されるとボロが出そうなので、私はコホンと咳払いをしてから先を促した。
「それで、話がしたいと仰っていましたが。何をお聞きになりたいのでしょうか?」
「あー、そのティアラさんと呼んでも?」
「はい、ティアラでかまいませんよ」
微笑みながら返すと、山本さんは姿勢を正した。
部屋の隅に控えていたもう一人の男性に視線を送り、一つ頷いて話し出す。
あの人、何だか書記っぽい。ますます取り調べっぽくなってきた。
「ではティアラ、先ほど君はエムニア星から来たと言っていたが、君は宇宙人なのかい?」
「はい。別の星の住人である私は、この星に暮らす人からみたら宇宙人と呼んで差し支えない存在だと思います」
私が宇宙人であると認めると、山本さんと書記っぽい人が一瞬固まる。部屋の外からもどよめきが聞こえた。やっぱり取り調べ室みたいにどこからかモニタリングされているのかな? それともマジックミラーとか?
私が努めて気にしないようにしていると、復活した山本さんが顎をさすりながら苦笑した。
「いや、恐らくそうだろうとは思っていたのだがね。改めて本人の口から聞くと衝撃が違う。 気を悪くしたら申し訳ないが、宇宙人と聞くと、どうしても恐ろしい怪物のような姿をイメージしてしまってね。 ……まさか人類が初めて遭遇する宇宙人が娘とそう変わらない年の少女とは……まったく、事実は小説より奇なり、だね」
後半は思わず漏れてしまった独り言のようだったけど、うん、分かるよ。
宇宙人っていうとタコとスライムが合わさったような見た目とか想像するよね。後は肌が緑色で手足がひょろ長いとか。それにしても、山本さんは既婚者で娘さんがいるんだね。私と同い年くらいっていうと娘さん高校生か大学生かな?
「やはりUFO、宇宙船に乗って地球に来たのかい? 報告では何か大きな飛行物体の目撃もあったらしいが」
「いいえ、”世界を渡る魔法”を使って直接エムニアからこちらの星へ来ました」
「魔法、魔法か。 …試しに今、何か魔法を使ってもらうことは出来るかい?」
「いいですよ」
私はそういって簡単な魔法を使い、手のひらに光球を浮かべる。 これくらいの”自由詩”の魔法なら、言葉で補強しなくてもイメージだけで発現出来る。
「おぉっ! これが魔法か! 触ってもいいかい?!」
「え、えぇ、大丈夫ですよ。ただの明かりの魔法ですから」
大の大人が興奮気味にずいと顔を寄せてきたので、思わず少し引いてしまった。 まぁ、初めて魔法を見たらそうなるよね。私も最初の頃は夢中になって練習したよ。
さり気なく書記の人まで触りにきてひとしきり騒いだ後、我に返ったのか二人は気まずそうに席に座った。
「そ、そうだ。肝心なことを聞き忘れていたよ」
「はい、何でしょう?」
「ティアラはどうして地球に来たんだい? 観光とか?」
気恥ずかしさで視線を逸らしながら尋ねてきた山本さんに、私も別の意味で視線を逸らした。
「そう、ですね。 観光も、目的の一つです」
「他にも目的が?」
「えっと…」
目的と問われた私は、特に何も考えていなかったことに気が付いた。
地球に渡れる。この数年はそのことで頭がいっぱいで、その後どうしたいなんて考えていなかった。 最初はアニメがもう一度見たくて、ただそれだけのために魔神の討伐までしたけど。 私がやりたいことは本当にそれだけだろうか?
アニメも見たい、漫画も読みたい、ゲームもしたい。それは本心だ。
だけど、それだけじゃない気がする。私は私が好きなモノをエムニアに暮らすお父さんやお母さん、一緒に旅をした仲間たちと共有したい。一緒に遊びたい。
そのためにはどうすればいい? どうしたら皆と共有できる?
私が俯いて考え込んでしまったのに気が付いたのか、山本さんは優しい声で語りかけてくれた。
「私はね、君の使う魔法に興味があるよ」
「え?」
「魔法だけではなくて、エムニア星にも興味がある。もっと言えば地球とは違う文明に興味がある」
「文明?」
「そう文明だよ。地球の文明は科学の力で発展してきた。それとは全く異なる原理の魔法で発展した文明を持つ星。そんな二つが交流出来たら、きっと沢山の人を助けられるし、幸せに出来ると思うんだ」
「交流……」
そっか、交流。
魔法文明の発展した世界、エムニア。
科学文明の発展した世界、地球。
そんな二つの星で交流出来れば、きっと今より沢山の楽しいことが出来る。それはこれから平和な時代がやってくるエムニアにとっても、悪いことじゃないはずだ。
そうだよ、交流を続ければいつかエムニア星でアニメが放送される日が来るかもしれない。魔法のあるエムニアでオリジナルアニメが作られるかも知れない。それはきっと、今まで見たどんなアニメよりも、私の予想を裏切ってくれるに違いない。何せ魔法があるんだから。魔法は夢を現実にするものだから。
私はそんな未来が見てみたいと思った。ただの妄想かも知れないけど、オタクは妄想が逞しいんだ。
「そうですっ! 私は地球と交流するために来ましたっ!」
私は元気よくそう言った。それを聞いた山本さんは、私のお父さんみたいな穏やかで優しい表情をしていた。
私は、私のやりたいことをやろう!
~~~
「あの、実は一つお願いがありまして」
「どうしたんだい?」
話が一段落ついて、部屋から出ていく山本さんを私は呼び止めた。
「食事を、分けて頂くことは出来ませんか? …実はお昼から何も食べていなくて。魔法を使うとすごくお腹が減るんです。 それから、その、お金も持ち合わせがないので、食器洗いとかお掃除とか、お手伝い出来ることがあれば何でもしますので!」
山本さんは「ふむ」と一言漏らし、顎をさすった。
さ、流石にただ飯のおねだりはまずかったかな…?
「……すっかり話し込んでしまったからね。大丈夫、こちらで用意しよう」
「ありがとうございますっ! このお礼は必ず!」
やっぱり山本さんはいい人だ。
山本さんの娘さんは中学生三年生です。