4 呼び声
前世の妹視点。
少し残酷な描写があります。ご注意を。
毎年この時期になると、私は決まって亡くなった兄の夢を見る。
兄が亡くなったのは18年前、私が小学生の頃だ。
その日は夏の暑い日で、久しぶりに兄が実家に帰ってくる日だった。丁度お盆休みだったため、いつもは理髪店の経営で忙しい父もお店を閉めていたので、久しぶりに家族みんなでゆっくり出来ると楽しみにしていたのを覚えている。
春から大学生になった兄は、勉強とバイトで忙しかったのか、この数か月一度も実家に帰ってこなかった。10も年が離れていた兄は厳しい父と違い、私にとってどんなに甘えてもワガママを言っても許してくれる相手で、よく遊び相手にもなってくれた。私はそんな優しい兄が大好きだった。
当時の私にとって、そんな兄に会えない数か月は辛く寂しい日々だった。
兄から明日帰ると聞いていた私は、朝からスマホのメッセージアプリを開いてずっと兄からのメッセージを心待ちにしていた。
「あっ! 来たコウ兄さんからだっ!」
兄から「迎えに来てほしい」とメッセージが届いてすぐ、私は両親を急かして車に乗り込んだ。
ワクワクとこれからの夏休みの予定を考えていると、駅までの数十分の移動はあっという間だった。
駅につくと、一本奥の道に入り公園に向かう。
小さな駅なので、備え付けの駐車場はいつもいっぱいなのだ。
暑い中、公園でひーひー言って待っている兄の姿を想像していた私を待ち受けていたのは、セミの泣き声を打ち消すほど大きなサイレンの音だった。
つい先ほど交通事故があったらしく、道路にはまだ生々しい血の跡が残っていた。あまりジロジロ見るのは良くないと幼心に思いつつ、つい好奇心で血の跡をたどるとそこには血濡れの人が倒れていた。
兄だった。
私と両親はすぐ車を止めて、兄を乗せたストレッチャーを追いかけた。全身を赤く染めた兄は意識がなく、ぐったりしていた。最悪の想像をした私は半狂乱になりながら、兄に縋りついた。
「………み…つき?」
声が聞こえた気がして顔を上げると、兄は薄っすらと目を開けていた。
「死んじゃやだよっ! コウ兄さん!!」
救急隊の人が騒がしく何かを言っていたが、私は構わず兄に縋りついて泣いていた。
視線を巡らせていた兄は何かを見つけたのか、薄っすらと微笑むと小さく口を震わせた。
声は聞こえなかったけど、兄は確かに「ごめんね、ありがとう」と言った。
それから一度私の髪をあやすように撫でて、それきり兄は動かなかった。
兄は、最期まで優しい兄だった。
目が覚める。
あの夢を見た後は決まって、ひどい汗をかいていた。
私はシャワーを浴びながら、一人呟く。
「……大丈夫、忘れてないよ。コウ兄さん」
今日は兄の命日だ。
兄の命日は、実家に帰って家族で食事をすることにしていた。
誰が言い出したわけでもないが、気が付けばそうしていて、今も続けている。
私は実家に帰る電車に揺られ、窓から見えるどんよりとした今にも雨が降り出しそうな雲を眺めながら考え事をする。
後で聞いた話だけど、兄は私と同い年くらいの女の子を庇ってバスに轢かれたらしい。それを聞いた当時の私は両親が止めるのも聞かず、その女の子を必死で探して回った。お前のせいで兄は死んだんだ。そう怒鳴りつけてやりたかったんだ。
そんなこときっと優しい兄は望まないと気が付いたのは、それから数年後。中学生になった頃だった。その頃の私は、兄の面影を追うように見始めたアニメに熱中した。
兄の好きだったものだから、という理由もあったけど、それ以上にアニメは私の沈んだ心を癒してくれた。大人になった今もそれは変わらず、気が付けばサブカルチャー中心の記事を書くwebライターを仕事にしていた。
夢から連想して、取り留めのないことを考えていた私を眠気が襲ってきた。
この時期はどうしても寝不足になる。
私はスマホでタイマーを設定してから、眠気に逆らわず意識を手放した。
また夢を見ている、と気が付いたのは私が18年前の姿になっていたからだ。
兄には申し訳ないが、流石に連続は勘弁して欲しい。
そんな風に溜息をついたが、一向に風景は変わらなかった。
白い霧の立ち込める空間に一人立っているだけだった。
珍しいこともあるものだと思っていると、遠くから鈴の鳴るような音が聞こえた。
鈴の音は一定の間隔で聞こえており、だんだんと大きくなる。
「鈴の音が聞こえる夢って、確か吉兆の前触れとかじゃなかったかな…」
そんなコラムを読んだことがある気がする。少し身構えながら、音を聞いていると霧の中に人影が浮かんだ。どこか見覚えのある背格好だ。私が記憶を遡っていると、溶けるようにその人影は姿を変えた。
「天使……?」
今度の人影は現実の私より少し背が低い、高校生くらいの線の細い少女に見えた。霧越しでも分かるキラキラと煌めく綺麗な金髪を腰まで伸ばしており、どこか神々しさを感じる。
その霧の向こうの人影は、頭上に輝く輪こそ浮かんでいないものの、私には天使のように思えた。
彼女は祈るような恰好で何かを伝えるように、じっとこちらを見ていた。
不意にどこからか風が吹いて、霧が晴れていく。シルエットの少女の長い髪が風に吹かれてふわりと舞った。
その一瞬、私は金色の髪と瞳の天使が微笑んでいる姿を見たような気がした。
「んぁっ」
次の瞬間、肩に感じた衝撃で私は夢から覚めた。
せっかくアニメでしかお目にかかれない、可愛い天使が出てきたところだったのに…。
はっきり見えなかったけど、あれは絶対美少女だった。私の中のオタクがそう言っている。
私の眠りを妨げた不埒者は誰だ、と左右を確認しようとして気づく。
電車の中が騒がしい。
見れば乗客は揃って窓の外、上空を見上げていた。中には惚けて口を開いたままの人もいる。
何事かと私も身体を捩って窓の外を見上げた。
私はそこに、夢に出てきた天使を見た。
先ほどまで空を覆っていた雨雲は姿を消し、代わりに金色の光に包まれた翼のある人影と、謎のパイプオルガンのような巨大な物体が宙に浮いていた。降り注ぐ陽光の中に佇むその姿は、今まさに天使が降臨したところだと言われれば信じてしまいそうだ。
宗教絵画の世界をそのまま現実にしたような光景に、私も周囲の人同様に写真を撮る。そのままメッセージアプリを開き、今もまだ残してある兄との会話画面を開いて、撮ったばかりの写真を送った。
兄の命日に見た夢。
そこで聞こえた鈴の音に、現実に現れた天使。
ねぇコウ兄さん、私なんだか良いことが起こりそうな予感がするよ。