36 Side:地球 天使グッズを望む声
試しに挿絵(ドット絵)を入れてみました。
挿絵が苦手な方は設定から非表示にしていただければ幸いです。
ティアラがエムニアで交渉(練習)をしていた頃。
日本の特殊案件対策室の面々は頭を抱えていた。
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「はぁぁぁ…」
ディスプレイを前に私は思わず、何度目か分からない特大の溜息をつく。
そこに映し出されているのは、特殊案件対策室の広報用に作られたSNSに寄せられたメッセージの数々。
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ティアラちゃんの記者会見でぬいぐるみを見かけました。
とても可愛いくて、気になっています。
一般販売の予定はありますか?
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あんな可愛いグッズを独占するなんて許せない。
政府はすみやかに天使ティアラちゃんグッズを販売すべき。
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ティアラおねえちゃんのぬいぐるみはどこでかえますか?
「伊達室長、それどうするんですか?」
「どうしましょうかね…」
溜息を聞きつけて心配してくれた対策室のメンバーが私のデスクにきたが、ついおざなりな返事をしてしまった。
ここ数日、ずっとこんな調子だ。
いや、本当にどうしようか。
ことの始まりは、とあるSNSの一つの投稿からだった。
一月ほど前、最初にティアラさんが来日したときの会見映像はニュースでも報道され大きな話題になった。
ティアラさんに注目が集まるのはもちろんのことだったが、その影響は魔法具の実演役として映り込んでいた私にまで及んだ。
最初は取材の依頼やら何やらで私の周辺も騒がしくなったものだが、さすがに一か月もすれば落ち着いてきた。
このまま鎮静化していくものと思っていたが…
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みっつー@mittsu_33
# 天使ティアラ
ティアラちゃんのデフォルメぬいぐるみっぽい?
ずるい、私も欲しい
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この画像が投稿されると、再燃した。
というより、以前よりも激しくなった。
炎上した、という表現の方が正しいかもしれない。
芸能人が炎上するニュースはよく目にしていて「大変そうだ」などと思っていたが、まさか自分が炎上することになるとは夢にも思わなかった。
幸いにも自宅まで押しかけられることはなく、妻や娘に実害がないことが救いだろうか。
とはいえ、精神的に疲労はなかなかのものだった。
一時は、いっそティアラさんに泣きついてやろうか、と思ったほどだ。
炎上した芸能人はこれを乗り越えたのかと思うと、尊敬の念を抱かずにはいられない。
ともかくここまで話題になると、何かしらの対策を講じなくてはならないが、肝心のティアラさんは今は地球にいない。
まさか彼女のグッズを販売するのに、本人の許可なしで行うわけにもいかない。
彼女がエムニア星にいる間は連絡がとれないことが痛手だ。
いずれは何とかしたいところだが、それもティアラさんに相談しなければ始まらない。
「室長、そろそろお時間ではありませんか?」
「…もうそんな時間ですか」
時計を見ると、そろそろ鶴木総理に定期報告の時間だ。
わざわざ対面で行う必要もない気がするが、「お互い息抜きになるでしょう?」とは鶴木総理の言だ。
いや、私は総理大臣と対面して息抜き出来るほど肝は太くないのだが…。
ノートパソコンの画面を閉じ、バックにしまう。
嘆いていても始まらない。
いっそ、鶴木総理にでも相談してみようか。
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総理官邸の一室。
私の報告を聞き終え、ひとしきり頷いた鶴木総理がこちらをジッと見る。
「ずいぶんとお疲れですね。何か悩みでもおありで?」
「えぇ、まぁ…」
普段のらりくらりと掴みどころのない方だが、やはり人をよく見ている。
せっかくだ、経験豊富な総理に相談してみるのもいいだろう。
私は先日のSNSの投稿から炎上に至るまで、順を追って説明した。
「ティアラさんのグッズ販売を望む声が多くありまして……何かしら声明は出さないといけないのですが」
「あぁ、その件ですか。 聞いていますよ、ネットでは少し騒ぎになっているとか。 ティアラ嬢が歓迎されていることの証拠でもありますから、悪いことばかりではないと思いますがねぇ。とはいえ当事者の君は大変でしょう」
それは確かにそうだ。
世論が「歓迎」と「反対」で真っ二つに割れているアメリカに比べて、日本はおおむね好意的な意見が多く、歓迎ムードだ。
好意的過ぎて、すでに熱心なファンがいるのも日本らしいといえるだろう。
それに巻き込まれる身としてはたまったものでないが。
「えぇ、まさかティアラさん本人が居ないところでグッズについて話を進めるわけにもいかず、どうしたものかと」
「そうですねぇ、無難なのは『検討中』と公表することでしょうか」
「それでは火に油を注ぐことになるのではないでしょうか」
「そうなるでしょうねぇ」
鶴木総理はカラカラと笑う。
勘弁して欲しい。
今だって胃薬が手放せないのだ。これ以上となると、ティアラさんに治療を頼みたいくらいだ。
「まぁ、冗談はともかく。今回の場合、正直にティアラ嬢が不在のため後日相談するとしておくのが良いでしょうね」
「やはり、そうなりますか」
そうなるとティアラさんが来るまであと数日、長ければ一週間はこの胃痛と戦わなければならないのか…。
仕方がない、腹をくくろう。
私が密かに決意を固めていると、「そういえば」と鶴木総理が指を立てた。
「ティアラ嬢ですが……もしかしたら彼女、エムニアではやんごとなき身分の方かもしれませんよ?」
急に告げられた爆弾的な予想に、私の胃がキリリと痛む。
聞かなかったことにしたいが、鶴木総理の予想はよく当たるのでスルーするのも恐ろしい。
「…それはまた、どうしてでしょうか」
「おや、てっきり君も予想していると思っていたのですが」
もったいぶるのはやめて欲しい。
私のそんな無言の圧力をさらりと受け流して、総理は続けた。
「彼女、初来日の記者会見でもそうでしたが……先日のスピーチでも、始まるまでは一目で分かるくらい緊張していたでしょう? ですが実際に皆の前に立って話始めると、実に堂々とした立ち振る舞いでした。 私も思わず見惚れてしまったほどですよ。 あれは人の前に、いえ人の上に立つ者の風格といえばいいのでしょうか。 少なくともそういった経験がなければ出来ないことです」
それに所作も綺麗でしたから、と付け加えた。
たしかに、私も緊張しているわりに場慣れしているとは感じていた。
ふと脳裏に翼を地面につけて土下座するティアラさんの姿が浮かぶ。
あれ? もしかしてアレはまずかったのでは?
連日の会議続きで寝不足になり判断力が低下していたとはいえ、やらかしてしまったかもしれない。
そう思うと、今度は背筋がぞくりと冷えた気がした。
鶴木総理はそんな私を見て、苦笑した。
「まぁ、私の直感が大部分の予想です。そんなに深刻に考えなくてもいいと思いますよ」
本当に、勘弁してほしい。
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数日後。
結局、グッズは生産・販売する方向で進めることを検討しつつ、次にティアラさんが来訪したときに相談することを公表した。
なんとも先送りな結論だが、彼女の同意を得ずに進めるわけにもいかない。
まぁ万が一、先走って進めてしまったとしても、ティアラさんなら笑って許してくれそうな気がするが。
人として、彼女の優しさに甘えるわけにもいかない。
次の彼女の来訪予定まで、あと一週間ほど。
私は栄養ドリンクを飲みながら、彼女が一日でも早く地球に来ることを願った。




