34 交渉をしよう
エレクから「会う約束を取り付けられたよ」と連絡をもらってから数日後。
私はマーロィとエレクの三人で、とある牧場に来ていた。
入り口には「マルモッケ魔石牧場」と書かれた看板が立っている。
商人さんが経営しているのは鉱山だったかな?と思ったけど、やっぱり牧場で正解だったみたい。
いや、魔石って書いてあるし鉱山…?
見た目はいたって普通の牧場のような、長閑な景色が広がっている。
柵で囲われた広大な敷地には、背丈の低いホシノコ草が風に吹かれて揺れていた。
ホシノコ草は、魔力が豊富で仄かに光る不思議な植物だ。
群生地にもなると、夜は天の川みたいにぼんやりと輝いて綺麗なんだよねぇ。
魔力の濃い場所には群生していることが多いから、魔神討伐の旅の途中でも何度か見たことがある。
まぁ、だいたいは魔物の住処だったんだけど。
ちなみにあんまり美味しくない。
旅を思い出しながら、ボーっと見ているとエレクに声を掛けられた。
「ティアラ、ここの牧場に来るのは初めてだっけ? 屋敷はこっちだよ」
「はい、初めてです! 何だかのんびりしていて、いい所ですね」
商人さんには会ったことあるけど、その商人さんが経営している牧場に来るのは初めてだ。
旅の間の交渉はエレクに任せっきりだったからね…
私?
エレクが交渉とか、お偉いさんと会議しているときは、宿でお留守番か教会で子供たちと遊んでたなぁ。
べ、べつにサボってたわけじゃないよ?
万能薬を作って届けるっていう大事なお仕事もあったし!
まだあれから一年も経っていないのに少し懐かしく感じるよ。
エレクの後に続いて、荷車を牽いて轍で出来たでこぼこな道を歩く。
少し進むと、牧草地の中に灰色の丸いシルエットの「メェ”~」と鳴く生き物を見つけた。
何だろう? 家畜化された魔獣かな?
「エレク、あれは?」
「ん? …あぁ、あれはジュエルメリーだね。 あの魔獣から刈った綿状の鉱石を加工すると魔石になるんだよ。 大人しい魔獣だから、外ではあまり見かけないね。 僕も牧場以外では見かけたことがないよ」
へぇー!
エムニアは旅の間にほとんど見て回ったと思っていたけど、知らないことが結構あるなぁ。
そういえば、旅で巡った場所って魔物がいるような危険地帯ばかりだったもんね。
「たしかに初めてみる魔獣です。 …あれ? 魔石って魔物を倒す以外でも手に入るんですか?」
「そうだね、ジュエルメリーの毛を加工する方法は魔石の採集方法としてはわりと一般的だと思うよ?」
「むしろ魔物から魔石が手に入ることのほうが、ほとんど知られてない」
え、そうなの?!
魔石って魔物からのドロップアイテム的なあれじゃなかったの?!
「一体で街が滅ぶくらいの強力な魔物を倒して、やっと魔石一つ手に入るかどうか。そんな危険なこと誰もしないし、効率が悪すぎる」
「た、たしかに」
そうだよね、街が滅ぶかどうかの魔物なんて、意思をもった自然災害みたいなものだもんね…
遭遇したら、ふつう逃げるよね。
…そういえば、転移の補助魔法具1号に使った”浮遊”の魔石も、旅の間に見たことないくらい大きな結晶だったから「どんな強大な魔物からドロップしたんだろう?」って不思議に思ってたけど…そっか、違ったのかぁ。
「…ねぇ、マーロィ。ちゃんと交渉の準備はしてきたんだよね?」
「交渉の”材料”の方は準備した、そっちは心配しないでいい。 …事前知識の方は迂闊だった、私のミス」
「いや、いいんだ。 なんとなくそんな予感はしていたからね」
眉を下げて苦笑するエレクに、額に手をあてて首をゆるゆると振るマーロィ。
うぅ、勉強不足ですみません…
~~~
「やぁ、エビンス殿はおられるかな? 事前に連絡していたエレクが訪ねてきた、と伝えてほしいのだけど」
「ようこそいらっしゃいました。勇者エレク様、聖女ティアラ様、賢者マーロィ様。 旦那様からお話は伺っております、どうぞお入りください」
広大な牧場の中にでんと構える大きなお屋敷の玄関で、白髪の老執事のような出で立ちをした男性が出迎えてくれる。
私たちの訪問は事前に話は通っていたようで、すぐに客間に通された。
執事さんは私たちを案内すると、エビンスさんを呼びに下がろうとする。
あ、そうだ。
「あ、あの! こちらお土産です、よろしかったら召し上がってください!」
「これは立派な物を…どうもありがとうございます。旦那様にお伝えしておきますね」
私は地球で貰ったお土産の中でも、お気に入りの苺ジャムの焼き菓子が入った包みを渡す。
これで地球に興味をもってもらえたら…と下心がないわけじゃないけど、エムニアで甘いお菓子は貴重だからね。
いっぱい貰ったし、一人で食べるのはもったいない。
それから私たちは大きなソファに3人で並んで座る。
エレク、私、マーロィの順で私が真ん中だ。
ソファも大きいけど、このお屋敷も大きい。
部屋数が多いとかではなく、純粋に大きい。玄関の扉なんて私の身長の3倍くらいありそうだった。
たしか商人さんは巨人族なんだっけ。
きょろきょろと部屋と同じく大きな調度品を見渡しながら待っていると、ぽこりとお腹の膨らんだ見上げるほど大きな男性が入ってきた。
「これはこれは! エレク様、ようこそいらっしゃいました。 それに、ティアラ様にマーロィ様まで。 救世の英雄と一度に三人もお会いできるなんて、今日はなんと良い日なのでしょう」
「こちらこそ、お時間を作っていただきありがとうございます、エビンス殿。今日は”勇者一行”として参ったわけではありませんので、そんなかしこまらないでください」
「それではお言葉に甘えまして」
エレクが立ち上がって軽く会釈したので、私も慌てて立ち上がって会釈する。
前世日本人の私としては、ぺこりと勢いよくお辞儀しそうになるけど、がまんがまん。
私も一応立場のある人間(天使?)なので、そんなことすると相手を恐縮させるだけ、なんだって。
こういう時、会社勤めや接客の経験があればうまくこなせるんだろうなぁ、と思う。
私は転生者で前世の記憶があるけど、あいにく気ままな大学生までだったから、こういう場はどうしても苦手意識があるんだよね。
だからついつい頼れる相手がいると、頼ってしまう。
でも今日は違う。
頼れる仲間、エレクもマーロィもいるけど、ちゃんと私が話をしなくちゃ!
「それで今日はどのようなお話でしょうか?」
「実は、今日エビンス殿にお話があるのはこちらのティアラなんです。ほら、ティアラ」
エレクがぽんと私の背中を押した。
マーロィも小声で「がんばれ」と言ってくれる。
うんっ、と私は小さく頷いた。
「え、えと、ティアラ・エルディアです! 今日は、その…エビンスさんに、パトロンになって欲しくてお願いにきましたっ」
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「ふむ…なるほど。 その異世界…いや、異星の地球との交流を始められたのですね。それで、交易品の魔法具の購入資金を私に援助して欲しい、と」
「は、はいっ」
手と翼をワタワタしながらだったけど、エレクとマーロィに補足してもらってなんとか説明できた、と思う。
わたし、がんばった。
すでにクタクタだけど、まだこちらの事情を説明しただけだ。
たぶん、ここからが交渉なんだろう。
エビンスさんは難しい顔をして唸っている。
「たしかにそのような噂は耳にしております。 近々、星神セレス様より”異なる文化を持つ星との交流”について御触れがある、との噂もありますな。 それを踏まえて正直に申し上げますと…今のお話だけでは判断しかねる、というのが本音です」
「えっ」
そ、そんな交渉失敗?!
どどどうしよう、と私が慌てていると「落ち着いて」とエレクとマーロィからたしなめられる。
そうだった、ここからが交渉なんだった。
落ちついて、私! 深呼吸、深呼吸。
エビンスさんも穏やかな表情で待ってくれていた。
「ではティアラ様、いくつか質問をよろしいでしょうか?」
「は、はい」
「まず一つ、魔法具の購入資金を援助して欲しいとのことでしたが、本当に資金だけでよろしいのですかな?」
「え? えーと、それはどういうことでしょうか?」
資金のほかにも何か援助してくれる、ということ?
でも今必要なのは、魔法具の購入資金だし…
首を傾げていると、横からマーロィが小声で助言してくれた。
「ティアラ、エビンスは”魔石牧場”のオーナー。つまり魔石を取り扱う商人」
「なる、ほど?」
ジュエルメリーの毛から魔石が作れるんだよね。
さっきエレクに教えて貰った。
「ということは当然、魔石を購入する人物…魔法具職人ともツテがある」
「あっ」
なるほど、そういうこと。
魔石の卸し先の魔法具職人にツテがあるから、魔法具をお店で買うよりも安く仕入れられるってことね!
私はマーロィとの内緒話を待っていてくれたエビンスさんに向き直る。
「それはつまり、魔法具の購入資金ではなく、エビンスさんが直接魔法具を仕入れていただける、ということでしょうか?」
「えぇ、その通りです。私なら商店で購入するよりも、安く大量の魔法具を仕入れることができます。 ですので購入資金ではなく、魔法具の仕入れそのものをお手伝いさせて頂いた方が双方の利益につながるかと」
「たしかに、それをお願い出来るのであれば私としても助かります!」
お店で魔法具を見て回るのは楽しいけど、それだとたくさんの魔法具を購入しようとすると、いくつもお店を回らないといけないから時間がかかっちゃうんだよね。
私はエビンスさんと相談して、購入したい魔法具の一覧を私が作って、エビンスさんがその魔法具を仕入れる、ということを決めた。
「それからもう一つ、こちらの方が重要かもしれませんな」
これで交渉終了かな、と一息ついているとエビンスさんが大きな指を一本立てた。
ま、まだなにかあるの!?
「私はその地球の品、というのを目にしたことがありません。 噂はよく耳にしておりますが」
「あっ」
あっ。
「商人としては、流石に自分が携わることになる商品を確認しないまま取引をすることは出来ませんなぁ」
苦笑するエビンスさんに、思わず私はへにょりと項垂れた。
それはごもっともです…。
両隣に座るエレクとマーロィからも「やれやれ」と言いたげな雰囲気を感じる。
二人とも分かっていたなら言ってよぉ!
「それだとティアラの練習にならない」
「そうだよ、ティアラ。 それはそうとエビンスさん、ティアラの練習にお付き合い頂いてありがとうございます。お手間をとらせてしまって申し訳ありません」
「いやいや、誰しも初めてのことはありますから。 聖女ティアラ様のお力になれたのであれば喜ばしいことです」
え、待って、どういうこと?
私は混乱したままエレクに視線を向けた。
「実はパトロンの交渉はもう終わっているんだ。 手紙を送ったらエビンスさんが二つ返事で引き受けてくれてね。 せっかくだからティアラの交渉の練習相手を引き受けて貰ったんだよ」
「いえいえ、旅の間から勇者様にはご贔屓にして頂きましたからな。これくらいお安い御用です。 それに半ば隠居の身とはいえ、儲かると分かっている取引を逃すほど耄碌はしておりませんのでな」
エレクとエビンスさんは悪戯が成功したように二人して悪い笑いを浮かべていた。
え、えぇ…。
失敗したらどうしようって、めちゃくちゃ緊張したのに。
私の意気込みを返して!
「ティアラは昔から交渉事となるとすぐ抜け出していたからね、ちょっとした仕返しさ。 いい練習になっただろう?」
「うぐっ」
そう言われると何も言い返せない。
たしかにいい練習になった。私は本物の交渉だと思っていたからねっ
そういえばマーロィは? と思って振り返ると「いえい」とピースサインをしていた。
本当に知らないのは私だけだったらしい。
というかマーロィ、どこで覚えたの…。
ティアラは普段の宿題はきちんとするけど、夏休みの宿題を後回しにして最終日に慌てるタイプです。