33 仲間に相談しよう その2
分割その2です。
「楽しそうなことしてる」
部屋の入口に、三角帽子をかぶった小柄な人影がひょこりと顔を出していた。
「あ、マーロィ! 来てくれたんですねっ」
「ん、遅くなってごめん。ティアラに手紙預かってきた」
そう言ってマーロィが差し出したのは紐を巻かれた巻き物。
マーロィにはベッドに座ってもらって、受け取った手紙を見るけど差し出し人の判も名前もない。
「誰からですか?」
「ガドー。里の復興で忙しくて来れないから、代わりに娘を行かせるって」
ガドーが手紙なんて珍しい。
私は紐を解いて、巻き物を広げて文面に目を通した。
「ガドーも大変そうですね…、お手伝いに行った方がいいのでしょうか」
「”不要だ”って言ってた」
「ふふっ、それガドーの真似ですか?」
「そう、似てない?」
うーん、あんまり似てないかなぁ。
きっと本人が目の前にいたら、厳めしい顔をさら厳めしくして呻いただろう。
手紙には、私のお願いに応じられないことへの謝罪と、代わりに娘を行かせるので、私やエレクの元で経験を積ませてあげて欲しいことなどが書かれていた。
私のお願いは「暇してたら、出来たら来て欲しい」くらいのものだったから、何だか気をつかわせてしまったみたいで申し訳ない。
私は「ちょっと待ってくださいね、お返事かいちゃうので」と二人に断りを入れてから「気にしないでください」という内容でササっと返事の手紙を書く。
それから羽根を一枚抜き取って魔力を込めて鳥の形を作り、手紙と地球で貰ったお土産の焼き菓子を一袋持たせる。
「お土産とお手紙、きちんと届けるんですよ」
くるっぽーと鳴いた魔法の鳥を、私は窓から見送った。
「…相変わらず無茶苦茶な魔法の使い方してる。 本来、使役系の魔法は術式を正確に定義した”定型詩”じゃないとまもとに機能しないのに、それを無詠唱の”自由詩”で組み上げるとか意味が分からない」
「えと、私もマーロィが何言っているのか難しくてよく分からないです…」
「はぁ…ティアラはこれだから…」
マーロィに盛大な溜息をつかれて、やれやれとでも言いたげに首を振られた。
えぇ…。
「そういえばマーロィ。そのガドーの娘さんはどうしたんだい?」
あ、そういえばそうだね。一緒に来たわけじゃないのかな?
「私がガドーを尋ねるより先に、ここを目指して鬼人族の里を飛び出したらしい」
「「え」」
「せっかちな子」
「「いやいやいや」」
それ大丈夫なの?
どこかで迷子になってるんじゃないの?
「…心配です。私、探しにいってk――」
「迷子が増えるからやめて」「迷子が増えるからやめようね」
二人揃って止められた。
そ、そんな息ぴったりに言わなくていいでしょ!
私はもう子供じゃないんだし、そんなに方向音痴じゃないよ!
だけど私の弁解もむなしく、探しに行くのは却下された。
結局、ガドーの娘さんは武術の心得も旅の心得もあるらしいので、無事の到着を待つということになった。
地球では子供の一人旅なんて考えられないかもしれないけど、エムニアでは割とよくある話だからね。
エムニア人、精神的にも肉体的にもタフだから。
私も里を飛び出して、魔神討伐の旅に出たのは12歳の頃だったし。
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「それでティアラの相談って何なんだい?」
マーロィも途中参加して何度かゲームで対戦をしてから、エレクが声をあげた。
そ、そうだった危うく本題を忘れるところだった。
対戦ゲームで熱くなったのなんて久しぶりだから、仕方ない。仕方ないったらない。
私は誤魔化すように何度か翼をはためかせてから、きりっと真剣な顔をつくる。
これからするのは真面目な話だからね。
「その、相談したいことの前にエレクに言っておかなきゃならないことがあるんです」
私が背筋を伸ばしてエレクに向き直ると、なぜか私以上に緊張した様子でエレクがこちらを向いていた。
いやいや、なんで私より緊張してるの?
思わず真剣な表情のまま首をかしげてしまったけど、それよりも前世のことを打ち明けなくちゃ。
地球との交流について相談して協力をお願いするのに、このことを黙ったままなんて不誠実だからね。
「マーロィには伝えてあったのですが………実は私、前世の記憶があるんです」
「そうなんだ。 …あぁ、だから時々マーロィと内緒話をしていたんだね」
「……」
「……」
エレクは納得した、といったように手を打ってから何も言わず、視線で私に先を促す。
「……え? それだけですか?」
「ん? …あぁ、エムニアでは前世の記憶があるのは珍しいんだっけ。 僕の故郷の星じゃ、前世の記憶があるのは一般的だったからね。 あの星では、優秀で出世する人間はみんな前世の記憶…というか生まれる前の知識や経験、それに特異能力を受け継ぐものだったから。 …まぁ僕はまっさらな魂で何の能力もない穀潰しだったから一族の人間から疎まれてたんだけどね」
「そ、そうなんですね」
あはは、と乾いた笑いをするエレク。
やめて、急に闇を出すのやめて! 反応に困るよ!
科学文明に異能力を重視した封建制度を掛け合わせたような星出身で、闇抱えてそうなことは知ってたけど想像以上に濃厚そうだ。
これ、あとで愚痴とか聞いてあげたほうがいいのかな…?
でも本人、あんまり昔のこと話したがらないし…。
私はこほん、と咳払いをして微妙な雰囲気を仕切り直す。
「えっと…それで、私には地球で生まれ育った記憶があったので、もう一度前世の故郷に行ってみたかったんです。 そんなときに、『魔神を討伐すれば、星神セレスさまが何でも願いを叶えてくださる』と聞いて、大神殿に行って旅の同行を申し出たんです」
「なるほど、それで討伐の褒賞としてセレス様に”世界を渡る魔法”をお願いしたわけだね」
腕を組んで頷くエレクに私も頷き返す。
「はい。それで今はその魔法で地球に転移して、エムニアと地球との交流を進めているのですが…」
私は今日までの地球訪問と、エムニアに持ち帰ったお土産について話した。
それから、先日セレスさまに報告したときに聞いたことも伝える。
「六翼のほかに新たに”外交局”をつくる、ね」
「はい、今はまだその前段階としてセレスさま直轄の外交部、という形にするみたいですけど」
「それで、ティアラのお願いごとはそれに関係することなのかな?」
「はい、その通りです。…その、もし迷惑でなければ、何ですが。 エレクには外交部の長になって欲しくて」
「僕に? 今日まで頑張ってきたのは君だろう? 僕でいいのかい?」
エレクは首を傾げるけど、私だと不都合なことが多いんだよね。
…別にやりたくないから押し付けるとか、そういうことじゃないよ? ホントだよ?
「地球に転移できるのは今のところ私だけなので、私はエムニアを留守にすることが多いんです。 …それにこういったまとめ役は、私よりエレクの方が得意ですから」
私の言葉に「僕も得意ではないけどね」とエレクは苦笑した。
いやいや、神殿のお偉いさん相手に言葉巧みに支援を引き出したり、兵士の士気を上げるための演説を即興で考えられる人が得意じゃなかったら、私はどうなるの。
自慢じゃないけど、私は困ったら魔法歌を歌ってなんかいい感じの雰囲気にしてゴリ押すような人だよ?
「いいよ、引き受けるよ」
少し考えていたようだけど、エレクは爽やかな笑顔を浮かべてそう言った。
流石エレク! 持つべきものは頼りになる仲間だね!
「…………これくらいの役得はかまわないよね」
「エレク? 何か言いましたか?」
「ん? いや、またみんなと一緒に過ごせるのが楽しみだなと思ってね」
「そうですね、私も楽しみです! 一緒に地球の面白い娯楽をたくさんエムニアに広めましょうねっ」
両手を握って気合十分!とアピールすると、エレクは困ったような嬉しそうな複雑な笑みを浮かべた。
そしてなぜかマーロィは私とエレクに向かって肩をすくめた。
なんで???
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「あ、それともう一つ」
私は地球との交易品にしている魔法具の購入資金をどうしたらいいか、二人に相談した。
マーロィは「また歌唱会をやればいい」って言うけど、あれを何度も繰り返すのはちょっと気が引ける。
歌手でもアイドルでもない私がお金払って歌を聞きに来てもらうのは、なんだかライブやコンサートを知らないエムニアの人を相手に、騙してお金を巻き上げているような気分になるんだよね…
歌にはちょっと自信があるけど、それでも、せいぜいクラスでカラオケに行って一番上手い人レベルだと思う。
だからお金を貰って人前で歌うなら、せめてちゃんと練習してからにしたいんだ。
「ということで歌唱会はしばらくなしです」
「えー」
「えーじゃありません。やるとしても、せめてもうちょっと練習してからにさせてください」
「僕はティアラの歌、上手だと思うけどね」
この二人はすぐ私のことを煽てるんだから…!
褒められるのはうれしいけど、私が勘違いして調子にのったらどうするの!
私は翼でパタパタと熱をもった頬を仰ぐ。
「それで、二人とも何かいい案はありますか?」
「そうだね、それ以外となると…ギルドで依頼を探して魔物の討伐とか?」
「それは無理。大金が入るような依頼はもうない。…どこぞの誰かが大物を探し回って狩りつくしたせい」
そ、それはほんとにごめんなさい。
でも、高額な賞金が掛けられていた強い魔物にはたくさんの人が困っていたわけだから、それを倒して回るのは悪いことじゃないと思う!
ね、エレクもそう思うよね!
「まぁね、悪いことではないとは思うよ。魔狩人には嫌われたけどねぇ」
彼らにとっての飯のタネを根こそぎ倒してたわけだからね…
いまだに地方のギルドに行くと絡まれるし。
「あとは…旅をしていた時、僕たちに出資してくれていた大商人がいただろう? あの人にパトロンになってもらえないかお願いしてみるのはどうかな?」
パトロンかぁ。
その発想はなかった。
鉱山を経営している商人さんだっけ。 …あれ? 牧場だったっけ?
ともかく、あの商人さんは相当なお金持ちだったはず。
でも出資してくれるかなぁ。
「そこは交渉次第だろうね。ティアラは自信がないのかい? 地球の品はそんなに魅力がないのかな?」
私は思わずムッとして大きな声で返した。
「そんなことないです! 地球の娯楽は面白くて楽しくて素敵で、笑顔になれるものばかりです!」
それを聞いてエレクは「そうだろう?」と笑った。
……分かってて言ったねエレク、いじわるだ。
「ゲームも楽しかったからね、きっと引き受けて貰えるよ。 まずは僕が連絡をとってみるから、少し時間をもらえるかな?」
そう言って立ち上がると、私の頭をポンポンと撫でた。
子供扱いされるのはちょっと悔しいけど、やっぱり頼りになる仲間だ。
「ありがとうございます、エレク。 よろしくお願いします!」
「気にしないで、浮島にいても暇だったからね」
その後、早速連絡をとるというので、私はマーロィと一緒にエレクを見送った。
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「そういえばマーロィ、これ先日欲しいって言っていたお土産です」
エレクを見送ったあと、私はペンダントから新しいタブレット端末を取り出してマーロィに渡した。
伊達さんにお願いしていたお土産の一つだ。
「ありがと、これで存分に研究できる」
「これ高いんですから、くれぐれも分解したり壊したりしないで下さいね。それからこれが説明書と…こっちが関連する技術の専門書です」
「わかってる」
もはやタブレットに視線が釘付けのマーロィに、追加で分厚い専門書を数冊手渡す。
あまりの分厚さに、小柄なマーロィは受け取るときにバランスを崩しかけていた。
一冊を残して腰の魔法のポーチに専門書を収納したマーロィは、早速タブレットを片手に専門書をパラパラとめくる。
「……読めない」
「それはまぁ、日本語ですから」
いくら魔法具研究の第一人者、賢者マーロィでも、異星の言葉は難易度が高いだろう。
でもエムニア語の科学技術の専門書なんてないんだから仕方がない。
これでマーロィが頑張ってくれたら、そのうちエムニアでも地球のネットに繋がるようになるかなぁ、なんて考えていると袖を引っ張られた。
「ティアラ」
「何ですか?」
「パトロンの交渉が終わったら、今度は私の研究手伝ってね。翻訳とかいろいろ」
目をきらりと輝かせたマーロィに詰め寄られる。
あ、これ徹夜コースになるやつだ。
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