閑話 天使のアキバ散策 その2
その1の続きになります。
昼食はアキバの街を歩いて目についた執事喫茶に円華さんと一緒に入った。
私の注文したオムライスは流石にハートは書いてなかったけど、チキン風味のライスがふわふわ卵に包まれていてとても美味しかった。ちなみに円華さんは「お嬢様と同じものを」と私と同じものを頼んでいた。円華さんもオムライス好きなのかな?
落ち着いた雰囲気の店内では燕尾服を着たイケメンなお兄さんに「お嬢様」って呼ばれたけど、円華さんに最近そう呼ばれたいたせいか、そんなに違和感がなかったことにちょっぴり自分でも驚いた。
私も少しずつお嬢様になってるのかも?
ちなみに私としてはアキバに来たからにはメイド喫茶に入ってみたかったんだけど、円華さんが今まで見たことない渋い顔をしていた。
理由を聞くと、
「わたくしのワガママですが、ティアラお嬢様のお世話を他のメイドに任せたくありませんわ」
とのことだったので、隣にあった執事喫茶にしたのだ。
執事喫茶はそんなに興味がなかったんだけど、いざ入ってみるとなかなか楽しかった。
落ち着いた雰囲気の調度品や、燕尾服やタキシードを着こなすお兄さん達におもてなしされるのは、なんだか本当にお嬢様になったみたいで不思議な気持ちだった。
魔法使いの私がいうのも変かもしれないけど、何だか魔法みたいな体験だったよ。
執事喫茶を出た後は、また二人で手を繋いで散策を再開した。
お昼を過ぎたからか、人がさらに増えてきた気がする。
それに何だか視線を感じるような気がするけど、気のせいだよね?
私が異星人の天使だってバレたわけじゃないよね?
お店のガラスに映る自分の姿を確認するけど、変装の魔法は解けてない。
うん、大丈夫そう。
ん? あれ何だろう。
「お嬢様、どうかされましたか?」
「いえ、展示されているフィギュアがちょっと気になって…」
私はお店の中に入り、外からちらりと見えた展示されているフィギュアを確認する。
「やっぱり!」
そこに展示されていたのは、翼を広げてふわりと地面に着地した瞬間を捉えた黄金色の髪に特徴的なスリットの入った白いワンピースを身にまとった少女のフィギュアだった。
これ私じゃん!!
私がいうと自画自賛なのかもしれないけど、超がつくほど精巧な美少女フィギュアだ。
肌や服の質感とかどうなってるのこれ。はぇーすっごい。
「こ、これは…! お嬢様のフィギュア?! お値段は…あれ?ないですわね」
「あ、本当ですね。どこにも値札が見当たりません。 すみません! これって」
私はちょうど近くを通りかかった店員さんに声をかけた。
彼は「あぁ、そちらのフィギュアですか」と頷く。
「それは店長の知り合いの原型師、フィギュア制作者の作品ですよ。 ほら、数週間前に東京に宇宙人の天使が現れたでしょう? あれを見てから、その人は憑りつかれたように何日も徹夜でそのフィギュアの制作を始めたらしくて…。 売るつもりはないそうなんですけど物凄い完成度だったので、せっかくだからと店長が展示してるんです」
なので申し訳ありませんが非売品なんですよ、と言ってそのまま店員さんは去っていった。
ファンタジーな出来事に遭遇して、なにかインスピレーションでも舞い降りたのかな。
というか、会見ではあまり見えなかったはずの背中側もしっかり作りこんであるし、翼にいたっては羽の一枚一枚がしっかりと作られていて、何というか執念を感じる。
そっか、私もこういうの作られる側なんだね…
そういえば伊達さんも、私のお手製のデフォルメぬいぐるみ、略してティアぬいを譲って欲しいと言われて困っている、みたいなこと言ってたなぁ。
「非売品なのが悔やまれますわね…。あの出来なら30万までなら出せますのに」
そのあとは他のフィギュアも見て回ってから、言葉通り物凄く悔しそうな顔をした円華さんと一緒にお店を後にした。
30万って、よっぽど欲しかったのかな、円華さん。
「円華さんの隣には本物の私がいるじゃないですか。それではご不満でしょうか?」
私は手を後ろに組んで振り返って、そんな冗談を言ってみる。
「そ、そそそんなことありませんわ! そうですわね、私には本物のお嬢様がいますものね!」
あれ、思ってた反応と違う。
クールな感じで大人な笑みを返されると思っていたら、真っ赤な顔であたふたとした反応がかえってきた。
円華さん、私のことを”推し”って言ってたけど、もしかして割と重症だね?
~~~
今日一日で円華さんと少し距離が縮んだかなぁ、なんて考えながら二人で駅のホームに向かう。
流石にこんな人目の多いところで飛び立つわけにはいかないからね。
一度、電車に乗って少し離れた人目の少ない場所に移動するつもりだ。
変装もバレなかったし、今日はいい息抜きが出来たなぁ。
そんなこと思いながら駅のホームで電車を待っていると、杖をついてゆっくりと歩くお婆さんが向かいのホームに見えた。
その近くには、友達とふざけあって大きな声を出している男の子。
たぶん高校生くらいかな。
私はふとイヤな予感を覚えて、その光景を見ていた。
次の瞬間、友達に押された男の子の肘が、どんっとお婆さんを押した。
「あっ」
パァーとタイミング悪く、ホームに電車が入ってくる。
「あぶないっ!」
「お嬢様?!」
私は無意識のうちにリュックサックを投げ下ろして、中に隠していた翼を大きく広げた。
助走する時間なんかない。
翼で力強く空気を打ち付けて、ホームから落ちるお婆さん目掛けて一気に加速した。
ゴォと風を切る音を耳にしながら、私はお婆さんに手を伸ばす。
——届いたっ!
そのままお婆さんを抱えて、地面を蹴る。
「——ぃったぁ」
私は勢いのまま翼で自分とお婆さんを包むようにして背中からホームに滑り込んだ。
はぁ、良かった…間に合ったぁ。
「お婆さん、大丈夫ですかっ?」
「ありがとうねぇ、綺麗なお嬢ちゃん。…あたしにもとうとう天からお迎えが来たのかねぇ。おじいさん、あたしも直にそちらに参りますよ」
「……大丈夫そうですね」
私のことを天の使いか何かと勘違いしてるけど、意識はハッキリしてそうだ。
サッと治癒魔法もかけたけど、大きな反応はない。
どうやら怪我はなかったみたいだ。
腰と膝にちょっと反応はあったけど気にしない、気にしない。
「お嬢様! 急に飛び出さないでくださいませ!」
「ご、ごめんなさい」
息を切らした円華さんに叱られた。
でもさっきみたいな場面に遭遇すると、ついつい身体が動いちゃうんだよね。
天使族に転生してからは体の反応速度も上がって、ホントに「考えるより先に身体が動く」ので、こういうことが本当に増えた。
それはそうと…。
私は周囲を見回して、お婆さんを突き飛ばしてしまった男子高校生を探す。
——いた!
男子高校生、学生さんは真っ青になりながらポカンと口を開けるという、なかなかシュールな表情になっていた。
「そこの学生さん」
「あ…、は、はい!」
声をかけるとびくりと肩を跳ね上げた。
私は円華さんにお婆さんを任せて、男子高校生に近づく。
「お友達と一緒で楽しいのは分かりますが、ちゃんと周りを見ないとダメですよ?」
「は、はい! ごめんなさい!」
うん、謝れてえらい。
でもその言葉を掛けるべきなのは私ではないので、学生さんの手を引いてお婆さんのところへ連れていく。
騒ぎを聞きつけてちょうど駅員さんも到着したところみたいだった。
「さっきはすみませんでしたっ」
ガバリと頭を下げる学生さんに、お婆さんは「次は気をつけんだよぉ」と柔らかく注意するだけだった。
うんうん、こっちはこれでよし、と。
問題は…
「おい、あれって」
「あの翼、ホンモノ?」
「え? なんで天使ちゃんが日本にいるんだ?」
「でも金髪じゃないぞ?」
「魔法で変装してるんじゃない?」
「はぁはあ、ティアラちゃん、ポニーテールも似合ってるね」
まぁ、バレるよね。
あれだけ派手に動けば。
翼も出しちゃったし。
さっきからポケットに入れたスマホもずっと震えっぱなしだ。
私の連絡先を知っているのは、二人しかいないので恐らく伊達さんだと思う。
出るのがちょっと怖い。
「お嬢様、こちらに!」
円華さんが駅員さんにお婆さんを任せて、この場を離れようと私の手を引く。
だけどすでに人が集まり始めていて、これをすり抜けるのは難しそうだ。
「いえ、今ここから飛んでしまいましょう!」
「それは…いえ、こうなった以上その方がいいですわね。お願いしますわ!」
私はリボンを外してポニーテールを解く。
お婆さんの無事をもう一度確認してから、アピールするように大きく翼を広げた。
「お騒がせしてすみません! エムニア特使のティアラです! 少し時間が出来たのでお忍びで観光してました! これ以上騒ぎが大きくなると皆さまにご迷惑をおかけしてしまうので、今日のところは失礼いたしますね!」
周囲に集まり始めた人々に一言伝えて、私は円華さんをお姫様抱っこしてアキバを後にした。
~~~
そのあと私は円華さんと一緒にアメリカの東海岸へと飛んだ。
鳴り続けていたスマホはやはり伊達さんからで、なるべく早く合流したいのでアメリカ東海岸のとある空港に来てほしいと言われて、住所が送られてきた。
なんでも、私が日本にいると連絡を受けて伊達さんも急いで移動していたらしい。
ご迷惑をおかけしてすみません…
そして合流後、空港近くのホテルの一室にて。
「…連日の会議でお疲れのようでしたので、息抜きすることは構いません。 見ず知らずの方を身を挺して助けたことも、素晴らしいことだと思います」
「…はい」
「ですが、出掛ける前に私に一言あっても良かったのではないでしょうか?」
「はい、その通りです。ごめんなさい」
ちゃんと謝っていた学生さんを見習って、私も頭を深く下げる。
「いえ、私は別に謝って欲しいわけではないんですよ」
「あの」
「えぇ、怒っていませんとも。日本の協力者からティアラさんらしき人物を見たと情報を頂いて、ホテルの部屋を確認したらもぬけの殻で、アメリカ政府からは異星人をどこに隠した、やはり独占するつもりか、と吊られても」
「……」
伊達さん、これ絶対怒ってる。
尾を踏まれたドラゴン並みの威圧感を感じるんだけど…!
「本当にすみませんでしたっ!!」
声を荒げることも顔をしかめることもなく、淡々と諭すように話す伊達さんに、私は土下座した。
それも翼を地面につけて丸くなる、天使族の最上級の謝意を示すやつを。
どの世界でも平身低頭が最大級の謝罪なのは変わらないのだ。
そんな私をじっと見て伊達さんは長く長く息を吐き、「仕方ありませんね」と苦笑した。
「今後はもう少し、お互いに話し合いをしましょう。ティアラさんに悪気がないのは分かっていますし、私たちもティアラさんを苛めたいわけではありませんから。 …そうですね、まずは会議の頻度をもう少し減らして頂けないか、相談しましょうか」
「あ、ありがとうございます」
伊達さんは怒らせちゃいけない。ティアラ、覚えた。
「それから深川さん? 貴方はティアラさんのストッパーも兼ねているのですから、もう少し注意深く行動を…」
「わたくしはティアラお嬢様のメイドですわ。メイドが主人であるティアラお嬢様の意思を尊重するのは当然ですわ」
「……」
まったく悪びれる様子のない円華さん。
むしろどこか誇らしげですらある。
円華さん、仕事のできるクール系メイドさんだったはずでは?
清々しすぎる円華さんの回答に、伊達さんは眼鏡を外して静かに眉間を揉んだ。
わ、私も次はもっとバレない変装をするから!
次は大丈夫なはずだから!
お忍び外出をやめる気はないティアラ。