25 天使の誓い
少しだけ自傷行為?のシーンがあります。
軽めですが、苦手な方はご注意ください。
「ミス・ティアラ、一つお尋ねしたい。前回の来訪時、日本に迫っていた台風を消したのは貴方か?」
「はい、そうですよ」
鋭い目つきの男性に私は首を傾げながら答える。
台風を消したのはまずかったのかな?
でもあのままだと救助もままならないし、怪我人ももっと出ただろうし…。
ちらりと伊達さんや鶴木総理に視線を向けると、小さく首を振っていた。
少なくとも日本に迷惑をかけたってことはなさそうだ。
会見のときも鶴木総理にお礼言われたし、大丈夫なはず。
「…そうか。 皆さん、お聞きになられただろうか? たしかに彼女の持ち込む魔法の品は魅力的だ。地球の抱える課題を解決する可能性を秘めている。だが、彼女は人類が手も足も出なかった自然災害にたった一人で対抗できる力を持つ存在だ。そんな力を前に、私たちはもっと慎重になるべきではないのか?」
周囲を見回してそう静かに訴えたあと、私に視線を向けた。
その瞳は真っ直ぐで噓をつくこと許さないと、私に伝えてくる。
「ミス・ティアラ、私は不安なのだ。私には国民を守る義務がある。その力を地球人に向けられたとき、果たして私たちは対抗できるのか、国民を守り切れるのかと。 …貴方は交流したいと仰るが、私たち地球人類を遥かに凌駕する力を持つ貴方と、いつでも盤面ごとひっくり返せるような存在と、どうやって対等な交流ができるというのか。 貴方のその力が我々に向けられたとき、誰が貴方を止められるのか。 お答えいただきたい」
「不安だ」と言ったその瞳の奥には、確かに感情が揺れていた。
でもそれは、決して疑いだけではないと思う。
この人は私を信じようとしてくれている。信じたいと思ってくれている。
だから最後に一つ、私を信用するための後押しが欲しい。
試すような言葉の裏に、私はそんな思いを感じた。
「あの方は、過去に他国から度々侵略を受けてきた国家の代表ですわ」
円華さんがこっそりと私に耳打ちしてくれた。
なるほど。
だから周囲が交流に前向きな中でも、この人は私を警戒しているんだね。
圧倒的な力を持つ存在が、なぜ力で劣る我々と対等な交流を望むのか。
対等な立場など、いつでも力で覆せる。
そんな相手をどうやって信用すればいいのか。
たしかにこの人の言う通り、魔法を持たない地球の一国が相手なら今の私は一人で対等以上に戦える。
これは自惚れとかではなく、勇者たちと旅をして魔神と対峙した”勇者一行のティアラ”として断言できる。
だてに勇者一行なんて呼ばれていない。
得意分野は違うけど、私たちはそれぞれが一騎当千の強さをもっているんだ。
交渉は苦手な私だけど、こと魔法戦に於いてはそれなりに出来る自負がある。
そうじゃなければ、いくら考えなしの私でも魔神と戦おうなんて思わない。
私には前世の地球の記憶があったから、地球人と比べれば圧倒的とも言える自分の強さを自覚している。
だからこそ、いつかこの問いがくることも予想していた。
考えてみれば当たり前だよね。
一人で自然現象をどうにか出来るような存在が、いきなり友好的な態度で交流を求めるんだから。
私は円華さんに視線を向ける。
あまり迷惑は掛けたくなかったけど仕方がない。考えていた手を使おう。
円華さんは頷くと、私が持ち込んだ中で一番性能の高い”防壁”の魔法具を取り出した。
「もっともなお言葉だと思います。……そうですね、私がどれだけ言葉をつくしても、いきなり現れた異星人の私を信用することなど難しいでしょう。私たちには時間が必要です。 その時間はこれからの交流で得られるもので、今の私には用意できません。 ですので、代わりに”誓い”を立てましょう」
「誓い?」
「エムニアで契約を交わす際に用いられる”誓い”の魔法です。この誓いを違えれば、その者には裁きが下ります。 実際に見て頂いた方が早いでしょう。 円華さん、申し訳ありませんが、お願いできますか?」
「えぇ、もちろん構いませんわ」
壇上から降りて、私と円華さんは距離をとる。
私は目を閉じ胸に手を当てた。
それから、”誓い”の魔法を使うためエムニアの古い言葉を唱える。
「”誓いの言の葉を捧げたもう”」
言葉に呼応して、ふわりと私の身体から黄金色の魔力が広がる。
「”私は地球との交流を願う者”」
広がった魔力が小さな光となり、身体の周りをゆっくりと回りはじめる。
「”ともに笑顔溢れる希望に満ちた交流を願う者”」
光は徐々に輪を描く。
「”私は願いが果たされるその日まで”」
光輪は幾重にも重なり私を包む。
「”地球に住まう者たちへ、矛を向けることなし”」
目をゆっくりと開けて、私は魔力で小さなナイフを作り、ピッと指先を切った。
流れ出した血は魔力と混じりあって、黄金色の光は朱金へと変わる。
「”私の血と魔力の輝きをもって誓いを結ぶ”」
朱金の輪が私を縛るようにキュッと身体を締め付けたかと思うと、そのまま溶けるように消えた。
よし、これで私の準備は完了。
”誓い”の魔法はエムニアに古くからある”定型詩”の魔法なので、言い回しも独特なんだよね。
あまり得意ではないけど、商人とパトロンの契約をしたり、大金を扱う場合は必要になることが多い。
旅の間にマーロィから「ティアラも覚えておいた方がいい」と口酸っぱく言われたので、がんばって習得したのだ。
さて、あんまり気が進まないけど始めよう。
私は円華さんに向き直る。
「円華さん、”防壁”の発動をお願いします」
「承知いたしましたわ、ティアラお嬢様」
円華さんの持つ細身のマラカスのような魔法具から、金色の光が広がり球状になってその身を包む。
うん大丈夫そう、ちゃんと発動してるね。
一呼吸おいて、静かに私たちのやり取りを見守っていた各国の代表に向けて宣言する。
「先ほど誓った通り、私はあなた方地球人に危害を加えるつもりはありません。そしてもしその誓いを違えたら、どうなるか実際にお見せしましょう。 ……それを持って私の誠意とさせてください」
誰かの息を吞む気配がした。
私は再び円華さんに向き直り、その身を包む金色の光に向けて手をかざす。
「”破邪の光”」
私の口にした”自由詩”の詠唱に反応して、身体から金色の魔力が流れ出し手のひらの前に集まる。
金色の粒子は手のひらサイズの金縁の鏡に姿を変えた。
金色の粒子を吸い込んだ鏡が光を放つ、その直前。
ぴしりと鏡に亀裂が走り、サラサラを砂のように崩される。
細かく砕けて魔力に還っていく粒子が、風に吹かれるように私の手のひらを包んだかと思うと、そのまま揺らめく朱金の炎に変わった。
「――っ」
じゅぅ、とわずかな煙を上げて朱金の炎が私の皮膚を焼く。
私は思わず顔をしかめる。
…痛みがくると分かっていても、痛いものはやっぱり痛いや。
でも、ちゃんと言うべきことは言わないと。
私は鎖のような火傷の後が残る手の甲が良く見えるように、高く掲げた。
「…このように、誓いをやぶれば”魔封の戒め”が身体に刻まれます。 この傷痕がある間、私は魔法を使うことが出来ません。 今回は、本気で円華さんを害する意思がなかったのと、規模の小さい魔法だったので、魔法を使った右手にだけ”魔封の戒め”が刻まれました。 このくらいであれは数時間もあれば傷痕は消えますが…」
私は一度、言葉を区切り会場を見渡す。
「もし相手に怪我を負わせるような規模の魔法を使ったら、魔法に注いだ魔力がそのまま朱金の炎に変わり、私の全身に”魔封の戒め”が刻まれます」
静寂の中、ごくりと息を飲む音が聞こえた。
「そうなれば私はしばらくの間、一切の魔法を使えません。魔法を使えない私は、地球人の皆さまよりちょっと身体が丈夫な程度です。地球の皆さんでも簡単に私を止めることができるはずです」
会場のどこからか、「ちょっと…?」と呟きが聞こえた。
ちらりと視線を向けると、空港から一緒に移動してきた軍人さんだった。
目が合ったかと思うと、青い顔でサッと視線をそらされた。
え、ちょっとだよね?
頭突きでうっかり金属板凹ませちゃうの、地球人でもあるあるだよね??
あれ???
ま、まぁいいや。
私は軍人さんから視線を外し、改めて会場を見渡す。
皆さん、私の手を見てドン引きである。
…うん、まぁいきなりこんなの見せられたら、言葉を失うよね。
でも、手っ取り早く私の本心を伝える方法をこれ以外に思いつかなかったんだから仕方ない。
こんなことしてるから勇者たちに「これだから戦闘種族は…」とか言われて怒られるんだろうなぁ。
ドン引きする各国の代表たちに私が遠い目をしていると、血相を変えた円華さんが駆け寄ってきた。
「ティアラお嬢様、大丈夫ですか?! 伊達さん! 何をぼさっとしてますの! 早くお医者様を読んでくださいまし!」
「あっはいっ!」
事前にちょっと火傷するかも、とは言っておいたけど心配してくれたようだ。
伊達さんも走って会場を出ていった。
「ティアラお嬢様、これはちょっとの火傷とは言いませんのよ? 後でお話がありますので、覚悟してくださいませ」
「は、はい」
「まったく、綺麗な手に痕が残ったらどうしますの…」
私の手をグイっと引っ張って手際よく応急処置をする円華さんに、背筋を伸ばしながら返事をした。
円華さん、もしかして怒らせると怖いタイプ…?
そのあと、伊達さんが連れてきてくれたお医者さんと医務室で治療を受けた。
とは言っても、簡単な消毒と包帯を巻きなおしたくらいだったけど。
”魔封の戒め”の傷痕には治癒魔法も効かないからね。
清潔にして自然回復を待つのが一番だ。
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私が医務室から会議ホールに戻ると、先ほどドン引きされた微妙な空気は少しマシになっていた。
「ミス・ティアラ…その、申し訳なかった。試すような真似をして。 …手は大丈夫か?」
大きな体を丸めるようにして謝罪してきたのは、先ほど私に問いかけてきた男性だ。
先ほどの意思の強い瞳はどこへやら、ずいぶんしょんぼりしている。
必要だったとはいえ、この人には申し訳ないことをしちゃった。
「どうかお気になさらないでください。 相手に疑念を抱いたままでは交流なんて出来ませんから、私としてもどこかできちんと気持ちを示さなければと思っていたのです。 それに私は身体が丈夫なので、このくらいの火傷は半日もあれば治りますよ! ほら、もう動かしても痛くありません!」
私は相手を気負わせないように、包帯を巻いてもらった手のひらをぐっぱっと握って開いた。
「そ、そうか…」
あれ? 余計おじさんの顔色が悪くなったけど、もしかして対応間違えた?
いや、まぁ気持ちは分かるけども。
自分のせいで女の子にあんなことさせてしまった、となれば私もものすごい罪悪感を感じると思うし。
でも、地球にとって異物である私がどれだけ交流を、”娯楽”を望んでいるのか。
私の本心を知ってもらうには、少し刺激的なくらいでないと伝わらないと思ったんだよね。
でもちょっとやり過ぎただったよね、ごめんなさい…。
周囲の刺すような視線に、気まずそうに身体を丸めるおじさんを見て、私はそう思った。
マーロィやエレクにも、よく「もっと自分の身体を大切にして」って怒られたし、反省しなくちゃ。
おじさんには後で何かお詫びの品を渡そう。
その後は大きなトラブルもなく、会議は終わり、私は二度目の地球訪問での大仕事をやり切った。
これからいよいよ本格的に地球とエムニアの交流が始まる。
用意してもらった高級ホテルの一室で、私はベッドにもぐりながらこれからの交流に思いを馳せる。
まずは異星人の私とエムニアを知ってもらうことから始めなくちゃ。
それから、魔法具をたくさん地球に持ち込んで、馴染みやすそうな音楽とかスポーツとかをエムニアに持ち帰って…
いつかはエムニアにも、アニメやマンガやゲームを持ち込めたらいいな。
そうしたら一日中、アニメ三昧も夢じゃない。
うん、だめだ。
考え出すとワクワクして寝付けなくなっちゃう!
今日は一日緊張しっぱなしだったんだから、ゆっくり休まなくちゃ。
明日からも会議があるって伊達さんが言ってたしね。
もう地球の娯楽はすぐそこだ。
それじゃあ、また明日! おやすみなさーい!
ここまでお読みいただきありがとうございます。
エムニアと地球、双方の交流準備が整ってきました。
次章から、ついに本格的に交流開始です。
…なのですが
実は書き貯めていたお話のストックがなくなってしまいました。
そのため、申し訳ありませんが第三章の投稿は少しお時間をください。
もちろん、更新しないということはないのでご安心を。
むしろ書きたいお話がありすぎて、プロットはどんどん山積みされています。
次章まで期間が空いてしまうかもしれませんが、これからもお付き合いいただけたら嬉しいです!