23 国連でご挨拶
会議ホールは、壇上を中心に扇形に座席が配置されていた。
空席はほとんどなく、多くのスーツ姿の人々が座っている。各国の代表たちだ。
私が会議ホールに入ると、ざわめいていたホール内が静けさに包まれた。
代わりに多くの視線が私に突き刺さる。
「では、続いてエムニア星の特使、天使族の少女、ミス・ティアラからご挨拶を頂きましょう! ミス・ティアラ、どうぞ前へいらしてください」
流暢な英語で私へ視線を向けたのは鶴木総理だった。
さすが一国のトップ。すでに足が震え始めてる私と違い、すごく堂々としてるなぁ。
私はその場でワンピースの裾をつまんで一礼し、転ばないように注意して壇上へと向かった。
こっそり翼で顔を隠し、先ほどからビシビシ突き刺さる視線をさえぎる。スピーチは頑張るので、これくらいは許してね。
「ティアラ嬢、マイクは使いますか?」
小声で確認してくる鶴木首相に小さく首を振る。
伊達さんたちと相談して、私が魔法を目に見える形で示す一つの手段として、今回は敢えてマイクを使わず魔法で拡声することにしたのだ。
私はマイクの設置された壇上ではなく、その前に一歩踏み出しカーテシーをする。
それから、私は小さな声で”声を遠くに届ける魔法”を使った。
指先に灯った光で宙に線を描くと、光はふわりと広がり、黄金色の羽衣のような半透明の帯になる。
私はさらに指を振って、その光の帯をくるりと蝶ネクタイのように首へ巻いた。
よし準備出来た。
一つ深呼吸をしてから、私は身体を覆うように畳んでいた翼をばさりと広げて、勇者一行として旅をしていた頃に習得した「私の考えたさいきょーに可愛い笑顔」を浮かべる。
こういった場面で、笑顔はさいきょーの武器になるのだ。
「Nice to meet you, I'm Tiare Eldnia,Rase of angels. I’m from the planet Emnia. I look forward to working with everyone on Earth.(初めまして、エムニア星から参りました天使族のティアラ・エルディアと申します。地球の皆さま。どうぞよろしくお願いしますね)」
私は覚えたての英語で挨拶をする。
連続するフラッシュの白い光に、突き刺さる多くの視線。
思わず、あまりの緊張に目の端に涙が浮かびかけたけど、がまん、がまん…!
今日までに覚えることのできた英単語も文法もそんなに多くない。
私は覚えた英単語を組み合わせて、言葉が短くなっても気にせず話を続ける。
「異星人の私が何のために地球に来たのか? 侵略に来たのではないか? 不安に思う方もいると伺っています」
会場の人々の中に「誰だ、そんなことを本人に伝えた奴はッ」と言いたそうな顔が見える。
私に伝えた張本人の伊達さんも、日本の代表席の後方でわずかに目を見開いていた。
わざわざ、そんな話に触れると思わなかったのかも。
うん、私もそんな予定はなかった。
というかスピーチの原稿は結局書けていないので、出たとこ勝負である。
自分のことながら無謀だなぁ、と思うけど私にはこれが一番なんだよね。
いつだったか、魔神討伐の旅で立ち寄った都市で、珍しく私が兵士の激励をすることになったので、がんばって原稿を書いたけど、結局緊張で全部忘れて歌って誤魔化したこともあるし。
それなら、私が今思っていることを話そう。
そう考えたのだ。
「ですが、決してそのようなつもりはありません。 私の目的は地球と交流することです。そして地球の素晴らしい娯楽をエムニア星に持ち帰ることです。 …私の住むエムニア星では、魔神と、魔神の生み出す魔物と、長い長い戦いが続いていました。 その戦いは先日、人類の勝利に終わりました。 しかし、その戦いの中で多くのものが失われました。 明日を生きる楽しみ、”娯楽”も、その失われたものの一つです」
各国の代表に目を向けると、ポカンと口を開けている国がちらほら見える。
まぁ、地球人にとって魔物、英語ならデーモンなんてファンタジーの存在だもんね。
「私たちエムニアからは地球にはない”魔法”を。地球からはエムニアにはない”娯楽”を。 私は交流を通じて、地球とエムニア、二つの星にたくさんの笑顔が溢れるような、そんな素敵な交流がしたいと願っています」
私の拙い英語で伝わっただろうか。
いつの間にか、胸の前で祈るように重ねていた両手に力がこもる。
緊張と不安で震えそうになる身体を必死に押さえつけていると、不意に大きな拍手が聞こえた。
顔を上げると、それに続くように各国の代表の中からあちらこちらから拍手が重なり、ホールに響くように大きくなった。
「いやはや、若いのに立派なお嬢さんだ! 常識の異なる異星人との会議がどんなものになるのか、戦々恐々としていたのだが…我々はよい友人になれそうではないか!」
そう言って立ち上がったのは、大柄な身体で身振りの大きい男性だった。
「おっと、自己紹介がまだだったね。私はアメリカ合衆国の大統領アンリ・ユエーズだ。君のような若く立派な異星人を、我々は歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします!」
そう言って、マイクを片手にアメリカ大統領のアンリさんはにかりと笑った。
私もぺこりと頭を下げる。
それから続々と歓迎の言葉を告げる各国の代表たち。
熱のこもった拍手に、歓迎するという言葉が上辺だけでないことが伝わってきて、私は目頭が熱くなった。
歓迎の言葉と拍手が鳴り止むと、先ほど真っ先に声を上げたアメリカ大統領がマイクを手に取った。
「そういえば、前回日本を訪問したときは日本語でスピーチしていたが、今回は英語だったね。それも魔法かい?」
「えぇーと…そうですね、半分は魔法といえるかもしれません」
「魔法というのは便利なのだね。 もしや言葉を翻訳する魔法でもあるのかい?」
う…、やっぱり気になるよね、そこ。
私は日本の代表が座る席にちらりと視線を向けてから、答えた。
「いえ、エムニアにも”翻訳”の魔法というものはなくてですね……。 前回エムニアに帰ったあと、魔法で集中力や記憶力を強化して、がんばって覚えました」
「Wow…」
大統領はマイクを持ったままポカーンと大口を開けて固まってしまった。
魔法といいつつ、やっていることは徹夜のゴリ押しだからね。そんな反応になるよね。
なんだか、日本の代表席あたりから「やっぱりね」と声が聞こえてきそうな生暖かい視線を感じるのは気のせいかな。
…後で噓ついてごめんなさいって謝ろう。
「…もしや、先日の日本語も?」
「はい、自力で覚えました」
う、嘘は言ってないよ?
ただ前世の地球の日本にいた頃に覚えたってだけで。
うん、嘘じゃないからセーフ。そういうことにしよう。
私はコホンと咳払いをして、気持ちを切り替える。
「ですので、まだまだ地球の言語は勉強中です。 ここからは一番最初に覚えた地球の言語、”日本語”でお話させて頂こうと思います」
そう言って私は後ろに控えていた円華さんに目配せをする。
円華さんは頷いて私の隣に並んだ。
「こちらは日本政府からご紹介頂いた、私の通訳をしてくださる円華さんです。 円華さん、よろしくお願いします」
「ティアラお嬢様からご紹介頂きました、メイド兼通訳の深川円華でございます。どうぞお見知りおきくださいませ」
円華さんは英語でそう言うと優雅に一礼した。
相変わらず所作が綺麗でお嬢様みたいだ。
それはそうと円華さん、意地でもメイドは譲らないんだね…。
そのあと、私は円華さんに通訳してもらいながら、今回持ち込んだ魔法具の紹介を始めた。
「それでは、私が今回お持ちしたエムニアの魔法具について、紹介させて頂きます」
私が”魔法”という単語を出すと、会場内のソワソワした雰囲気が加速した。
うんうん、やっぱり魔法と聞いて落ち着いてはいられないよね。
私も焦らされるのは苦手なので、どんどん紹介しちゃおうと思う。
「まずは前回日本にお渡しした魔法具と同じ、”水創造”の魔法具です」
私はそう言いながらペンダントから”水創造”の魔法具を取り出して、会場のスタッフさんが用意してくれていた台に魔法具を並べていく。
その中の一つを手にとって実演する。
「この魔法具は手にとって、このように”水が出る”ことをイメージして握ることで水を生み出すことができます」
そう言って私は薄くイメージをしてサッと細い水色のマラカスみたいな魔法具を振る。
私が強くイメージすると魔力の出力の問題で魔法具が壊れちゃうからね…。
”水創造”の魔法具は無事に起動して、水風船くらいの水玉が宙に漂う。
それを見て歓声があがった。
「おぉ!浮いているぞ!」
「本当に水が出た!」
「これが”水創造”と”浮遊”の魔法か…!」
あ、まずい誤解されてる。
「いえ、この浮いているのは私の魔法です! 本来はこんな風に…あっ」
私が”浮遊”の魔法を解除すると、公園の水飲み場のように水色の魔法具の先端から出ていた水が放物線を描いて豪華な絨毯を濡らした。
やばい、この絨毯、お高いやつでは?!
「す、すみませんっ すぐに乾かします!」
私は慌ててしゃがみ込んで”乾燥”の魔法を使った。
「ティアラお嬢様、こちらのタオルをお使いくださいませ」
焦がさないように調整しながら乾かしていると、横から円華さんがタオルを差し出してくれた。
「あ、ありがとう円華さん!」
いつの間に用意したんだろう?
そんな疑問が頭を過ったけど、今はとにかくシミになる前に乾かさないと!
そんな一幕があったので、場所を中庭に移したものの魔法具の紹介を無事に終えることが出来た。
今回私が持ち込んだ魔法具は、
前回と同じ”水創造”の魔法具を100個
着火に使える小さな火種を生み出す”火種”の魔法具を100個。
イメージした通りの光の幻を生み出す”幻影”の魔法具を50個。
攻撃を意図した現象から持ち主を守る”防壁”の魔法具を40個。
合わせて290個、お値段は250万セレス。
各国の代表とか偉い人ばかりだし、身を守る”防壁”が一番人気かなぁと思っていたら以外と”水創造”の魔法具が人気だった。
「ミス・ティアラ、この魔法具があれば地球の抱えている問題の一つを解決できるかもしれないんだ。本当に本当にありがとう!」
何でも、今の地球では水不足がけっこう深刻な問題らしい。
この魔法具はそれを解決できる可能性を秘めていると、とっても喜ばれた。
次に人気だったのは”幻影”の魔法具。
私としては劇とか演出とか、パフォーマンス以外には使い道はなさそうかなぁと思っていたんだけど、なんとプロジェクター代わりに使えるみたいだ。
「これは…素晴らしいな。 イメージがそのまま出力できるのか。 会議や設計、意見共有の場にはうってつけの魔法具じゃないか! ミス・ティアラ! これはすごいぞ!」
「そ、それは良かったです?」
いえ、すごいのは地球の人の発想力だと思います。
なるほど、そんな使い方もあるんだなぁと私の方が感心してしまった。
そんな感じで魔法具の紹介は大好評だった。
各国での魔法具の配分は、一度国連が預かってそれから改めて会議で決めるらしい。
それもそっか。流石にこの場ですぐに決めて、なんて出来ないもんね。
私が魔法具の積まれた台をスタッフさんをボーっと眺めていると、「魔法具の分配はこちらで決めても良いのか?」と聞かれた。
「えぇ、皆さんで決めてください。 ただ一つ、私からお願いがあるとすれば、どこか一国が独占せずにより多くの人の助けになるような使い方をしてくれたら嬉しいです」
「あぁ、それはもちろんだ」
その言葉に各国の代表も頷きながら、口々に同意していた。
その後ろでバチバチと視線で牽制しあうのが見えた気がするけど、基本的に私はそういった駆け引きに関わるつもりはない。
無責任かも知れないけど、部外者で政治ど素人な私がかかわっても良いことはないと思うし。
まぁ、よっぽど酷かったらコッソリ介入するかもしれないけどね。
もしそんなことがあったら、その時は賢者マーロィと勇者エレクに相談しよう。
あ、あとそうだ。
今後の魔法具の活用方法について、賑やかに話し合っているところへ水を差すのはちょっと気が引けるけど、これは伝えておかないと。
「魔法具について、皆さんにお話しなければならないことがあります」
魔法具の紹介を終えて、会場の中に戻ってきたところで私は話を切り出した。
「今回はあれだけの数の魔法具を用意出来ましたが、次回からは少し難しいかもしれません」
その私の言葉に、会場はシンと静まり視線が私に集中した。
うぅ…、話を聞いてくれる姿勢なのはありがたいけど、人見知りな私にはなかなか刺激が強い。
「それは何故でしょうか?」
そんな中、ぴしりと手を挙げて問いかけてきたのは、日本の鶴木総理だった。
雰囲気を物ともしないその姿勢を私も見習わないとね。
「魔法具は職人が一つ一つ手作業で作成します。そのためどうしても作成に時間がかかるのです。エムニアに戻ったら何か方法を考えてみるつもりですが…」
「ふむ、一品ものということですか。それは確かに時間がかかるでしょうね。 ……もしティアラさんがよろしければ、なのですが。 魔法具の作成方法などを共有していただくことは出来ますか? そうすれば、我々も何かアイデアが出せるかもしれません」
「えと、ごめんなさい。魔法具の作成は星教会の管轄なので、私の一存では決められないんです…。でも地球の方に協力していただくのはいい考えだと思うので、今度エムニアに戻ったら聞いてみますね!」
予算には余裕はあったけど、在庫の問題で仕入れられる魔法具には限度がある。
今回はマーロィのおすすめのお店に行ったあと、ほかの魔法具店も見て回ってあの数を仕入れてきた。
だけど、次回以降はそれも難しいだろう。
魔法具の仕入れや作成について地球の人も一緒に考えてくれるなら、きっといい方法が思いつくはず!
エムニアに帰ったら、まずはマーロィに相談しようかな。
いつもお読みいただきありがとうございます。
複数言語の表現って難しいですね…。