22 国連本部に行こう
国連本部のあるアメリカ、ニューヨーク市のマンハッタン。
そこで開かれる国際会議に出席するため、私は日本の政府専用機に乗り込んだ。
そう、政府専用機。
日本の首相とか、天皇とか、とにかく偉い人が乗る飛行機だ。
昨日の夕食のあと、伊達さんから具体的な移動手段は聞かされていて、「○○空港までは飛行機、そこからは車での移動になります」とは聞いていた。
もしかしたら、政府専用機に乗ることも話していたかもしれないけど、私はお腹いっぱいになって、半分夢の世界に旅立っていたので聞き逃したんだと思う。昔から食事の後は眠くなっちゃうんだよね…。
一緒に飛行機に乗り込んだのは、私の護衛兼通訳をしてくれる円華さんと、伊達さんたち特殊案件対策室のメンバー数人。それからなんと、鶴木総理。
「ティアラさん、今回もよろしくお願いします。 会議でのスピーチ、期待していますよ」
「は、はい! 頑張ります!」
そういって握手を交わした鶴木総理は、機内の前方の扉をくぐり姿を消した。
私はほっと息を吐く。流石にずっと総理と同じ部屋にいるのは一般人の私にはハードルが高い。
私が案内されたのは、中央に置かれたテーブルを囲むように座席が配置された会議室みたいな空間だった。
飛行機の中なのに、けっこう広い。ここなら文字通り羽根を伸ばせそうだ。
「ティアラお嬢様、わたくしたちは後ろの随行員室におりますので、御用があれば座席に備え付けのボタンでお呼びくださいませ」
そういうと円華さんは綺麗に一礼して後ろの扉をくぐっていった。
たぶん、私が飛行機の中でスピーチの練習をしたいと言ったので、気を使ってくれたのだと思う。
今日は朝から円華さんや伊達さんと行動していたので、一人になってなんだかちょっと寂しい。
「…よし、スピーチの原稿を考えましょう」
私は気合を入れ直して、魔法具のペンダントからスマホを取り出すとメモ帳アプリを開いた。
魔法も便利だけど、スマホもやっぱり便利だよね。
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「ふぁぁ……」
円華さんに手をひかれて、大きなあくびをしながら飛行機のタラップを降りる。
フライトの途中、機内の照明が消えて夜の時間があったけど一睡も出来なかった。
国際会議で何を話そうか考えれば考えるほど、頭がこんがらがっちゃって、結局最初の挨拶しか書けてないよ…。
前世から頭を使う作業は苦手だったけど、エムニアに転生して魔法が使えるようになってからはさらに苦手になった気がする。
だって魔法ってイメージしたことをそのまま実現出来るんだよ。
難しいことなんて考えなくても、魔力を込めてやりたいことをイメージすれば完了。
私が深く考えず、その時の気持ちで行動するようになるのも仕方ないと思うんだ。
え、魔法具作りは頭を使わないのかって?
うん、魔法具作りや魔法の術式化はとても頭を使う繊細な作業だね。
だから私がやると粉々に吹き飛ぶね。
私がうつらうつら舟を漕ぎつつ思考を空回りさせていると、円華さんが顔を覗き込んできた。
「…ティアラお嬢様? あまりお休みになれませんでしたか?」
どうやら心配させてしまったみたいだ。
私は小さく首を振って「大丈夫です」と返す。
「…この後は車での移動になります。目的地までは今しばらくお時間がありますので、その間にお休みくださいませ。よろしければわたくしの膝をお貸しいたしますわ」
「え?」
私はパチリと目が覚めた。
今、メイドさんが膝枕してくれるって言った気がする。
あ、でも円華さんは男性が嫌いなんだっけ。
私は前世が男だけどセーフなのかな、アウトなのかな…。
「…もしかして、膝枕にご興味がありますの?」
私が口元に手を当てて考え込んでいると、円華さんが首を傾げた。
……。
うん、私は私のやりたいことをしよう!
決意を新たに私は小さく頭を下げた。
「お、お願いします」
自分の顔が熱くなるのが分かる。たぶん耳まで真っ赤だ。
そんな私を見て円華さんは目を瞬かせた。あれ?さっきのは冗談だったりする…?
「ふふっ、いいですわよ」
…たぶん冗談だったよね、これ。
口元を手のひらで隠し、上品に笑う円華さんを見上げてそんなことを思った。
でも今はそれよりも。
や、やった!メイドさんの膝枕!
メイドさんも膝枕も、フィクションだけにしか存在しないファンタジーじゃなかったんだね!
若干、徹夜テンションが入っている気がするけど気にしない。
こんなチャンスは滅多にないと思うし。
勇者エレクも「チャンスは掴めるときに掴まないとね」って言ってたし!
そんなやりとりをしていると、何やら軍服姿のアメリカ人と話し込んでいた伊達さんが戻ってきた。
「ティアラさん、お待たせしてしまって申し訳ありません。どうやら迎えの車が渋滞に巻き込まれてしまって身動きが取れないようでして。 代わりを手配していただきましたので、参りましょう」
そういって伊達さんが示したのは、如何にもアメリカ車っぽい軍用車両みたいな大きな車だった。
あの中でメイドさんに膝枕を…?
その後、何台かに分かれて私たちは車両に乗り込んだ。
そして私は移動中の社内で、約束通り円華さんに膝枕をして貰った。
向かいの席から伊達さんと軍服の男性の生暖かい視線を感じながら。
嬉しいけど嬉しくない!!
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「ティアラお嬢様、着きましたわ」
そんなカオスな移動中の車内だったけど、やはり眠気には勝てなかった。
優しく髪を撫でる感触をくすぐったく感じながら、重たい瞼をどうにか持ち上げると、頬をツヤツヤさせたにこにこの円華さんと目が合った。
どうやらそのまま円華さんの膝の上で眠ってしまったらしい。
「す、すみません! ふぎゅっ」
私は慌ててばさりと飛び上がり、すぐに頭をぶつけてべしゃりと座席の間に落っこちた。
そうだった、まだ車の中だった。
寝起きは頭が回らないとはいえ、恥ずかしいところを見られちゃった…。
「て、天井が凹んでるだと…」
軍人さん、目を見開いて車の天井と私をまじまじと見比べないでください。
石頭なわけじゃないんです、無意識に魔法で身体を強化してるせいなんです。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫です。天使族は身体が丈夫なので」
心配そうに円華さんが差し伸べてくれた手を掴みつつ身体を起こす。
「頭突きで鋼板を凹ませるとは、異星人は全員これほどタフなのか…」
軍人さんが小さな声で漏らした慄きが車内に響いた。
いたたまれないから声に出すのはやめて…!
そのあと、微妙な空気になりながらも全員で車を降りてビルの正面に移動した。
モノリスようにそびえる巨大なビルに、ずらりと立ち並ぶ世界各国の国旗。
学校の教科書で一度は見たことのある、国連の本部だ。
これからここで各国の代表を前にスピーチすることになると思うと、緊張で身体が固くなる。
スピーチの内容もほぼ白紙だし…。
思わず飛んで逃げたい衝動に駆られるけど、グッとこらえる。
地球と交流すると決めたのは私なんだ。
エムニア星の星神セレス様もマーロィも、お父さんもお母さんも応援してくれている。
地球だって、たくさんの人がエムニアとの交流に期待しているのは知っている。
私は元地球人だ。
ファンタジーの中にしか存在しなかった”魔法”がすぐそこにある。自分にも使えるかもしれない。
その事実にどれだけ胸が高鳴るのか、私は身をもって知っている。
実際、飽きもせず毎日毎日魔力を鍛えて魔法の練習を続けてる。
エムニアには「他に娯楽がない」というのも大きな理由だけど、それだけで毎日続けられるほど私はストイックな人間じゃない。
魔法を使うのが楽しいから続けられてるんだ。
エムニアには地球の”娯楽”を。
地球にはエムニアの”魔法”を。
緊張はある。だけどなんとかなる、なんとかする!
私はゆっくりと歩みを進めた。
「ティアラさん!」
「ティアラお嬢様!」
後ろから伊達さんと円華さんの引き留める声が聞こえる。
大丈夫だよ二人とも、私はやれば出来る子だから!
私は気合を入れ直し、国連本部のビルに足を踏み入れた。
「Please undergo a body check before entering.」
「えっ?」
「Please undergo a body check before entering」
な、なんて? ボデーチェ?
警備員っぽいおじさんに困った顔で止められた。
後ろから早足で追いかけてきた円華さんが教えてくれた。
「ティアラお嬢様、ボディチェックを受けてからでないと入場出来ませんわ」
「Oh…」
~~~
それはそうと、実はボディチェックを受けるのは初めての経験だったりする。
海外旅行先によっては、空港でボディチェックを受けることもあるらしいけど、前世も私は小心者だったのでなんとなく怖くて海外旅行には行ったことがない。
だから、どんな風にされるんだろう?とものすごく緊張したんだけど、どうやらそれは相手も同じだったらしい。
私を引き留めたおじさんに誘導された先にいたのは、見るからに緊張した直立不動の女性警備員だった。軽く押したらそのまま倒れそうなくらいカチコチである。
ボディチェックする側がなんでそんなに緊張するんだろう、と一瞬疑問に思ったけどすぐに気づいた。
そうだよね。 異星人のボディチェックとか緊張するよね。
地球で過ごしていると忘れがちだけど、私は地球人から見ると異星人なのだ。
しかも魔法というファンタジーな力を使う存在。
災害救助で少しは交流のある日本とは違い、アメリカとの交流はこれからだ。
当然、私の人となりなんて分からないし、そのうえ異星人だ。警戒されるのも当然だろう。
それに伊達さんから聞いた話によると、アメリカでは私の地球来訪について賛成派と反対派で意見が真っ二つに別れているそうだ。
賛成派の意見は「交流して一日も早く魔法を使いたい」というファンタジーへ興味津々な人が多数で、反対派の意見は「交流は地球侵略の足掛かりに違いない」が多数。
たしかに、アメリカの映画に出てくる異星人とか宇宙人ってだいたい侵略目的だもんね…。
それから私を信仰する集団なんてものもあるらしい。
天使族という名称と、翼の生えた私の容姿から「私たちを救いにきた天使に違いない!」とか言っているそうだ。
うん、宗教関連には関わらないでおこう!
絶対めんどうなことになる。
なんだか私よりも緊張している人をみたからか、ちょっとは落ち着けた。
私は申し訳なさから英語で「よろしくお願いします」と言ってぺこりと頭を下げる。
それを見て、女性警備員さんは明らかにホッとした様子だった。
「すみません、異星人のボディチェックをするのは初めてですので、少し緊張していたようです。 …エムニア星の天使ティアラ、地球へようこそ。 今回の会議では事前にボディチェックをさせて頂く決まりになっております。かるくお体に触れて確認させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ。よろしくお願いします」
それからはスムーズに受付まで済ませた。
私と円華さんは制服姿のスタッフさんに控え室へ案内される。
伊達さんは会議の準備があるといって、先に会議ホールへ行ってしまった。
30分ほど待ち時間があるらしいので、控え室に置いてあったお菓子を円華さんと頂いた。
ちょっと甘すぎるけど、緊張している今はこれくらいがちょうどいいかも。
円華さんに入れてもらった紅茶でホッと一息ついて緊張を和らげていると、ノックの音が聞こえた。
「はい、どちら様でしょうか?」
円華さんがスッと移動して扉の前に立った。
そうだった、メイド服着てるしお茶とか入れて貰ってたけど円華さんは護衛でもあるんだった。
「日本の特案室の伊達です。そろそろお時間になりますのでお迎えにあがりました」
「は、はい。今行きます!」
私は円華さんと共に各国の代表が集う会議ホールへと向かった。
スピーチ頑張るぞ! 挨拶しか原稿できてないけど!!
円華「そんな原稿(白紙)で大丈夫ですの?」
ティアラ「大丈夫です!(緊張で頭が真っ白になるので)問題ありません!」