20 二度目の地球訪問
その、先に言い訳をさせて欲しい。
今回の転移は前回よりもすごく、すごーく難しかった。
だから転移先がずれたのも、仕方なかったと思うんだ。
私が二度目の地球訪問だ!と気合をいれて”呼び声”の魔法を使うと前回の比ではない数の反応があった。
え、なんで?
不思議に思って首を傾げたけど、私はふと気づいた。
この魔法は私の呼びかけに応えてくれる人を探す魔法だ。私が地球の人に認知されれば、それだけ応えてくれる人も多くなる。非通知の電話は取りたくないけど、知っている相手からの電話なら取ってくれる、とそういうこと。
歓迎されているような気がしてなんだか嬉しいけど、これはちょっと困ったかも…。
反応が多すぎて、私の頭の中には小さな波紋が大量に広がっていた。
うっすら地球の輪郭が見えるのは気のせいかな?
それに加えて、二代目の転移補助魔法具。
省エネ化された代わりに転移座標の補正がなくなったので、その分は私自身のイメージで補わないといけない。
前回が飛行機の上から地上の人間に目薬を指す難易度だとすると、今回は曲芸飛行する戦闘機から満員電車の中の一人に目薬を指すようなもの。
マーロィ、これ難しすぎるんだけど…?
私は遠い目をしつつ長い息を吐いた。
いつまでも”呼び声”の魔法を使い続けるわけにもいかない。これだってそこそこ魔力を使うんだから。
うん、次に強い反応があった場所に転移しよう、そうしよう。
ちょっぴりやけくそ気味になった私は2度目の転移魔法を使った。
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私が転移した先は、世界有数の山脈の中腹にある小さな高原の村だった。
すぐに私は日本じゃないことを察した。
泉のほとりで眠っていた少年は明らかに日本人ではなかったし、遠くに見える雪をかぶった山は前世に世界遺産の特集で見たことある気がしたからだ。
目を覚ました少年に私は覚えたばかりの英語で挨拶したけど伝わらず、私も少年の話す言葉が分からない。
と、とりあえず名前だけでも!と頑張って身振り手振りで自己紹介したら、少年に泣きつかれた。
なにごと??
よく分からないままなだめていると、少年の泣きはらした目や必死な顔がふと前世の妹とかぶって見えた。前世から小さい子のお願いには弱いんだよね…。
ともかくついて行ってみようと少年に手を引かれるままにされていると、石造りの小さな家に案内された。うん、どう見ても日本じゃないねここ。
この後どうしよう…
遠い目をしていると少年にまた手を引かれてベッドの前に。
ベッドに横になっていたのは、たぶん少年の母親だろう。
眉毛の形とかそっくりだ。
少年の母親は、なんだか辛そうに咳をしていたので私は魔法でサッと診察した。
…うん、かなり肺がやられてるね。
なるほど、少年は病気の母親を治療してほしくて私を引っ張ってきたらしい。
私が難しい顔をしていると少年がまた泣きそうになった。
大丈夫、大丈夫!
これでも私は治療に関してはエムニアでも上位に入る使い手だからね!治療師の免許だって持っているし!
お兄さん…いや、今はお姉さんだった。
お姉さんに任せなさい!
私は安心させるように少年の頭を撫でてから、久しぶりに本気の治療魔法、”万能薬”を使った。
如何にもな小瓶を魔法で生成して、少年の母親にふりかける。
効果は抜群で、あっという間に少年の母親は元気になった。
うんうん良かった良かった。
安心していると、ふらりと身体から力が抜けて思わずへたり込む。あれ…?
突然だけど、怪我の治療というのは実はそこまで魔力を消費しない。怪我した部分を健康な状態に戻したり治癒能力を高めたりとか、比較的治すイメージがしやすく魔法を使いやすいからだ。
だけど、病気の治療となると話は別。
病気の場合は治すための共通のイメージというものがなかなか難しい。
毒に侵されているならその毒を取り除けばいいけど、その毒に対抗するために身体が起こした反応、発熱や咳などは同時に癒せない。それに毒の種類によっても対応はいろいろあるし。
だから私はあらゆる病気を治すことが出来る、そんなイメージを魔法にした。
イメージの元にしたのは、ゲームなんかでよくあるどんな状態異常も解除できて怪我も全快でしる”万能薬”。ゲーム終盤まで大切にとっておいて結局使わずにゲームクリアしてしまうことの多い、かけてよし飲んでよしのあの薬だ。私はそれを小瓶ごと生成する魔法を作った。
そんな私の万能治癒魔法、”万能薬”は効果は絶大だけど消費魔力もバカみたいに多い。それこそ”万能薬”を1瓶生成するなら、台風を吹き飛ばす方が何倍も簡単だったりする。
それでもマーロィには「効果と消費魔力の釣り合わない理不尽な魔法」とぶつぶつ文句を言われたっけ。
魔力量が自慢の私も、魔力を大量に消費する転移を使った直後にそんな”万能薬”を生成すれば流石に魔力が底をつく。今回は座標補正も自前の魔力でやったしね。
あー、この感覚は魔力欠乏だ。随分久しぶりだなぁ、なんて思いながら私は気を失った。
目が覚めたら朝になっていて知らない天井が視界に入った。
うん、めちゃくちゃ焦ったよね。
『これからそちらに向かいますので、よろしくお願いします!』
なんて、特殊案件対策室の伊達さんに預けてある受信用の”ティアぬい”宛てにメッセージを送っておいて、到着してから丸1日も音信不通。や、やばい。
少年の家で朝食をもらって、挨拶もそこそこに私は慌てて村を飛び立った。
飛びながら改めて”ティアぬい”に謝罪と遅れることをメッセージで送る。
それから”隠蔽”と”身体強化”の魔法を重ね掛けして超音速で日本へ向けて飛んだ。たぶんマッハ2とか3とか出てるかも。これ以上の速度も出せるけど、姿を完全には隠せなくなるし周囲への影響が大きい。流石に海を割りながら進むわけにはいかないからね。
私は周りに迷惑をかけないギリギリの全力で飛んだ。急げ急げ!
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そんなこんなで超音速で飛行すること数時間、私は東京の上空に到着した。
ここまで来れば大丈夫かな。
翼を広げて減速しつつ、”隠蔽”と”身体強化”の魔法を解く。
周囲からは急に私が現れたように見えるだろう。
今回は直接、国会議事堂の近くに降りる。
私が再び地球にきたことを分かりやすくアピールするため、前回伊達さんたちと相談して決めたことだ。
「再びお会いできて嬉しく思います、ティアラさん」
「遅れてしまってすみませんっ! こちらこそ、またお会いできて嬉しいです。今回もよろしくお願いします!」
すでに記者会見の会場のセッティングを終えて、会場の裏手で私を待っていた特殊案件対策室の伊達さんと握手を交わす。遅刻したこともちゃんと謝らないとね。
「いえいえ、驚きはしましたが転移先がずれる可能性があることは事前に伺っておりましたので…。それよりも着いて早々ですが、記者会見への出席は大丈夫そうですか? 実は記者の方々には朝からお待ちいただいてまして」
「は、はい! 私が遅れてしまったのが悪いのでそれは大丈夫です!」
ぺこぺこと私は平謝りをする。
空から見えたけど、あんな人数の記者を数時間も待たせてると思うと嫌な汗が出てくるよ…。
伊達さんもいえいえと手を振るので、しばらくいえいえ合戦になってしまった。
気を取り直して、記者会見。
急いで飛んできた影響でバサバサに乱れた髪や服装をスタッフさんに整えてもらう。
こうしていると、何だか芸能人になったみたいで不思議な気分で、ちょっとこそばゆい。
スタッフさんから「会場入りお願いしまーす」と声を掛けられたので、「はーい!」と返事をして私は深呼吸をした。
「よし!」
ばさりと翼を広げて飛び立ち会場を上から確認すると、壇上では鶴木首相が演説していた。
忙しいはずなのに場を繋いでいてくれたのかな。
「それでは、再び日本に訪問されたエムニア星の天使、ティアラさんにご挨拶頂きましょう!」
紹介の言葉に合わせて、私はふわりと着地する。
マイクのある壇上から少し離れているので、今回は声に魔力をのせることで会場全体に声を届ける。私は遅刻したことを頭から追い出して、お澄まし顔で挨拶した。
「ご招待頂きましたエムニア星の天使族、ティアラ・エルディアです。再び皆さまにお会いできて嬉しく思います! これからも度々、地球に訪れることになると思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
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会見では私の遅刻についての質問はなくて、ほっとした。
遅刻したのは全面的に私が悪いので、聞かれたら平謝りするしかなかったからね…。
記者会見の反応はけっこう好意的だったように思う。
会場の外には「天使ティアラ、日本へようこそ!」と書かれた横断幕も見えて、ちょっと恥ずかしかったけど、歓迎されているんだと思えてうれしかった。
気になったところと言えば、前回と違い世界中の記者が参加していたことかな。
そのせいなのか、ちらちらと胸や太ももに視線を感じた。まぁ、人数も前回の何倍もいたから多少そういうこともあるのだと思う。
私が肩出しやスカートの片側に大きなスリットの入った露出の多い服を着てることも悪いのかも知れないけどね。
前世でもよく「女性は視線に敏感」とか耳にしたけど、男性の視線って分かりやすいんだなぁ。
元男として気持ちは分かるから、そこまでとやかく言わないけどね。流石にガン見してきたら魔法で目くらましくらいはするかもしれないけど。
記者会見の後、私は滞在場所として用意して貰ったホテルに移動した。
移動に使ったのは、中がとても広くてソファもついている車だ。伊達さんに聞くと、前回私が翼を広げられず窮屈そうにしていたのでスペースの広い車を準備してくれたらしい。ありがとう伊達さん!
宿泊先は大きさはそれほどではないけど、高級そうなホテルだった。
ロビーにシャンデリアに照らされた小さな噴水があったり、前世も今世も庶民な私は何だか場違いな気がしてソワソワする。
「ティアラさん、お待たせしました。こちらについてきて下さい」
「は、はい!」
ホテルのスタッフさんと話をしていた伊達さんが戻ってきた。
十人以上が余裕で乗れそうな大きなエレベーターで最上階に向かう。
「こちらが日本に滞在する間、使用して頂く部屋になります。それからこちらがルームキーです」
「ありがとうございます」
「と、言っても移動中にお話したように明日の早朝にはアメリカに移動することになりますが…」
「うぐっ。…遅れてしまってほんとにすみません…」
「あぁ、いえ責めているわけではないんです。むしろ予定を勝手に詰め込んでしまって申し訳ありません」
いえいえこちらこそ、としばらく頭を下げあってから私は部屋に入った。
夕食の後は、地球に滞在する間私の護衛兼通訳をしてくれる人との顔合わせがあるらしいけど、今はゆっくり休もう。
「いや、広すぎません?この部屋」
私が案内された部屋はホテルというより、マンションのようだった。
壁がそのままディスプレイかと思うくらい大きなテレビのあるリビングのような部屋に、これまた巨大なベッドのある寝室、バスルームもどこの豪邸なのって思うくらい大きかった。
…というか、寝室が二つあるんだけど?
こっちの部屋は高級感はあるもののベッドも普通サイズでテレビも普通サイズ、なぜか専用のバスルームにトイレもついてるけど、他の部屋はよりはふつうっぽい感じがする。
「うん、こっちにしましょう」
庶民な私は豪華すぎる部屋ではくつろぐどころか、逆に気疲れしそうだったのでシングルサイズのベッドにボフンと飛び込んだ。声を掛けてくれるらしいし夕食までちょっとだけ寝よう。
基本的に人見知りでコミュ力の低い私にとって、大勢の前で話さないといけない会見は短時間でもそれはもう体力を消耗する。ドラゴンと戦うほうがまだ楽だと思う。
私はふかふかのベッドにうつ伏せに寝転んで、うつらうつらとやってくる眠気に任せて意識を手放した。
おやすみなさーい。
いつもお読みいただきありがとうございます。