18 Side:地球 対異星人会議
地球サイドのお話です。
ティアラが地球を発ってから5日後。
国連本部のあるニューヨークに各国の首脳が集まっていた。
人類史上初となる「異星人との接触」という議題について話し合いをするため、日本の主導で急ピッチで国連の総会の開催準備が進められたのだ。
通信技術の発達により地球の反対側でもほとんど遅延なく通話できるようになった現代では、会議といえばオンライン会議が主流になっている。それは国連の会議でも同じだった。重要度の低い議題や逆に緊急で話し合う必要がある場合などは、国連の総会もオンラインで開催されることがほとんどであった。
そんな中、今回は招集から開催まで5日という異例の早さであったにも関わらず、総会の出席国はその8割が現地参加となっていた。それぞれの国家がどれだけ「異星人との接触」というSF染みた出来事を重く見ているのかを示していた。
ある国家は異星人のもたらす未知の技術への関心、ある国家は自国に与える影響を、またある国家は他国に与える影響を……各国はそれぞれの思惑を抱えて会議に臨んでいた。
この会議が、今後の世界情勢へ与える影響は大きい。
少なくともその変化の始まりになるだろう、と誰もが考えていた。
そんないつも以上に緊張感の高まった総会を行う巨大な会議ホールの中央、壇上に上がったのは主催国の日本の首相、鶴木だった。
白い老木を思わせる壮年の男だが、しかしその足取りは確かでまだまだ現役であることを伺わせる。鶴木は人の好さそうな笑みを浮かべた。
「皆さま、今日は急な招集にも関わらずお集まりいただきありがとうございます。お忙しい皆様にこうして時間を作っていただき、さらには現地まで足を運んで頂いたこと、誠に感謝申し上げます。ですが今回の議題でもある”異星人との接触”とそれがもたらす未知の技術、皆さまに現地まで足を運んで頂いたことを後悔させることはないでしょう」
落ち着いたよく通る声で話す鶴木。その最中、ロースア連邦の代表がマイクのスイッチを入れた。
「ミスター鶴木。時間が惜しい、本題を」
鶴木とは対称的に鍛えられた肉体を仕立ての良いスーツに詰め込んだ大きな男は、ロースア連邦の大統領であった。がしりとした腕を組み、鋭い眼光を鶴木に向ける。
「そんなに急ぐ必要はないだろう。情報によると異星人の再訪まで時間はあるそうではないか。しっかり話を聞いて議論すべきではないかね?」
「ハッ! 事前に話はすんでいると。日本は相変わらずアメリカと仲のよろしいことだ。貴国もそろそろ我が国にもそのフレンドリーさを向けてもいいのではないか?」
「私はそうしても構わないのだがね 貴国の十数年前の行いを考えれば、アメリカ国民は許さないだろう」
大げさに肩をすくめるアメリカ大統領。
その相手を挑発するようなリアクションに、しかしロースア連邦の大統領がグッと拳を握り俯いた。
「……私はあの男とは違う。国民を凍えさせるわけにはいかないのだ」
「そう願いたいな」
ロースア連邦は十数前に起こった戦争の責任を世界中から問われ、今も世界中からさまざまな規制を受けている。国連の総会に出席できるようになったのもここ数年のことだった。世界の国々からすれば、大統領が変わってもまだその記憶は色褪せておらず油断することは出来ない。各国が規制の手を緩めることが出来なかった。
重い沈黙が会議室に広がる。
「……地球人同士でいがみ合う時代は、もう終わりにしなければならないのかも知れません」
そんな空気を洗い流すように鶴木は静かな声で述べた。
「これからお話するのは、先日我々が対話した異星人。エムニアという星を飛び出し、地球と交流したいと願う一人の少女の話です」
そうして鶴木は語りだす。
異星人が日本に現れたこと。その異星人と対話したこと。その異星人、ティアラと名乗った天使の少女を通じてエムニア星と交流することになったこと。
まるでSF映画の冒頭のような、どこか好奇心をくすぐる話ぶりに各国の首脳は聞き入った。
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「まるでSF映画そのものだな。いや、ジャパニーズアニメといった方が近いか?」
「いや全く、私も実際に彼女と会話するまで同じ感想でしたよ」
長い語りの後、各国の首脳は思い思いに考えを巡らせていた。
異星人、いや天使族のティアラと名乗る少女の求めるものは「地球の娯楽」だそうだ。
対価は彼女の住む星、エムニアの魔法技術で作られた「魔法具」。
個人の趣味趣向によって好みのわかれる娯楽に価値をつけるのは難しい。
民族的な音楽がいいのか? それとも流行りの曲か?
スポーツなら世界大会が開かれるようなメジャーなものか? はたまたある国の中だけで楽しまれるマイナーなものか。最近はeスポーツと呼ばれるゲームを競技として行う運動をしないスポーツもある。
外見は背中から翼が生えていること以外は地球人とあまり変わらないというが、身体能力はどうか。それによってはスポーツとして成り立たない可能性だってある。
対価として提示されている「魔法具」についても、その価値を決めるのは難しい。
何せ”魔法”という空想やフィクションの中にしか存在しない技術の産物だ。まさしく存在そのものが未知数と言えるだろう。
各国の首脳が補佐官とそれぞれ小声で話し合う中、一人の男が手を挙げた。
「よろしいか」
「えぇ、どうぞ」
では、といって立ち上がるふくよかな壮年の男性は、ユーラシア大陸の東の大国「唐華」の主席だ。
「先ほどの話では触れられなかったので、伺いたいのだが。なぜその異星人、ティアラ嬢は地球で初めて訪れる国に日本を選んだのか?」
最もな質問だった。
日本の首相、鶴木はこの話題に敢えて触れずにいた。
聞かれないなら答えるつもりはなかった。そんなことはおくびにも出さず、落ち着いた笑みで壇上に手をつく。
「そのことですが、ティアラ嬢曰く今回の転移先が日本になったのは偶然とのことです」
ほう、と大げさに眉をあげる唐華の主席。
「あくまで偶然、日本に降り立ったと。それは本当ですかな?」
「少なくとも彼女はそう言っておりました。地球へ転移したところ、そこが日本だったと。それと彼女は『一度訪れた場所であれば、次はある程度の場所の指定が出来る』とも言っていました」
「それは朗報だ。次はぜひ我が国に招待したいところだ」
食いつきをみせる唐華の主席に、各国は渋い顔をする。
どの国も異星人のもたらす未知の技術は欲しい。だがそれをこの場で言い出せば、収拾がつかなくなることは目に見えていた。だからこそ互いに牽制していたところに、敢えて空気を読まずに唐華の主席は動いたのだ。
かの国は数年前の経済危機から脱したばかりだ。その落ち込み気味の経済を活気づける起爆剤を求めていることは周知の事実だが、それでもここまで露骨に動くとは誰も想定していなかった。警戒されても構わない、という意思表示だと各国は受け取った。
そんな唐華主席の発言に、アメリカ大統領が反論する。
「まぁまぁ唐華の主席殿、そう焦らずに。各国への招待は交流が進めばいずれ叶うだろう。まずは国連本部のあるニューヨークに招待すべきだと私は考えるがね」
唐華の主席は胡乱な瞳をアメリカ大統領に向ける。
彼も自国へ招待したいと言っているのと同じだ。しかし、国連本部に招くという案は彼の国の大統領が述べた点を除けば筋が通っている。
それが分かっていたからこそ唐華の主席は先に動いたのだ。
彼は「それはいい考えだ」とにこやかに笑顔を浮かべ内心で舌打ちを漏らした。
国を代表する者たちの間に、じっとりとした牽制しあう視線が飛び交う。
「ティアラ嬢は、次回も日本に来るつもりだと伺っております」
そんな雰囲気を物ともせず、しれっと日本の鶴木首相は言った。
人好きのする笑顔を浮かべているが、それは顔だけだ。苦虫を嚙み潰したように顔をしかめたロースア連邦の大統領が荒々しく言う。
「また貴国か。日本はすでに交易品のサンプルとして”魔法具”とやらを受け取っていると聞いているが? まさか技術を独占するつもりではあるまいな」
「そんなまさか! 本日お集まり頂いたのはその話もあるのですよ」
飄々とそう言ってのけた鶴木は、同行していた補佐官、特殊案件対策室の伊達に目配せをする。
伊達は頷くと鶴木の隣までワゴン車を押していった。
「エムニア星からきた異星人、天使族のティアラ嬢は娯楽を求めてこの星に訪れたと言いました。そしてその対価として彼女から提示されたものがこちらです。皆さん映像ではすでにご覧になっているでしょうが、実物も見ておいた方が良いかと思いまして本日は持参いたしました。 …では伊達くん、頼めるかね?」
「お任せください、総理」
鶴木から指示を受けた伊達はワゴン車の上から一つの魔法具を手にとる。
マラカスを細長く引き伸ばしたような形状のそれの先端を、ぽんと軽い調子で自分の身体にあてた。
瞬間、伊達の身体を金色の光が包み込み、トンを軽く地面を蹴るとそのまま浮かび上がった。
「おぉっ!!」「本物の魔法かッ?!」「素晴らしいっ!!」
各国の代表も思わずその場で席を立つ。
ふわふわと会議室の床から1mくらいの高さを浮かび自在に移動して見せる伊達の姿に興奮して、思わず駆け寄ろうとした国もあったが、護衛が慌てて止めていた。
魔法具を振り、前後左右にそれから上昇下降と自在に空中を移動して見せるスーツ姿の伊達。
それを凝視する各国の代表たち。何とも奇妙な絵面だったがそれを茶化すような者はなく、みな少年のように目を輝かせて魔法に見入っていた。
しばらく続けると伊達はゆっくりと床に着地した。魔法具をワゴン車に置き、一礼して離れる。
「それでは皆さま、何かご質問があれば私に答えられるものであれはお答えいたしますよ」
鶴木首相がそう言うと、各国の代表はこぞって質問をした。
「その魔法具の効果は何でしょうか」
「ティアラ嬢がいうには”浮遊”の魔法を込めた魔法具だそうです。魔法具で指定した対象を宙に浮かせる効果を持ちます」
ある国は魔法の効果を問い。
「魔法具の種類は他にはないのですか?」
「もう一つ、”水創造”の魔法具があります。こちらは魔法で水を生み出す魔法具です。ティアラ嬢の話では空気中の水蒸気から水を生み出しているわけではなく、魔力から水を生み出しているそうです」
「つまり、宇宙空間などでも水を生み出せると?」
「確認しなければ分かりませんが、恐らくはそうでしょう」
ある国は他の魔法具について質問した。
「魔法具の数は?」
「今回サンプルとして受け取ったのは、”浮遊”の魔法具が12個、”水創造”の魔法具が3個です。それぞれ1個ずつは我が国の研究機関に預けてありますので、本日お持ちしたのは”浮遊”の魔法具が11個、”水創造”の魔法具が2個ですね。こちらは国連で管理すべきかと考えております」
「ハッ! 自国の分を先に確保しておいてよく言う」
「ティアラ嬢から我が国が頂いた物ですからね。彼女の了承を得ず、全てを別の場所に預けるのは不義理になるかと思いまして」
苛立ち混じりの質問も鶴木首相は柳に風とばかりに笑みを浮かべて受け流した。
そんな風に魔法具についての質問が飛び交う中、静かに手を挙げた英国の女性首相が鶴木に問うた。
「ミスター鶴木、貴方は本当に異星人と交流できるとお考えですか? 住む星も、文化も、技術も、常識すらも私たち地球人と異なる者たちと、本当に交流できると?」
優し気な瞳に強い意思を宿した女傑の言葉に、鶴木は静かに頷いた。
「えぇ、彼女は自然災害に見舞われた日本の国民の救助に尽力してくださいました。命を尊ぶ。その点において彼女は我々と同じ価値観を持っています。故に交流を持てば必ず分かり合える。私は彼女を信じることにいたしました」
あくまで温和な表情は崩さないが、スッと目を細めた鶴木の言葉には確かな熱があった。
英国の首相はそれを聞いて、ゆっくり頷く。
「…そうですわね。まずは相手を信じなければ会話すら出来ませんわ」
「まったく、お人好しな日本らしい判断だな」
憎まれ口を叩くようにそう言ったロースア連邦の大統領だったが、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。彼も自国を思うとついつい気持ちが逸ってしまうだけで、悪い男ではないのだ。
各国の思惑はそれぞれだが、それでも異星人の天使ティアラとの接触は、閉塞感に覆われた今の地球をより良い方向へと進める希望になるだろうと期待していた。
少し和んだ雰囲気の中、アメリカ大統領が鶴木に確認した。
「それでミスター鶴木、ティアラ嬢の次回来訪はいつ頃になるのかね?」
ここで初めて鶴木が表情を崩した。わずかに目線を逸らして申し訳なさそうな顔をする。
「5日後です」
「……今、なんと」
「前回、彼女が地球を発った日から数えて10日後。つまり早くてあと5日で彼女が来訪します」
「い、5日後?!」
「それはまた……なんとも急なことだ」
「ミスター鶴木、なぜ早く言わなかった!」
「ミス・ティアラ、案外せっかちなのかしら?」
せっかくの和やかな雰囲気が一瞬で霧散した。
いち早く立ち直ったアメリカ大統領が提案する。
「ひとまず、彼女本人と話をしてみたい。次回の来訪時に国連に招待して話を聞くというのはどうかね?」
「えぇ、私もそう考えています。彼女に確認が必要ですが、恐らく了承していただけるでしょう」
そう言った鶴木は一度言葉を切って、各国の代表を見渡した。
笑みは浮かべているが、その表情からは先ほどとは異なる威圧感を感じた。
「ですが最初にお話した通り、彼女はまだ18歳の少女です。どうかその点だけはお忘れなく、節度ある対応をお願いします」
「分かっている、少女を泣かせるような悪い大人はこの総会にはいないさ」
アメリカ大統領の脅しともジョークとも取れる発言に、場は笑いに包まれた。
そんな一幕を挟みながら、ティアラの次回訪問での予定の一つは決まった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回、もう一話地球サイドの話を挟んでティアラ視点に戻ります。