16 資金を作ろう
マーロィの家を訪れてから数日後。
英語の勉強に飽きた…ではなく用事があった私はマーロィを連れて地方の星教会支部に来ていた。
「こんにちは。魔物狩りの依頼など、何かお困りのことはありませんか?」
私は受付で書類の整理をしていた職員に声を掛けた。
ちなみに、星教会というのは星神セレス様を崇めるエムニア唯一の宗教「星教」の宗教施設だ。
教育や治療・簡易的な裁判など、中世ヨーロッパの教会と同じような役割を持っている。
違うところとしては、ファンタジー定番の冒険者ギルドのような魔物関連の仕事も一手に引き受けていることかな。だからほぼ全ての集落には教会が必ず一つはある。
ここはそんな星教会支部の一つで、魔神討伐の旅をしていた頃に立ち寄ったことがある場所だ。
「ティアラ様、お久しぶりです! それに賢者様も! 今日はお二人で見回りでしょうか?」
「えーと、はい。そんなところです」
「……だいたいそう」
私があいまいな笑みで誤魔化すと、無愛想ながらマーロィも合わせてくれた。
今日は地球との交易品の購入資金を用意するため、つまりは金策のため魔物狩りに来たのだ。教会支部の美味しい依頼はたいてい危険な魔物なので、そういう意味では見回りといえないこともないはず。だからそんなジトっとした疑いの眼差しで見るのはやめて、マーロィ。
「それでどうでしょう? 魔物狩りの依頼はありますか?」
私が問いかけると、職員さんは依頼書をまとめた紙束をめくりながら答える。
「うーん…、ティアラ様にお願いするような難しい討伐依頼はないですね。最近は強力な魔物があらわれることもなくて、この町もいたって平和なんです。 これも勇者様方が魔神を討伐されたおかげですね! 出たとしてもこの町の見習い魔狩人でも倒せる程度なので、ティアラ様たちのお手を煩わせるような依頼ではありませんよ!」
そうだそうだ、と遠巻きにこちらの様子を伺っていた地元の魔狩人が声を上げた。
「それは喜ばしいことですね」
にこりと微笑みつつ落胆する。
実は、すでに他の目ぼしい地方の町は確認して回っていて、ここが最後の候補だったんだよね。分かってはいたけど美味しい依頼はどこにもないかぁ。
魔神討伐の旅の間、思いついたカッコいい魔法の試し撃ちをするために手ごたえのある魔物は見つけ次第倒してしまったので、強力な魔物が残っていないのは当然なんだけど。
今さらだけどエムニアの魔物は、元は魔神が0から作り出した魔力で出来た怪物なので(種族として根付いた魔物は例外として)ふつうの魔物は倒すと核を残して塵のように消える。だから前世が日本人で生き物の命を奪うことに強い忌避感を覚える私でも、魔物はあまり抵抗なく倒せてしまう。この世界、魔物が倒せないと町から町への移動もままならないので、その点は本当に助かった。
そんなファンタジー仕様なので「魔物を倒して金策しよう」なんてゲームみたいな発想もエムニアでは一般的だったりする。それこそ、魔神討伐前は魔物狩りだけで生計が立てられるくらいだった。
だから今回も魔物狩りで資金集めしようと思っていたんだけど、当てが外れてしまった。
一応、そこまで強くないコボルトやウルフなんかの魔物はたまに出るみたいだった。だけど、ただで少ない魔狩人の獲物を横取りするわけにはいかない。
職員さんに挨拶と近況の確認だけして、手ぶらで教会支部を後にする。
うーん、どうしよう。
マーロィだったら魔法具を作って売ったりできるし、ガドーなら戦鬼の二つ名と外見に似合わない料理上手を活かして屋台でも出せば一儲け出来るだろう。
私は魔法以外にあんまり特技がないので、こういうときに金策できる手段がなくて困る。
勇者エレク?
あのイケメンは器用でだいたい何でも出来るので金策には困らないと思う。
今ごろ、スローライフしながら農作物でも育てて近くの商店とかに卸してそうだ。
手っ取り早いのはお金を借りることだけど、地球との交流は私がやりたくてやることなんだからまずは自力でなんとかしたい。借金は最終手段だ。
悩みながら歩いているとマーロィがくいくいと私のスカートを引いた。
引かれた拍子にスリットから生足が覗き、教会支部を出てから遠巻きに私たちを見ていた地元の魔狩人から歓声があがる。
「ひゅーッ! ねーちゃん清楚ななりして大胆な服きてるなぁ!」
……マーロィ? 身長差で丁度目の前にスカートがくるからって、それはさすがにやめてね?
前世は男といっても、十数年も女の子として生活していれば私だって流石に恥じらいくらい覚える。
私は足を止めてマーロィを振り返った。
「マーロィ、どうかしましたか?」
「金策で悩んでる?」
「えぇ、まぁそうですね。…それとそろそろスカートから手を放してくださいね?」
「ちょうどいいところにあったから、つい。…ごめん」
やっぱり無意識だったのかマーロィはパッと手を放した。
私も別にこんなことで怒る気はないので「気にしていませんよ」と返す。
スカートを手で押さえ、失礼な声を上げた人に視線を細める。びくりと肩を跳ねさせて走り去っていった。…魔狩人はお調子者が多くて困る。
それから私はマーロィに向き直った。
「それでマーロィは何かいい案があるのですか?」
「ん、ティアラが歌唱会を開けばいい」
「え」
「旅の間もたまにしてた。町の人がたくさん集まって魔物狩りの依頼より稼いでいたこともあったはず」
確かに、旅の途中で立ち寄った町で教会支部の人にお願いされて、教会の講堂とかで大勢の前で歌うことはあった。でもあれは歌唱会とは言いつつ、実際は魔法歌による軽い怪我の治療や魔物の脅威に脅える人々を元気づけるための儀式的な側面が大きかったと思う。
それに私は人前に立つのは苦手だし、歌だって前世はカラオケでせいぜい80点が取れるくらいだ。母親譲りのソプラノな声質に関しては、ちょっぴり自信があるけどね。
「でも地球から帰ってきてからよく鼻歌歌ってた。…歌うの嫌いなわけではないでしょ?」
「それは、そうですけど」
「なら、やってみたらいいと思う。どうせ金策の当てもないんだし」
確かに、資金集めは次の地球訪問までという期限がある。あまりのんびりしている暇はないし、お金が勝手に増えるわけでもない。当てもない今、マーロィのいうように歌唱会を開くのはアリかもしれない。
…あとは私の羞恥心の問題かな。
私は自分の中のやりたいことと羞恥心を天秤にかける。
「…やりましょうか、歌唱会」
少しの沈黙のあと、私がそういうとマーロィはわずかに目を見開いた。
自分で言い出しておいて、私が乗ってくるとは思っていなかったらしい
「いいの?」
「えぇ、それにいい機会かもしれないと思いまして」
歌唱会で地球の歌を歌えば観客の反応も見れるし、これから広める予定の地球の娯楽が受け入れてもらいやすくなるかも知れない。
私は、これもいつかエムニアに地球の娯楽を広めるためだと、自分に言い聞かせて歌唱会を開くことにした。
そうと決まれば、お客さんを集めるためにそれなりに大きい都市に行かないと。会場の準備だって必要だ。ひとまず教会の伝手を使うのが早いかな。
「マーロィ、付き合ってもらいますよ?」
「ん、もちろんそのつもり」
私はマーロィと共に空へと飛び上がった。
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私とマーロィが歌唱会を開くために訪れた都市は、交易都市と呼ばれる場所だ。
その都市は、大神殿のある首都と広大な穀倉地帯を抱える都市を結ぶ街道の途中にあり、”交易都市”と呼ばれている。人と物の流通が盛んで、門から見える通りには多くの商人が立派な店を構えている。
流石に都市の中を飛んで移動すると目立つので、門から入って歩いて移動する。
魔法都市なら、飛んでいる人や物が多いので誰も気にしないんだけどね。
魔法のあるエムニアでも、空を飛んで移動するのは私たち天使族みたいに生まれつき飛行能力を持つ種族か、マーロィみたいな魔法の使い手だけだ。あとは”浮遊”の魔法具を日常的に使えるお金持ちくらいだろうか。
…なにげに”世界を渡る魔法”の補助魔法具に使った”浮遊”系の魔法具って高かったんだよね。特大サイズの魔石があまりに高額で当時は金銭感覚がマヒしていたけど。あれを交易品のサンプルに渡したのはまずかったかも…。
考え事をしながら歩いていると、目的地の星教会の支部にはすぐに着いた。
大きな都市だけあって、ここの支部は建物が大きい。
この支部は都市を治める星教会の幹部の意向で、行政関連の窓口も全てこの建物に収まっている。
何でも、施設をあちこちに作るくらいなら一か所にまとめた方が管理しやすいとか何とか。
だから治療を受けに来る人や、行政の手続きに来る人、教会にお祈りに来る人などでいつもごった返している。流石にそんなところに正面から入ったりしない。
これでも私やマーロィは、勇者一行として勇者本人には及ばないもののエムニアではそれなりに有名人なのだ。人の少ない地方の支部ならともかく、ここのような大きな支部に正面から入るとそれはもう面倒なことになる。過去に何度もやらかしているので間違いない。
私とマーロィは”路傍の石”の魔法をかけ直してさらに存在感を薄くする。
本当は”隠蔽”という完全に姿を隠す魔法もあるんだけど、都市内での使用は禁じられているから許可なく使うと騎士が飛んでくるんだよね…。
私たちは、コソコソと教会支部の裏口へと向かった。
裏口から入った私たちは近くを通りかかったシスターに声をかけて、支部長さんか副支部長さんクラスの偉い人に取り次いで貰う。こういう時は細かいことを説明しなくても顔パスで進められるから有名人は便利だ。普段から様づけで呼ばれるのは少し窮屈だけどね。
人気のない小さな講堂でマーロィと二人、静かに待っていると白髪の立派な服をきた壮年の男性がやってきた。服の柄から見て支部長さんだろう。
「これはこれはティアラ様、褒賞式典以来ですかな? 相変わらずお美しい佇まいだ。 それに賢者マーロィ様も。魔法協会の賢者である貴方様が教会にいらっしゃるとはまた珍しいですな」
「お久しぶりです、支部長さん」
「ん、私はティアラの付き添い。用があるのはティアラ」
マーロィはそう言うと、手元の本に視線を落とした。
相変わらずの無愛想さに、私は支部長さんに小さく頭を下げながら苦笑する。
「それでシスターから伺いましたが、ティアラ様のご用とは何でしょうか?」
「えぇと、その……急遽入り用になりまして資金を用意したいのです」
「ふむ、ティアラ様にはいつも多額の寄付を頂いておりますからな。ある程度の額であればご用意出来ますが」
「いえ! そのお金を借りたいわけではなくてですね」
「ほう?」
自分の歌唱会を開いて、その席代や入場料を資金に充てたい。
言葉にすれば、そうなんだけどそれを自分で言うの、思ったよりも恥ずかしいんだけど!
まるで私がすごくナルシストみたいになる!
助けを求めてマーロィに視線を向けるも、こちらの視線に気づいているだろうに、自分のことは自分でやれと言わんばかりに目線を本に固定したままだ。本当に付き添いだけのつもりらしい。
私は恥ずかしさと奮闘しながら、支部長さんに歌唱会の提案をした。
「ティアラ様の歌唱会ですか! えぇ、えぇ、構いませんとも! むしろこちらからお願いしたいくらいですな」
「ほ、本当ですか?! ありがとうございます!」
ひとまず、良い返事がもらえて良かった。
私は胸に手を当ててほっと一息つく。恥ずかしかったぁ…。
「しかし、ティアラ様は歌唱会などの催し物は苦手と思っておりましたが…」
呟くように漏らした支部長さんの言葉はその通りだ。
「……そうですね、人前に立つことを求められる催し物は苦手です」
「では今回はどうしてですかな?」
「苦手でも、私のやりたいことに必要なら頑張ってみようと思ったのです」
私の言葉に支部長さんは優しく目を細めた。
「…ティアラ様は本心からやりたいことが見つかったのですな」
「えぇ」
私は大きく頷いた。
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告知期間を3日設けて、今日は歌唱会の当日だ。
交易都市にある、日本でいう市民ホール的な施設を借りて歌唱会を行うことになった。
なんとびっくりこの半球状の会場は1000人もの観客を入れることが出来るらしい。地下ライブくらいの想像をしていた私はすでに腰が引けている。
ここまでの人数を前に立つのは、今世でも数回目だ。
むしろ経験があるのかとツッコまれそうだけど、大規模作戦前の激励などで勇者たちと一緒に立ったことがある。ただその時は演説する勇者の横で天使の微笑みを浮かべて文字通り立っていただけだ。
今回は私一人で立つことになるので、誰にも頼ることができない。
そう思うと緊張で目はチカチカするし喉もカラカラだ。
舞台袖に立ちながら、私は緊張を紛らわせるため今日の演目の確認をする。いわゆるセットリストと呼ばれるものだ。
まずは1曲目、魔法歌の定番の”癒しの詩”だ。
落ち着いたバラード調の魔法歌で、歌声を聞いた人の軽いケガを治療する効果を持つ。
魔法歌といえばこれ!という定番中の定番で、軽い骨折や古傷ならこの歌で治る。
「元気だせー!私がついてるぞー!」って感じの詩で、歌う私も元気が出るからけっこう好きな歌だ。
2曲目も定番、”平和の祈り”だ。
これは木星を題材にした有名な某曲に似た雰囲気のある魔法歌で、祈るように歌う歌詞らしい歌詞のない歌だ。定番の魔法歌だけど、正直効果は私もよく分からない。何だか心が落ち着いて暖かな気持ちになる気がするから、何かしらの効果はあるのだと思う。星教会に古くから伝わる歌で式典や儀式の時によく歌われる。きっと何かしら意味や歴史があるのだろう。今後セレス様にお会いしたら聞いてみようかな。
そして3曲目が今回の本命、地球の歌だ。
ちなみに選曲は私の趣味でアニソンである。アニメのオープニングではなくエンディング曲なので、スローテンポの落ち着いた曲だ。2曲目からの繋がりを意識して選んだので、決して日和ったわけではない。ないったらない。
この歌は魔法歌ではないので、特に効果はない。
ただそれだと観客に不思議がられそうなので、歌いながら魔法で光の演出を加える予定だ。
「ティアラ様、そろそろお願いします!」
「はい!」
会場のスタッフさんから小声でGoサインが出た。
いよいよだ。
心臓は爆発しそうだし足元はふらつくけど自分で決めたことだ、頑張るぞ!
私はやれば出来る子!
私は自分を鼓舞して舞台袖から出る。
半球状のドームの中、落ち着いたシックな色調でまとめられた会場には舞台を中心に扇形に座席が配置されている。ざっと見渡しても空席は見当たらない。チケットの販売状況は事前に聞いていたので分かっていたけど、本当に千人近い人がいるんだ。
緊張に負けないように、私は大きく深呼吸した。
息を吐くのに合わせて、翼を大きく広げる。
「こんにちは皆さん、天使族のティアラ・エルディアです。本日は私の歌唱会にご参加いただきありがとうございます。短い時間ですが精一杯歌いますので、どうぞ楽しんでいってください」
手のひらを身体の前で重ねて、お辞儀をする。
体を起こすと同時に”勇者一行のティアラ”に意識を切り替える。
「1曲目は――」
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や、やりきった…!
私は会場の控室で備え付けのソファーにぐったりと身を預けた。
「ティアラお疲れ。とっても良かった」
「えぇ、本当に! やはりティアラ様の魔法歌はすばらしいですな! 魔法の効果もさることながら、あの歌声、心が洗われるようですぞ…!」
「そう言っていただけると、頑張ったかいがありました…」
絶賛してくれるマーロィと支部長さんになんとか返事を返す。
歌い出しは緊張で声が震えていたし、ふとした拍子に我に返って音が外れたし、そこまで上手に歌えたとは思えないけど褒めて貰えるのは素直に嬉しい。
ともかく、成功して良かった。
提案しておいてチケットが一枚も売れなかったらどうしようと正直不安だったんだよね。
マーロィは「そんなことありえない」と言ってくれたけど。
「それではティアラ様、こちらが本日の売上になります」
支部長さんがそういって小切手のような紙を手渡してくれる。
今回の歌唱会の取り分は、会場の用意や告知などのお膳立てをしてくれた都市と、支部長さんたち教会への寄付、私個人でちょうど3等分することになっている。
私は身体を起こして紙面を確認する。
えーと…一、十、百、千、万……3百万セレス?!
え?!こんなに貰っていいの?!
私、3曲しか歌ってないよ?1曲で百万ってこと?
中身も定番の魔法歌2つと、3曲目に至っては観客にとっては未知の言語の曲だよ?
大丈夫? 私、詐欺で騎士に捕まったりしない?
小市民なので、急に桁の大きいお金を渡されると不安になっちゃうよ…。
いや、そうだよ。これは交易品の購入資金で私のポケットマネーじゃない。口座だって新しく別で作ったし。だからこれは預かってるだけ!
そう自分にいい聞かせると、少しは落ち着いてきた。
私が一人百面相をしていると生暖かい視線を感じた。
「……あの、ティアラ様は大丈夫ですかな?」
「いつものこと。……魔神とだって戦えるのに、感覚がいまだに小市民」
なんか言われてるけど気にしない。
3百万を急に渡されたら誰だってこうなると思う。
でもこの金額も、数日後には交易品の魔法具を大量に買いこむので、あっという間に全部使い切ってしまうだろう。…そう思うと魔法具ってやっぱり高いよね。もちろん”水創造”とか初歩の魔法具は安いけど。
これからこんな金額を頻繁に扱うことになるのかぁ。
ちょっと金銭感覚が麻痺しそうで怖い。気をつけよう……。
ティアラのコンサートについては、いつか別のエピソードで書く予定です。