0 ある男の死
はじめまして。
好きなジャンルの小説が少ないので、自分で書いてみることにしました。
白く大きな大神殿の中、私は片膝をつきその時を待っていた。
少し高く舞台のようになった壇上に、白と青を基調にした法衣の大司祭が現れる。
「これより、魔神討伐を成し遂げた勇者一行に、星神セレス様よりお言葉を賜る」
その声を切っ掛けに、神殿の天井にはめ込まれた翼のある女神を模したステンドグラスから白い光が差し込んだ。白い光は大神殿の満たし、光がおさまると顔を隠した一人の美しい女性が立っていた。
「勇者たち、旅立ちの日以来ですね。……あれからもう6年ですか、皆さん随分と大きくなられましたね」
勇者一行、私達一人一人に視線を合わせて慈愛の笑みを浮かべた星神様は大きく手を広げた。
「愛しき星の子らよ、よくぞ強大な魔神を打ち倒しました。 …貴方たちの活躍によりエムニアの1000年における長きに渡る戦いも、ついに終わりを迎えたのです。 私は勇気ある貴方たちの献身を称え出来うる限りの褒美と、旅立ちの日に交わした約束の通り、何でも一つ願いを叶えましょう」
私は思わずゴクリと息をのむ。
ついに、この日が来たのだ。
長かった、本当に長かった。
私は褒美の目録を読み上げる大司祭の言葉を聞き流しながら、私が、いや”俺”が死んだあの始まりの日を思い出していた。
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俺が死んだのは、ある夏の暑い日だった。
俺はアニメやゲーム、マンガにライトノベルなどいわゆるサブカルチャーと呼ばれるものをこよなく愛するオタクだ。特にアニメが好きで、きっかけになった作品はもう覚えていないけど、テレビの中で目まぐるしく動く表情に、胸を焦がすような台詞に、どうしようもなく魅せられていた。
それはカッコいいとか、可愛いとか、作品によって違うけど、俺は自分には出来ない選択や行動をするキャラクターが動き回るアニメがどうしようもなく好きだった。
そんな俺にとって、ここ数ヶ月は辛く厳しい日々だった。
地方の大学に進学した俺は、進学を機に一人暮らしを始めた。
さらに、学費と家賃は両親が出してくれたので、生活費分くらいは自分で稼ごうとバイトも始めた。
大学生は時間だけはあると聞いていたので、何とかなるだろうと思っていたが、甘かった。
本格的に講義が進み始めた五月から、俺は地獄を味わうハメになった。
朝一から夕方までフルで講義を受けて、夕方から夜までバイトして、アパートに帰ってレポートを書いていると朝になっている、なんてことが何度もあった。
当然、アニメを見るどころか放送しているタイトルのチェックすら出来なかった。
だが、そんな生活も昨日までだ。
今日から2か月間、大学は夏季休暇になる。長い長い夏休みだ。
「あ、この作品もアニメ化してたんだ」
実家のある地元の駅に向かう電車の中、俺はスマホで夏アニメのタイトルをチェックして、視聴リストに突っ込んでいく。今年の夏は豊作だったようだ。どこかで聞いたことのあるタイトルがいくつも並んでいた。SNSの投稿を遡ると随分と盛り上がっていたらしい。
俺もリアルタイムで楽しみたかったよ…。
「次は〇〇駅~、〇〇駅~」
地元の駅名を耳にした俺は、増え続けていく視聴予定のリストを一度閉じ、メッセージアプリを立ち上げた。地元の駅から実家までバスはまばらにしか運行していないので、両親に迎えを頼むためだ。
俺は、家族のグループを開くと、メッセージを書き込んで送信した。
■■:「あと一駅で着くから、駅まで迎え頼みます。お土産は△△駅で見かけた新作スイーツです」
すぐに既読がつき、アニメのキャラクターで元気そうな女の子とOKと大きな文字が書かれたスタンプが送られてきた。妹だ。今頃元気に両親に報告していることだろう。
俺は横に置いていたお土産の紙袋を確認する。
ポップに新作スイーツとあって見た目も綺麗だったので、妹が喜びそうだと思い買ってきたものだ。
兄妹というと仲の悪いイメージがあるらしいが、俺たちの場合は年が離れていたことが幸いしたのか仲は悪くない。むしろ頻繁に電話やメッセージでやりとりするので、兄妹仲はいいと思う。
「ふぁあ~…」
スマホをしまい少し目を閉じると、また大きな欠伸が出た。
夏休み前のレポートラッシュを乗り切るため、連日徹夜だったせいだろう。完全に寝不足だ。
「駅につくまで少し寝るかな…」
地元の駅までひと眠りした俺は、スマホにセットしたアラームで目を覚ました。
一人暮らしをするようになってから、寝起きは良くなったと思う。
アパートじゃ誰も起こしてくれないからね。
駅から出るとうだるような暑さだった。
駅前のオブジェの横に設置された気温は40度近くを示している。
「あぁー、早く冷房が効いた部屋でアイス食べながらアニメ観たい……」
ぼやいても暑さは変わらないので、待ち合わせ場所に指定された公園を目指して歩き出す。
途中、持っていたペットボトルが空になってしまったが、駅の売店まで戻るのは面倒だ。
「たしか、あの公園入口の木陰に自販機があったはず…」
一人暮らしを始めてから増えた独り言を呟きながら、公園を目指す。
あの公園の自販機はなぜか道路から見えづらい木陰にあるのだ。
なんでそんな所に設置したのか疑問だが、今日みたいな暑い日には助かる。
たどり着いた自販機には先客がいた。
うちの妹と同じくらいの、恐らく小学生の女の子だ。
自販機の手前、木陰の中にいたため横を通り抜けることにする。
急に近づいてきた俺に警戒したのか、時折こちらに視線を向ける少女に愛想笑いを返しながら、購入したばかりのペットボトルを呷る。
「あっ、おばあちゃーん!」
半分近く飲み切った頃、後ろから声が聞こえた。
先ほどの女の子のようだ。どうやら祖母を待っていたらしい。
小学生もまだ夏休みのはずだし、お盆休みの帰省ってところだろうか。
そんな風に考えながら振り向いた俺の視界に映りこんだのは、道に駆け出す少女と、少女に気づかず迫ってくる路線バスだった。
直後、俺が感じたのはとてつもない衝撃と、少女の悲鳴だけだった。
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「死んじゃやだよっ! コウ兄さん!!」
その後、意識を取り戻した時にはストレッチャーの上だった。
珍しく大声を出す父さんに、大怪我してるはずの俺よりも辛そうな顔をした母さん、涙と鼻水で顔を濡らしてすがりつく妹に囲まれて、申し訳ないことしたなぁ、なんてどこか他人事みたいに考えていた気がする。
無意識に身体が動いた、なんてよく聞くけど。
まさか自分がそうなるとは思わなかった。
そういえばあの少女はどうなったんだろうと、視線を巡らせると、少し離れた場所で祖母らしき女性とこちらを見ていた。
良かった、助けられたんだ。
表情が動いたかは分からないけど、あの時俺は微笑んでいたと思う。
少女の無事を確認できて安心したからか、急に眠気がやってきた。
あぁ、もう時間がないんだなぁ。
何となくそう悟った俺は、最後に父さんと母さんと妹に「ごめんね、ありがとう」と言って目を閉じた。
人助けが出来て、最後の言葉も伝えられた。
未練は、まぁあるけど、悪くない最後だと思った。
……あぁ、いや、やっぱり死ぬ前にリストに入れたアニメは見ておきたかったなぁ。
そんな思考を最後に”俺”は死んで、遠い星で種族も性別も異なる”私”が生まれた。
似た雰囲気の作品を知っているという方がいましたら、ぜひコメントなどで教えてください。
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