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異形と人間性


突然の聖騎士団加入決定より数日が経過、私たちは悪魔と戦闘———なんてことはなく、神殿で平穏な日々を過ごしていた。


あの衝撃の決定の後、イザヤさんは手配を進めるから数日はゆっくりしたらいいと私たちを退出させた。そして沙汰を待つ間私たちは、神殿の方たちのお手伝いをして回っている。


お手伝いといっても雑用———お洗濯や清掃といったところだ。シンシアは最初、眉を顰めてなんでボクが、なんてこぼしていたが。こちとらおいしいごはんとあたたかいお布団を用意してもらっている身。善意を当たり前に享受するべきではないと面と向かって言ってやったら、困ったように笑っておとなしく雑用をこなしてくれるようになった。———たまにサボるけど。


雑用をこなす中、この世界のことを少しでも頭に入れておくべきだろうと神殿の方たちとよく交流するようにした。なんでもこの街は教団内で重要視されており、神殿に関しても他の支部より規模が莫大らしい。大隊長であるイザヤさんも、本来の大隊長以上の影響力を教団内では持っており、枢機卿への拝命も目されているんだとか。まあ、私は権力や地位なんて全然実感が湧かないからだから洗濯物の量も段違いなんだなーなんて感想しか出てこなかったんだけど。


モップをバケツに突っ込み、目を皿にして完全に床がきれいになったか確認する。この世界に来るまでモップなんて学校でしか使ったことないけど、存外扱えるものだななんてピカピカの床を眺めながら自画自賛をしてしまう。次の部屋にとりかかろうと機嫌よく鼻歌交じりで廊下に出ると、何か用があるのか聖騎士が扉の横に待機していた。


「クラヴィス、大隊長殿がお呼びだ。至急書斎へ赴くように」


クラヴィス———シンシアが私につけた偽名でかけられた言葉に対し、一瞬反応が遅れる。自分のことだと認識し、返事をする前に手にしていたモップとバケツを奪い取られ、無愛想かつ簡潔に要件を伝えられる。他にも割り当てられている掃除部屋があることを伝えると、それは伝達役であるこの聖騎士さんが代行してくれるらしい。歳変わらぬように見える彼に深々とお礼をすると、早く行くようたしなめられた。再度感謝を伝え、小走りに書斎へ向かう。うーん、悪いことしちゃったな。


***


目的の場所へ到着し、入室すると大隊長———イザヤさんは呼びたてたことを謝罪し、温かい紅茶を出してくれた。蜂蜜たっぷりな甘いそれを堪能しながら要件を聞くと、どうやら私とシンシアの入団が手配できたらしい。各要点の説明が終わった頃、私の頭はパンク状態だった。内容の整理をしながらこれからのことに若干の恐れを抱いていると、私の心境を感じ取ったのかイザヤさんが話題を変える。


「んん。そういえば、シオン———この神殿にはもう慣れたかな」


二杯目の紅茶を差し出しながら、イザヤさんは穏やかに微笑む。なんでも、聖騎士からの報告書やシンシアの突撃訪問などであらかた把握はしているものの、私自身の口からここでの暮らしについて感想を聞きたいらしい。シンシア、何をしてくれているのだろうか。大隊長さんは(多分)お忙しい方。そんな人に、突撃訪問———さらには特段興味もないだろう私の話をするだなんて。貴重な時間を浪費させるんじゃない。あと私のプライバシーを無視しないでほしい。


奔放なシンシアに腹立たしさを覚えながら、神殿の方たちには良くしていただいていること、シンシアがこの間、孤児院の子たちと結託して厨房からお菓子をちょろまかしていたことなどを伝える(密告)すると、イザヤさんも若干呆れた顔をしながらもうん、うんと満足そうに頷いてくれる。


「ただ、皆さんとても良くしすぎてくれるので、騙している罪悪感が……」


注いでもらったばかりの二杯目の紅茶。温かいそれを手におさめ、小さくため息を吐く。そう、皆優しいのだ。悪魔に村を襲われた生き残りの双子。それがシンシアの騙ったストーリー。奇跡的に助かった双子の娘に皆甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。クラヴィス、不便なことはない?クラヴィス、部屋は寒くない?クラヴィス、今はゆっくりしててもいいのよ。クラヴィス、今日のおやつ分けてあげる。皆が知りうる、私たちの境遇は悪魔———人造の異形に襲われたこと以外は真っ赤な嘘だ。優しく呼びかけてくる名前すら嘘っぱちなのに、こんな待遇を受けても良いものか。心がすり減っていく感覚に日夜襲われていた。


小さくため息を吐くと、黄金色の水面に映った私が歪む。沈んだ気持ちを吐露した私に苦笑したイザヤさんは、ふわりと私の頭を撫でる。


「罪悪感なんか持たなくっていいんだ」


君が命を狙われることとなってしまったのは、我が教団の上層部———この世界の人間のせいだ。であれば君の命を保証することは我等の使命となる


決意に満ちた言葉に言葉が出ない。イザヤさんやこの神殿の方たちは何も悪いことはしていない。そんなことはないと首を横に振る私に優しいんだな、とイザヤさんは微笑んで頭から手を放す。


「君には重荷だとは思うけどね。それでも私たちはこの所業に対して責任を取らねばならない。分かってくれるかい」


「……はい」


さあ、飲みたまえ。冷めてしまうと促され、手元の紅茶を一気に飲み干す。蜂蜜たっぷりの甘い紅茶は私の好物だ。シンシアの話で聞いて用意してくれたのだという。


「非常に身勝手な理由だ。ホサカ殿には悪いとは思うが、私はこの状況を少し楽しんでいるんだよ」


アイツ———シンシアと初めて会った頃、彼女は自らをそう称するように異形のようだった。喜怒哀楽が一切感じられない、ヒトの持つ感情というものが一切欠如していた。ただ、失った力を求めるため、最善の行動のみとる。まるで機械のようだったよ。


「でも、君が来てからは違う。まるで少女のように日々を謳歌している。私が教会で君たちを見つけた時、正直目を疑ったものだよ。本当にあのシンシアなのか、とね」


申し訳なさそうに、でもどこか嬉しそうにイザヤさんは語る。まさか、それこそあり得ない。あのやんちゃで、命知らずで、自分勝手で、はちゃめちゃなシンシアが無感情?ガリレオも天動説を推してしまうだろう位に荒唐無稽な話だ。ぽかんと呆ける私を見て、ははとイザヤさんは軽く笑った。


「彼女も私たち、ヒトの所業による被害者だ。だから、彼女にも救われてほしいと思っているんだよ。絶対に言ってやらないけどね」


子供がする内緒話のようにお茶目にそう言って、らしくない話をしてしまったねとイザヤさんは仕切り治すようにぱんと手を叩いた。


「さて、時間を取らせてしまったね。ホサカ殿、これでお開きにしようか」


今日はゆっくり休みたまえ。今後の予定の説明に関してはまた別日にしよう。アイツにも聞かせなきゃだな。


闇のように真っ黒な長めの髪と鋭い目付き。威圧感のある体躯に、初対面の印象は怖い人だと思っていたが。照れくさそうに少し慌ただしく話を終わらせようとする姿がなんだか可愛く見えてきて。ああ、いいように使われているんなら罪悪感なんて感じなくてもいいのかも、なんて思ってしまった。自然と口角が上がり、先程までの陰鬱とした気持ちが少し晴れる。


「イザヤさん、私のことは名前で呼んでください。ホサカ殿ってなんか堅苦しいですし」


にこやかに、そう提案する。これはずっと思っていたこと。いい大人から敬称を付けて呼ばれるのはなんだかむず痒いし。それに、この人とはお互い対等、というか自然体で接していたい。長い前髪から覗く鋭い目をまっすぐ見据えると、イザヤさんは少し安堵したような顔でああ、と受け入れてくれる。


「ではサオリ、君の活躍を期待しているよ」


固く握手をした後、退出する。呼び出されてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。窓から見える空はとっぷりと暮れており、きらきらと星が瞬いている。ぼう、とそれを眺めていると、遠くからシンシアの私を呼ぶ声が聞こえてくる。軽やかな鈴の音のようなその声に、思わず笑いが込み上げてきた。


ねえ、シンシア。あなたは今までどんな日々を過ごしてきたの?今の生活は楽しい?


問いかけたら彼女は答えてくれるだろうか。寝る前にでも聞いてみようかな。


しつこいくらいの呼び声にはあい、と返す。命を狙われているというのに、なんだかこの状況を楽しんでしまっていることに更に笑いは加速する。あのやんちゃで、命知らずで、自分勝手で、はちゃめちゃな彼女と私は一緒なのだ。楽観的な思考回路に呆れながら、自らの複体の元へ歩みを進めた。


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