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少女と唯一の異形


ツンと鼻を刺す、かびた匂い。雨の前の匂い。覚めない夢に半ば絶望しながら目を開ける。

視界いっぱいに広がる鈍色の空。渦を巻く雲の間で光が奔っている。


「起きた?」


鈍色が人の顔で遮られた。長い黒髪。色素の薄い茶色の瞳。どこかで見た顔。


───私だ。私が私を覗き込んでいる。


自らと瓜二つな女の膝に頭を乗せ、私は横たわっていた。顎の下に女の手がまわされている。

体を硬直させる私に、女はチェシャ猫のような笑みを浮かべ、満足そうに頷いた。


「うん、その反応いいね。驚かせ甲斐がある」


女はその反応を余程お気に召したのか私の額を撫ぜ、調子外れな鼻歌まで歌い出す。これは悪夢なのだろうか。今まで見ていた悪夢に慣れてしまったせいで、アップグレードでもしてしまったのか。自分の顔をした女に膝枕されているなんて。しかも声までそっくり。


「よしよし、キミも起きたことだし。ここから移動しよう」


何か聞きたいことでもあるなら、道すがら教えてあげよう。


***


「僕はまだるっこしいのは嫌いでね、簡潔に言おう。ヤツらは僕の命を狙っている。そして、キミは僕なんだ」


簡潔に言い過ぎである。まったくもってちんぷんかんぷんであった。


彼女は自らのことを「シンシア」と名乗った。あのバケモノが連呼していた名、サリーは彼女の別名だそう。彼女はアレに命を狙われているらしい。


シンシアは容姿、身長、果ては髪の長さまで私と似ていた。いや、似ている、では語弊を生むだろう。同一であった。黒子の位置、爪の形、手の大きさまで全てぴったりと合致していた。それに対しての回答がこれである。


シンシアは話を理解できていない私の反応にまたもや愉快そうに笑った。小躍りしそうな雰囲気まである。


「ふふ、すまないね。ちゃんと説明してあげよう。んーと、コインの表と裏があるだろう」


どちらが表か、どちらが裏かは、見方次第だけどね。僕たちはそれなんだ。僕はコインの表で裏。キミはコインの裏で表。表裏一体、って感じ。だからね、裏が死ねば表も死ぬ。


「僕はそれを複体って呼んでいるんだ。異なる世界にいるもう一人の自分。交わらず、お互いを観測、干渉することは本来であればあり得ない」


では、何故私たちはこうして顔を合わせ、お互いを認識しているのか。お互いに干渉しているのか。まずそもそも認識し合うことのできない私を、その複体というものを何故彼女は認識しているのだろうか。


その疑問を私が口に出す前に、シンシアは解答を示す。


「僕はね、この世界で唯一の異形なんだ。人間ではない」


異形───異なる形。ヒトならざるもの、ということなのだろうか。さっき私を散々追い回し、襲おうとしていたものだろうか。だが、唯一という言葉に引っかかる。


ますます混乱する私に対し、シンシアの眉尻が少し下がる。


「キミには謝らなければならない。キミがここにくるまでの全てが、僕の力によって引き起こされているんだ」


***


「さあさあ、ようこそおいでくださいました。ここが今の僕の拠点、なんだが——————やっぱり少し埃っぽいよね。せっかくの客人もいることだし、少し綺麗にしようか」


そこは村の奥にある教会だった。礼拝堂は洋画でよく見るものと似ている。様々なステンドグラスが鈍く光り、最奥の大きな十字架が見る者を圧倒させる。


だが───ものすごく汚い。至るとこに蜘蛛の巣。埃はこんもり積もっている。扉を開けただけで大量の埃が舞い上がり、思わず咳き込む。


シンシアはそんな状態に顔をしかめ、えいやと指を振る。礼拝堂全体に水の匂いが満ちたかと思えば、瞬きの間にそれはなくなる。空気は澄み渡り、繊細な意匠が施された扉には埃ひとつ残っていない。


「───魔法、みたい」


私の発言に対し、シンシアはうーんと悩ましげな返答をする。この世界の人間たちは私の想像する“魔法”を扱う者もいるにはいるが、それとはまた別ものなのだそうだ。


「神の奇跡、と呼んだらいいよ。キミたちの世界にもいるだろう、神様ってやつ。神の奇跡の御業」


自分のことを異形と称した上で、その力を神様の奇跡とはどうなんだと言うと、シンシアはばつが悪そうにはは、と笑った。


***


「さてさて、先の話を続けようか」


すっかり綺麗になった礼拝堂。私は広々とした空間に落ち着かず、一番前の席に体をまとめるように、膝を抱えて座る。シンシアは壇上でバレリーナのようにくるくると回っていた。

目が回って気持ち悪くならないのかと思ったが、本人が楽しそうなので口を挟まず、彼女の話に耳を傾ける。


「僕の力によってキミはこの世界に拐われてしまった。もちろん、僕はそんなことしない。楽しそうだと覗いたことはよくあったが、干渉したことは一度だってないよ。僕は基本的に見る専なんだ」


ぴたり、とシンシアは回ることをやめた。彼女の笑みは依然として変わらないが、何故か悲しんでいるということだけはわかった。


「キミを追いかけていたヤツはね、僕の血肉で造られているんだ」


彼女の血肉には彼女の力———神の奇跡が宿り、その血肉を以って造られた怪物(彼女は人造の異形と呼んでいるそうだ)には彼女の力が一部継承されるのだと言う。今回私を襲った人造の異形には、私がいた世界から、シンシアがいる世界へ渡る力を持っていたのだそう。


「じゃあ、あなたが私を元の世界へ戻してくれるのね」


人造の異形に宿っている力は彼女の物だ。であれば彼女は私を元に戻すことも可能なはず。期待を込めてシンシアの顔を見据えると、またもばつが悪そうに彼女ははは、と笑った。


「今の僕にその力はない。人造の異形たちに用いられている僕の血肉に力は宿っているからね」


今回、私を襲った人造の異形。シンシアはアレを倒したことで、私がいた世界からこの世界へ渡る力を取り戻した。私が私の世界に戻るためには、この世界から私の世界へ渡る力を持つ人造の異形から血肉を回収しなければならない。しかも、彼女には人造の異形がどこにいるのかは分かっても、どんな力が宿った血肉で造られているのかは判別がつかないのだそう。


すまない、とシンシアは私に再度謝罪するが、私には納得がいかなかった。


「なぜ、あなたは狙われているの?あなたの命を狙っているのは誰なの?」


私の裏であり、表であると語るシンシア。そんなシンシアを狙って、私を拐い襲った人造の異形。現状、元の世界に帰れないのであれば、自らの過失と語るシンシアに事の経緯を全て話してもらうことは私の当然の権利だろう。


私の心の内が透けて見えているのだろうか。打って変わって真面目な顔をしたシンシアは口を噤んだ。しばらくの沈黙の後、重く口を開く。


11/03ーサブタイ編集しております

変更前:少女と異形‐2

変更後:少女と唯一の異形

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