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少女と異形

いいですか、皆さん。我等が女神様は、その輝く眼で私達を見守ってくださっているのです。

病に泣く者があればそれを晴らし、死に泣く者があれば暖かく導き、新しい命を与えてくださる。


その祝福に感謝し、祈りましょう。女神様の御座す月に届くように。


いつ頃からかは忘れてしまったが、同じ悪夢をほぼ毎日見ている。


世界史の教科書で見たことのあるような燃え上がる街を、誰かの視界を借りて。


ごうごうと家が燃えてて、薄暗い中、空は炎で赤く染まっていて。

子供の鳴き声が響いて、肉が焼ける音とにおいが離れない。


視界の持ち主はこの光景に絶望していて、ひどく落胆している。身体を動かすこともなく、ただ燃え上がる街を眺めている。

最後に絶対、何かを口にする。でも何を言っているのかわからない。いつもそこで目が覚める。


幼少期は怖くて泣きながら飛び起き、母親の寝床へ突入したりしていた。心配した母親はいろいろと対策を練ってはくれたが、いずれも効果はなく、高校生になった今もずっとその悪夢を見ている。


視界の主は一体誰なのか、男なのか女なのか、子供なのか大人なのか、人間なのか人間ではないのか。


───なーんて、ファンタジー小説でも書くつもりかよ。気取っちゃって、恥ずかしい。


すっかり悪夢に慣れてしまった今は、開き直って考察なんかしちゃっている。母親には心配をかけてしまうので悪夢はもう見ていないと嘘をついているが。


悪夢のせいですっかり早起きが身についてしまったがその分良いこともある。裏道を抜けての登校である。早朝のため人通りはないが、ヒトでないもの———野良猫などがよく通る。大の猫好きである私にとってはたまらないスポットであった。一部のお猫様に許可を頂くと存分に撫でまわし、その日1日の活力を頂く。それが平日の日課であった。


「キミ、保坂さおりちゃんだよね」


「はい?」


うららかな春の日差しが気持ちいい、人通りが皆無な早朝の裏道。お猫様専用の道と言っても過言ではない。そんなところで珍しく人に声をかけられた。


20代後半と見られる男性。ビシッと決まったスーツ姿に、ポマードで固めているのか、艶やかな髪は目測でも分かるくらい七三できれいに分けられている。にこやかな笑顔は度々訪れる料金説明のセールスのように胡散臭い。


そういえば、最近変質者がうろついているんだったっけ。ホームルームで担任がそんなことを言っていた気がする。右から左へ受け流していたことを後悔した。だって、変質者がこんなに早起きだと思わないでしょ。しかも名指しとか。どこから情報を仕入れているんだ。もしかしてバイト先の店長か?前から嫌な目つきしてると思ってたんだよなー


「いえ、人違いです」


とりあえず関わるまい。きっぱりと訂正し、その場を離れようとする。人通りが多い道へ行こうと足を伸ばした瞬間、腕を強く引かれる。


「ちょっと!何するんですか!」


大きな声出しますよ、と振り返る。胡散臭い笑顔がぐにゃりと歪んだ。


「サ、オリ、サ、リー、サリー、おまエ、サリーだよナああアああアア。サ、サ、サ、ササササササササササササササササ──────」


首を傾げ、狂ったようにからからと嗤いだす。唐突な変化に一瞬怯むが、なんとか腕を振り解き、大通りに向かって走り出す。男は嗤ったまま私の後を追いかけてきた。


やばいやばいやばい。完全におかしい人だ。早く学校に行こう。


***


おかしい、おかしい


「ここは、どこ────」


狂ったように嗤う男を振りほどき、走り出して数分。本来であればすっかり学校へ到着しているはずだ。歩きなれた裏道、目をつぶってでもどこにいるか分かると自負していたそれは、いつの間にやらまったく知らない土地と化していた。


西洋絵画などで見たことがあるような農村。木の柵が設置され、イネ科と思われる植物が穂先を揺らしている。

舗装されていない道と、運動向きではないローファーのせいか足首と膝が悲鳴をあげていた。

ツンと鼻を刺す、かびたような湿り気のある匂い。さっきまで暖かな晴天だったのに、いつの間にか空は鈍色の分厚い雲で覆われており、薄暗い空気が恐怖感を助長させる。


狂った男は、未だ私を追いかけてくる。しかし、辺りが見知らぬ農村へ変わってからその姿を変えていた。


声をかけてきた時はスーツを着たごく一般———非常に胡散臭くはあったが普通の男性だった。しかし今は、人の形をとっていない。

全身は黒く、腕が変形したのか肩から複数の触手が伸びている。頭部に至ってはもはや知る限りの生物では形容しがたい。粘液を纏っているのか、濡れた足音が響いた。


サリー、サリーと叫んでくるソレは、何が愉快なのかいまだにけたけた嗤い声をあげている。


こわい、こわい、とってもこわい。声を上げて泣きたくなるほど怖い。


どれほど時間が経っただろうか。あまりにも長い間走っていた気がする。限界が近い。心臓が悲鳴をあげ、足も鉛のように重い。ひゅうひゅうと擦れた息と視界を遮る涙が酷く煩わしい。失速していったためか、嗤い声と足音が徐々に近づいてくる。


だれか、誰か助けて。


切れた息のせいで声は出ない。がくりと膝が落ち、眼前が土で埋まる。

制服の裾に何かが触れ、体が宙を舞った。ああ、ここで死ぬのか。


暗転。そして、ぶちりと肉を断つ音が聞こえた。


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