21 残念令嬢夢を見る。
『パンッ』
なんとも言えない乾いた音がすると共に、少年の持っていた木剣が空に向かいクルクルと旋回軌跡を描きながら吹っ飛んでいく。
「ね、左手じゃないと木剣が折れちゃうから。駄目だろう?」
アルフィーが試合開始の合図をした途端、一瞬で間合いを詰めたリリーの剣が相手の剣をすくい上げるように動いた。
木剣をしっかりと持っていた筈の手に痺れるような衝撃を受けて彼が驚いた顔をした瞬間、勝負がついた―― 眼の前のリリーに木剣の切先を向けられ、悔しそうな顔で睨んでくる少年の目には涙が溜まっている。
ニコリと笑うと向けていた切先を下げるリリー。
「君は騎士になりたいの?」
黙ったまま頷く少年の顔は悔しさで歪んでいるが、リリーの言葉に素直に頷いた。
「試合はこれでおしまいだよ。騎士達との稽古は続けるように。但し騎士は立場を弁えなければ何処も雇入れはしてくれない。君は支援している貴族に向けて決闘を挑んだ。それは騎士としてはやってはいけないことだ。今度からは騎士としての心構えをキチンと学びなさい」
悔しそうに立ち竦んでいる彼がシャツの裾を握りしめているのを見てリリーは溜息をつく。
建物の方からシスター達が慌てて走ってくるのが目の隅に映った。
ニヤつくアルフィーが空に向かって飛んだ木剣を手に持ってリリーの側にやってくると、彼女の凛々しい顔を覗き込む。
「又浮かない顔だ。今度は何?」
「うんまあ。フィルバートとの決闘を思い出してさ」
「なるほど。で?」
彼らに謝る為に頭を下げる園長を手で制しながら、
「罰を与えないように。そして彼が騎士としての心構えを学び、自ら実践できるように指導してください」
そう言いながら彼女は木剣をシスターに渡した。
その後で後ろにいたアルフィーの方を振り返ると
「何か重要なことがあった気がするんだ」
そう呟くと、シスター達と建物に戻っていく。
リリーの後ろでアルフィーがなんとも言えない表情をしたが、その事にリリーは気が付かなかった。
×××
屋敷に帰り着き、家族と共に夕食を取り、湯浴みを終えて自室でベッドに寝転がると自然と瞼が下がってくる。
最近は毎日のように何かしら出掛ける為早いうちから寝付いてしまう。今日の出来事を思い出しながらうつらうつらと眠り始めるリリー。
「何かを忘れてる気がするのよね・・・」
×××
「リリーは好きな人はどんな人?」
母がコーヒーカップをソーサーに戻しながら首を傾げる。
「うーん、優しい人かな。あと悪口を言わない人が好きです」
「容姿は? 好みとかはないのかしら」
「? 金髪みたいな明るい髪色がいいかな。自分の髪の毛が暗い色だから」
母が満面の笑みになる。
「この方が婚約を申し込んできてるのよ」
母が広げた釣り書き書に同封されていたのは、金髪碧眼の王子様のような容姿のルパート・セイブリアン。
セイブリアン家と言えば貴族派の中核に席を置く侯爵家だったはずだと思い出すリリー。
「とても女性に優しいという侯爵家の嫡男なの。リリーちゃんどう思う?」
母の嬉しそうな笑顔が、リリーの目の前で滲んだ気がした。
×××
森の様に木々が垂れ下がり、その下が隠れ家のようになっている場所に座るリリーの横で、金髪の巻き毛の男の子が
「リリー、待ってて。強くなるから」
そう言いながら、リリーの丸っこくてとても小さな指に、可愛いピンク色の花で作った指輪を彼がはめた。
「これは、約束の印」
「おひめさまがおうじさまにもらってたゆびわといっしょ?」
「うん。一緒だよ」
リリーは泣いて濡れていた頬を拭って、大好きな彼の言葉で嬉しくなり笑顔になる。
「大きくなったらリリーとケッコンするの? えほんのおひめさまみたいに?」
「うん。だから待っててね」
彼の榛色の瞳が優しい光を湛えてリリーを見ているのが分かった。
×××
「忘れてた・・・・」
朝日が窓から差し込むのを感じながら、目覚めた時のリリーの第一声だった。




