12 残念令嬢と世間の噂。
「まぁ、あの方達、誰にも気づかれないとでも思ってらっしゃるのかしらね?」
「いいえ、どう考えても女性は注目を集めようとしていましたわ」
リリー達二人の直ぐ横の席の3人組の初老の女性達がどうやらエスコート席の声を聞きつけたようで、そちらに視線を向けた後で顔を寄せヒソヒソ話を始めた。
「あの方、確かセイブリアン侯爵家のご嫡男ではなかったかしら?」
上品そうな貴婦人が扇で口元を隠しながら、連れの御婦人達にそう囁くのが聞こえ、話しかけられた婦人は、
「女性の方は、確か同じ派閥の?」
「ええ、確か公爵家の御令嬢でしたわねぇ。男性の婚約者は違う方だった筈ですわよ」
3人が急に押し黙る。
恐らく眉を顰めているのだろう。
「確か政略的に違う派閥同士の和解策としての縁組だとお聞きしてますわ」
「ええ、しかもあの方の婚約者様は確か王族に連なる公爵家の姫君でしょう?」
「あの横の御令嬢は第3王子殿下の婚約者候補ではなかったかしら?」
リリーとアルフィーはぎょっとした顔になる。
「いいえ、あの方は辞退なさった筈ですわ。確か素行が・・・」
ホッとするリリー達。
「そうなんですの?」
「ええ。ここでは流石に憚られますけど・・・最近は貞操観念が随分変わりましたから婚前交渉も厭わなくなりましたしねえ。でも王族となると・・・」
なんとも歯切れの悪い言い方で口を閉じる御婦人に対して、もう一人の御婦人が
「こうやって見る限り御令嬢のお相手はセイブリアン家の?」
「え、それはいくらなんでも」
「女性にマメな方だとは伺っていましたが、いくらなんでもねえ。臣籍降下したとはいえ王弟殿下のご息女様のお相手ですわよ? そうだとしたら一大事ですわ」
「でもあのご子息、随分と羽目をお外しだとか。随分と紳士倶楽部で噂になってるそうですわよ?」
「お若いので、どうとでもなるとお思いなのでしょうねぇ」
「市井で略奪婚や、成り上がり婚を美談として取り扱う観劇や小説が流行っているとか。その影響かしらね」
最後に一人の御夫人がそう言って溜息をついて締めくくった後、そそくさと帰り支度を始める御婦人達。
「主人と要相談案件ですわね」
席から離れる直前に言ったその言葉がリリーたちの耳に残った。
×××
「困った事になったような気がするのは気のせいかな? フィリア」
去っていく3人の背中を見送りながら、フロマージュを口に運び首を傾げるリリーは、困惑しているというよりは実感が無いなぁ、と思いながら口の中の芳醇な甘さとさっぱりした口当たりに舌鼓をうつ。
「社交界が荒れちゃうかもね」
気の抜けた様なリリーの口ぶりに顰めっ面が呆れ顔になったアルフィーも、目の前のザッハトルテを食べようとケーキフォークに手を伸ばす。
「ウ~ン、まるっきり他人事だな」
「? 誰が?」
「うん? 私が、だよフィリア」
男装して違う人格を演じているからというわけではないだろうと自分でも思うリリーだが、婚約して4年間それなりの交流をして来たからこそ知っているのだ。
「彼は来る者拒まず去る者追わず、なんだよね」
リリーの言葉に眉を寄せるアルフィー。
「それでいいの?」
しばらく考える素振りで顎に片手を添え天井を眺めてから、チラリと斜め後ろの婚約者とその連れに視線を送った後で、
「良くない、だろうな」
そう言ったリリーの顔には、何かを吹っ切ったような爽やかさがあった。