少女、現ナマを求める
甘めの煮魚と、量たっぷりのお肉についついイラス大盛りを二杯もお替りしちゃった。
だって甘辛い煮魚と、適度な塩の振りかけられたほどよい歯応えと脂で噛み切れる食感はイラスの良く味を吸う特性と驚くほど相性が良い。
だから思わずイラスが進む。
イラスが進むと口の中を湿らすためにズイダスープが欲しくなる。
このお店の事は覚えて置こう。
そう思いながら私は食事を終えたわ。
食事の後、ロベールさんは昨日組合の買取所で職員の人が見せてきた紙に何かさらさら書き込んでから赤い塗料を付けた棒を捺してから店員に渡していたわ。
ロベールさんにお金を払わなくていいの?って聞いたら、小切手払いで済ませたって。
あれ、本当にお金の換わりになるものだったのね。
不思議だわ。
ちょっと感心たんだけど、アレを使うには数字と名前の読み書きができて、銀行っていうところに作ってもらう印鑑っていう道具が必要見たい。
何だかめんどくさいわ。
やっぱり私は金貨が好き。
そんなことを考えながら、戻ってきたわ、組合の死骸引取り所。
そこでちょっとロベールさん達に順番を譲って、モンスターの死骸を買ってもらう所を見たわ。
ロベールさんは死骸の一つ一つに倒し方がどうとか、大きさがどうとかいって細かく値段を変えさせてたわね。
私の感想はめんどくさい事するのね、だった。
だって、モンスターの死骸で稼ぎたいなあらそれだけ数を狩ればいいじゃない。
その方が一匹一匹の値段を交渉するより効率的だと思うわ。
と、言う事で死骸の売却を終わらせたロベールさんに伝えると、こつんと頭を小突かれた。
悪意は入っていない、私の注意を引くための一発。
良い笑顔のデーミックはきっとこの事を心の羊皮紙に付けているに違いない。
それも私のためじゃなく、自分が楽しむためロベールさんを嬲る時のために。
まぁ、それはさておきロベールさんのお話ね。
「いいかお嬢ちゃん。俺達探索者は大抵自分がモンスターを狩るのにそれなりの苦労をする階層で探索をしてる、わかるかい?」
私は首を振った。
するとロベールさんは両腕で段差を作りながら言ったわ。
「いいか、俺達とお嬢ちゃんの差がこれくらいだとするな」
「ええ」
「そこへいくと、俺とイアン、そして俺達の探索する階層のモンスターはこれくらいの強さでやり合ってる事になる。
ぐっと、上の方の段を作っていた腕を、下の段に近づけて下ろしながらいうロベールさん。
その指先はほとんど接していた。
「だからな、毎回狩りは命がけなんだよ。それを少しでも良い値で買ってもらおうとするのが普通なの。解ってくれたかい?」
「んー、ええと、ロベールさん達は面倒な狩りをしているから、その面倒分のお金をもらえるようにお話してるってこと?」
「まぁ、大体はそうだな」
「大変なのね」
「ああ、大変だ。ロベールはそういう大変な事を俺の分もやってくれる。これも俺の恩があるといった内に入る」
「そうなのねイアンさん。もしかしてロベールさんが交渉担当で、イアンさんが戦闘担当なの?」
「ああ。後は低レベルの時に、普通の人の二倍くらい経験値が必要な俺のレベル上げに熱心に付き合ってくれたのもロベールだ」
ここでちょっと違和感を感じた。
デーミックの話では必要経験値の多い人間は能力の伸びがよくもてはやされる物だと聞いたのに、なんで熱心に付き合うのがロベールさんだけなのかしら?」
「必要経験値が多いほど他の人に一目置かれるのよね?それなのになんでレベル上げに付き合ってもらうのが恩になるの?」
「……普通の人間は経験値を稼いである程度レベルが上がった状態の、必要経験値が高い人間はありがたがるが、その前のレベル上げの段階ではむしろ避けものだ」
「ふぅん。苦労はしたくないけど成果は欲しいって事かしら」
「女の子のような子供の前ではいいたくないが、そういう事だ」
「それじゃおかしいわね。じゃあデーミックの必要経験値の多い人間は重宝されるっていうのは間違いなのかしら」
「イヤー、間違いじゃないよ。養殖するだけの余裕がある家に生まれればね」
「養殖?」
また耳慣れない言葉だわ。
なんだかロベールさん達といると知らない言葉が次々出てくるわね。
これは街に出てきた甲斐があったというものだわ。
「ああ、これも知らないんだなぁ。ほんと偏った教育されてるね……養殖っていうのはパーティーを組んで、レベルの高い奴が低い奴に経験値を稼がせる事だよ」
「パーティーっていうのが解らないけど、デーミックが生き物を瀕死にして持ってきて殺させてたような事ね」
「それも養殖の一種と言えるかな。養殖される側に倒す生き物に一撃入れる力が要求されるけどね」
「ねぇ、パーティーっていうのは?」
「パーティーって言うのはねぇ、教会で神の前で俺達は仲間です、助け合いますって神様の前で誓うと、経験値が参加した人数で頭割りされる集まりさ」
「へえ、そんな便利な物があるのね。それでロベールさんがイアンさんを養殖?したのかしら」
「んー、養殖っていうのかな、確かに一時的には俺がイアンの面倒を見る、みたいになったけどさぁ、一レベル上がるだけでこいつグンと強くなるんだよな。だから今は俺が助けてもらってるくらいさ」
「いや。ロベールは戦い以外のことでも俺を助けてくれる。人間はレベルと能力値だけじゃ決まらない、そう教えてくれる大事な友人だ」
ロベールさんの事を、深い敬意を籠めて見つめるイアンさんの瞳には素直な感謝の念も混じっているように見える。
イアンさんにとって、ロベールさんは私にとってのデーミックのような存在なのかしらね。
そう思うとなんだかイアンさんに親近感が沸くわね。
「まぁ話が脱線しちゃったけどさ、とにかく俺らは少しでも細かく稼いで行きたい事情があるって解ってもらえたかな?」
「なんとなくね。後ロベールさんが良い人だっていうのも」
「はは、俺が良い人なら世界は聖人で満ち溢れてるよ。それより俺達は終わったから、お嬢ちゃん達の獲物を売ると良い」
「そうね。デーミック」
「はいお嬢様」
阿吽の呼吸っていうのかしら、私達の会話が終わるのをそわそわしながら待っていた職員の前にデーミックがモンスターの死骸を出す。
うん、蟹ね。
規則的に、他者を威嚇するかのようにとがった黄色い甲殻に包まれた一対のはさみと九対の脚を力なく開くその死に様には傷一つない。
「はい。ロベールさんとの約束どおり売りに来たわよ」
「はいぃ!えっと、皆さんこのモンスターの各部位の解析お願いします!……えと、少々査定にお時間をいただきますけれど、その間にお話を伺っても?」
「構わないわよ。暇だし」
「ええと、それではですね。あのモンスターは迷宮の何層で狩ったものでしょうか」
「百六十層だったかしら?デーミック」
「はい。お嬢様」
「ひゃっ、へぁ!?なんて言いました!?」
「だから、百六十層よ。三度は言わないわよ」
「ひゃくろくじゅっそう……う、嘘じゃないんですよね?」
「疑うなら見に行く?」
お腹が一杯になってとても余裕が出た私は本当に百六十層まで、この職員を案内してもいいと思っていた。
デーミックにでも守らせれば完全に安全が保障された旅が約束されるはずだし。
なのにその職員と来たら。
「ひ、ひぇっ!遠慮します!」
「あら、そうなの?後で行きたいって言っても知らないわよ」
「いえ、ほんとに、おかまいなく……」
「そう。まぁ無理強いはしないわ。他に聞くことはある?」
「ええと、他の階層のモンスターがまだあったりしますか」
「デーミック。どうだったかしら」
「はっ。マジカルポーチ二つ分が満杯になる程度に。人間の技術力も侮れませんね。一つ家一つ分程度の収納力があるようで」
「ま、マジカルポーチ二つ分で……一個家一つ分って言う事は一等級マジカルポーチですかぁ~」
「そのように記憶しております」
「で、他のモンスターも買いたいの?」
「あの、その、しばらくお待ちください!」
職員の女の人は組合の建物の中に飛んで行ったみたいね。
査定とやらもそうだけど、組合の人間は人を待たせるのが好きなのかしら。
まぁいいわ。
そんな事より蟹の死体に彩り鮮やかな色んな種類の先が平べったい金属の棒をとんかちで試し打ちしてるの。
他にも関節から刃を入れて切り離した脚からとった肉を切り分けて瓶の中の液体につけたり、紙を押し当てたり色々してるのを見るのが楽しいわ。
アレは何をしてるんだろうって想像するのは、結構わくわくするものなのね。
蟹の殻にとんかちを打ち付けていた人が、青白く光る棒でようやく甲殻を傷つけられたのを見てなんだか難しい顔をしているのを見ていたのね。
そしたらさっき建物の中に引っ込んだ女の人がおじいさんを連れてきた。
誰?と思っていたらそのおじいさん、蟹を調べていた人達から何か聞いて、それから私に向かって走ってきたの。
そして青い顔をしてこちらに寄ってきたわ。
「お、お嬢さん。あの蟹はどうやって倒したのかな?」
なんだか怯えてるみたいね。
なんで怯えてるのか良く解らないけど、とりあえず聞かれてることに答えなきゃね。
「叩いたのよ。甲殻の真上から。スパーンといい音がしたわね。あれは衝撃が通った音よ」
「た、叩いたと言うのは……素手かね?」
「そうよ」
「信じられん……魔法金属のミスリル以外では傷も付けられない相手に」
「別に斬るだけが攻撃じゃないでしょ。多分叩いた身体の中身はめちゃくちゃよ」
「う、むむ。そうだがね。しかしあの硬い殻を持つモンスターを外傷無く倒すとは」
「まぁ、私とは相性が悪かったわね。それで、あの死骸買うの?買わないの?」
私は色々話をするのは嫌いじゃないけど、こちらの言葉の真偽を疑いながら話すような相手と長く話す趣味はない。
だから私は早々に話を打ち切ろうとした、そしたらおじいさん、慌てた顔で言ったわ。
「か、買う。だが支払いは小切手にさせてくれ。他のモンスターの死骸もあるのだろう?現金では持ち運びにも一苦労だろうしね」
「現金」
「え?」
「現金、払えるだけの現金でいいから。私は小切手を信用しないわ」
「そうは言われてもね、高額のモンスターの代金を小切手で行うのはどの探索者もしている事だよ」
「私は、現金が、いいの」
「しかし、その、困るよ。これだけの素材のモンスターを買い取れる現金は組合は置いていない。銀行とも相談しなければ……」
まだるっこしいわね。
私は別に高く売ろうとしていないのにこのおじいさんは何で高く買おうとするのかしら。
「私は払えるだけで良いって言っているの。なんで高く買おうとするの?」
「それは、このような素材になるモンスターを安く買えば、それが素材を売り払う相手の商人にばれれば足元を見られ、このモンスターの素材より格下のモンスターを売って生活している探索者の生活に支障がでるからだよ」
「良く解らないわ。もう少し噛み砕いてちょうだい」
「良い物が安く仕入れられると知られる、するとそれより質の劣る物はもっと安く売れと迫られる、それでは君のような超越的な探索が行える人間以外、皆困る」
「……私がこれを安く売ると、他の皆が困るのね?」
「困るね」
どうしようかしら。
これは迷宮に入る順番を飛ばしてもらうより不味い事な気がするわ。
あ、そういえば。
「昨日あるだけのお金で刃の生えた竜を売ったけれど、あれはよかったの?」
「あの時の職員には罰を与えているよ。理不尽かも知れないが、探索者の生活を支える相場を守れなかった罪だ」
「ふむ。すると私はどうするべきかしらね」
「まず小切手払いを受け入れて欲しい。その後銀行に口座を作る。そうすれば後は銀行から現金を自分の口座に入れて、十分な現金を手にする事ができるだろうね」
「その最初の小切手払いが問題なのよね。私は小切手を信用してない。私にそれを受け入れさせるなら、それなりの何かが必要よ」
再び平行線を辿り始めた私達の間に、そっとロベールさんが入ってきた。
「お嬢ちゃん。そんなに信じられないなら、俺の昼飯おごり分の信頼でどうにかならないかな。そこのデーミックさんが付いてれば嬢ちゃんがだまされるってことは無くなるんじゃないか?」
そんな言葉を挟んできたロベールさんを見ると、おじいさんは明らかに顔に安心を浮かべて、その提案に乗った。
「おお!ロベール君じゃないか!このお嬢さんとは知り合いかね?」
「いや、まぁちょっとした、ね。で、どうだいお嬢ちゃん」
少し考える。
今までの会話から、ロベールさんは信用してもいい気がする。
少なくともデーミックのように私が恥をかいて恥ずかしがるのが見たいからわざと間違った情報を与えたりすることはないと思う。
それに、支払いのめどはあったにせよ、先に食事を食べさせてくれたのは彼らだ。
私の胃袋は彼を信じて良いと言っている気がする。
デーミックも自分よりずっと弱い人間の言葉を裏切ってまで自分が無能と言われるようなことはしなくなるでしょうし。
……少し心配だけれど
「じゃあ、ロベールさんを信用する事にするわ。いいわねデーミック」
「お嬢様のよろしいように」
デーミックは本当に、私が危うくなるような事以外は好きにさせる。
だから私は自分でロベールさんを信じる事に決めた。
その後、ロベールさんとは色々細かい話をする事になったのだった。