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少女、能力値の応用を知る

 ロベールに連れられて私達は小奇麗で、広そうな木造の三階建てになっている建物に辿り着いた。

カウンターが作られた一階の広間でロベールとイアンが武器を預けたのを見て、私は疑問がわいた。


「ロベールさん。武器預けていいの?盗まれたりしない?」

「盗まれない盗まれない。こういう所はちゃんとしてるから。信頼があるの」

「信頼?それってなんだったかしら」

「人間が求める、腐りやすい果物のように甘く、儚いものですよお嬢様」

「何、生ものなのね」

「違う違う!デーミックさんよ。そういうのは人間のお嬢ちゃんへの教育に良くないよ」

「どういうことロベールさん?」

「信頼ってのは、そいつなら大丈夫っていう気持ちの事だよ。失われる事はあるが腐る事はないんだ」

「おや、そうですか?信頼関係と言えば聞こえのいい、腐れて共に寄りかかりあうだけの関係になる事はないですか?」

「それは……難しい問題だけどね、悪魔さん」

「人間は多様性のある問題を難しいなどと言ってはぐらかしますね。まぁ決めて掛かるよりは……」

「デーミック」

「なんでしょうかお嬢様」

「私はお腹が空いているの。小難しい話は後になさい」

「申し訳ありません。失礼しましたロベール様、私の言はお忘れください」

「いや、いいよ。それより様とか止めてくれ。デーミックさんにそう言われると、怖いわ」

「わかりましたロベールさん」


 ロベールさんとデーミックがなんだか話している間にも店の人の案内に従うと、個室に通された。

 部屋の中には四隅に魔力を感じる灯りが一つずつと、大きな赤塗りの、二枚の円を重ねたような不思議な円卓と、六脚の椅子。

 よく見ると部屋の中心である円卓の上にも照明が付けられていて、部屋は窓が無くとも十分に明るかった。


「よーし。皆適当に座って座って」


 そう言って率先して入り口近くの席に座ったロベールさんの隣に、イアンさんもすぐ座る。

 私はどうしようかしら。

 色々聞きたいこともあるからロベールさんの隣がいいか、それとも顔が見えるところに座ってみるか。

 そう考えていたらデーミックがここに座れと言わんばかりにロベールさんの反対側の椅子を引いたの。

 無視するのもなんだし、私は大人しくその席に座ったわ。


 デーミックは座らずに私の後ろに控えたのだけど。


「ロベール様。あちらのお客様はお席につかないんですか?」


 なんて余計な話を引き出したわ。

 でもロベールさんがデーミックは良いんだ、と言うと、とうとうご飯を作ってもらえる準備が整ったみたい。


「俺はギンドリンの甘煮にイラス大盛り、それからズイダスープ」

「俺、ライオタロスの腿肉。塩で。あとロベール同じイラス大盛りとズイダスープ」

「お嬢ちゃんはどうする?」

「ロベールさんとイアンさんの頼んだ物全部」

「……ぜ、全部?」

「問題あるの?」

「え、えっとね、ギンドリンってのは魚だけど、迷宮の中を泳いでる赤い鱗の魚でこのくらいある」


 ロベールさんは指先で自分の肩幅くらいの横の長さで、自分の頭一つ分くらいの高さの円を描く。

それだけじゃ終わりじゃないらしく、さらにロベールさんはイアンさんの腕を指差す。


「そんで、イアンの頼んだライオタロスの腿肉はこいつの腕の二倍くらいの太さ。んで、ズイダスープはいいにしても、イラス大盛りは、こんくらいあるんだよ」


 そう言って、最後に手で胸元を隠すくらいの半円と山を表す。

 多分あれらが食事の量なんだろう。

 でもそんなの関係ない、いえ問題ないというべきね。


「大丈夫よロベールさん。今の私はとってもお腹が空いているから」


 私の自信を表すようにつんと鼻を高くしていうと、ロベールさんはやれやれと肩をすくめながら言ったわ。


「解った。そこまで言うなら止めないよ。でも俺はお残しは基本的に許さないたちでね。全部食べさせるかんね」


 なんだかロベールが言っているけど、何を心配しているのかしら。


「心配しなくても食べきるわよ。そんな事より注文をお願い」


 私の自信に満ちた声を聞いて、ロベールさんはもう言う事はないという感じで、部屋の入り口に控えていたお店の人に声をかけたわ。


「よぉし。じゃあ店員さん、ギンドリンの甘煮にライオタロスの腿肉二つずつ、それからイラス大盛りにズイダスープ三人前。頼んだよ」

「承りましたー。ビアーなどはいかがですか?」

「ん?ああ、午後も迷宮行くから遠慮しとくよ。行っちゃってー」

「はい。では少々お待ちくださいませー」


 ロベールの言葉に店の人は出て行ったけれど、ビアーって何かしら。


「ねぇロベールさん。ビアーって何?」

「ん。ビアーってのはアレだ、茶色くてちょいと泡立っててね。苦いけど飲むと良い気分になれるんだよぉ」

「……苦いのに良い気分になるの?」

「うん、特に俺らみたいな大人はその苦味が癖になったりもするなぁ」

「ふぅん。変なの」

「お嬢様。人間はどんな味の感覚を心地よいと感じるか、歳とともに変わるそうですよ。人間の研究が趣味の悪魔が申しておりました」

「あら、そうなの?なら私もいつかビアーを美味しいと感じるようになるのかしら」

「さて……それは人によりますのでなんとも」

「そう。それはそうと、ロベールさん朝に私を妙なわっかを通してみていたわね。あれはなんなの?」


 ひとまずデーミックとの会話を切り上げ、ロベールさんに話を振ると、なんだか身体をゆさゆさ揺らしていたイアンさんに。

 誰もお前の分を取ったりしないから落ち着け、とか言っていたロベールさんが答えてくれた。


「ん?ああ、あれは鑑定鏡って言ってさぁ。相手を覗き見るとレベルが解るんだよ。見てみる?」

「やって見たいわ。貸してくれる?」

「いいよー。じゃあデーミックさん、これをお嬢ちゃんに」


 ロベールが腰の袋から取り出した輪を、デーミックが取りに行って私に渡す。

 それをもってロベールを見てみると、ロベールの上に何かの記号が浮かぶ。

 これがレベルなら、ロベールは確か自分のレベルを九十三と言っていたから、九と三を表す記号なのだろう。

 確認のためにロベールに聞いてみる。


「ロベールさん。貴方今日はもうレベル上がったかしら?」

「ん?上がってないよー。それがどうかしたかい」

「いえ。これが九と三の模様なんだなって」

「数字読めないの?」

「文字もね」

「そいつは大変なんじゃないか?俺とイアンが組んでるのはイアンの奴がそういう事できなかったからなんだけど、お嬢ちゃんも文字と数字は読めるようになった方がいいよ」


 なんだか酷く驚いた様子で言うロベールに、私は正直なところを言ったわ。


「そうなの?私達は街に出る事自体が少ないから、よくわからないわ」

「んー。まず文字が読めるかは重要だよ。組合に代筆する職員がいたりするのはそれだけ基本的かつ大事な技能ってことだし」

「それならできる人間に任せればいいじゃない」


 なんていうのだったかしら。

 そう、確か合理的という奴ね。

 デーミックなんかは魔界で自分の領地の経営をそういうのに強い部下に一任して私に引っ付いてるらしいわ。

 それでも年に何回かは自分で見に帰るようだけど。


「お嬢ちゃん。そういうことを完全に任せられる人間なんてのはそうそう見つからないんだよ。だから手っ取り早いのは自分で覚える事!お嬢ちゃんのレベルなら習えばすぐ覚えられるしなぁ」

「あら、そうなの?デーミックが文字と数字の習得には血のにじむような修練が必要だっていうから、専門の人に任せた方がいいと思ってたんだけど」

「抜けてる!お嬢ちゃん抜けてるよ!イアンは知性系の能力が低いから昔は俺に頼ってたけどな。レベル上がってからは自分でちゃんと覚えたぜ!」

「知性系能力って魔法を使うのに使われるだけなんじゃないの?」


 私が思わず眉をひそめてたずねると、ロベールさんは手を顔の前で振ってから言った。


「それが違うんだよ。算術……まぁ要するに、数字を使った物の数え方とか、子供の頃から自然に覚えるような言葉意外に覚える文字なんかを覚えるのにも知性系の能力は関わって来るんだよ」

「それは……どういう事なのデーミック。貴方知性系能力は魔法の習得にしか関わらないって言ったじゃない」


 私が椅子から半ば身を乗り出すように振り返りにらみ付けると、デーミックは肩をすくめて答えた。

 その口元には楽しげな笑みが浮かんでいる。


「お嬢様。私としては自分で気づいて欲しかったのですが。魔法を習得する事、文字を習得すること、これは同じ覚えるという行為。そうなれば応用の幅もあるのは事実でございます」


 態度だけは慇懃に、でもその底にその落とし穴に落ちていた事に気づく顔が見たかったと言わんばかりの笑顔。

 私はその嘲笑を受け流す。

 デーミックは『こういう』奴なのだ。

 一回一回まともに相手をしていたら先に私の頭の天辺を流れる熱いものが弾けそうだと解っている。


「そう。でもこうなると私の知らないステータスの応用範囲がありそうね」

「それを長い人生の中で見つけていくのも人間の楽しみらしいですよお嬢様」

「いや、そういうのは教えてくれる場所あるからね。お嬢ちゃんも気になるなら行って見るといいよ」

「勉強はいいぞ女の子。村生まれで少し魚を取ったり、獣を取ったりしていたくらいしかできなかった俺も、今は一人で買い物ができる」


 重い岩のような口を開いて語るイアンに、私は少し興味を惹かれた。


「一人で買い物ができるって重要かしら?イアンさん」

「重要だ。自分の好きな物を買って手に入れるなら、自分で品物を知り、金を数えられるのが一番だ」

「ふぅん……ねぇイアンさん、貴方どんなところで勉強したの?」

「俺は、一日ごとで学ぶための金を払う塾で勉強した。その間の金の計算はずっとロベールがしてくれてた」

「ふぅん。ロベールさんに恩があるってそういうこと?」

「それだけじゃない。ロベールはあまり女に縁がない俺に良い女を紹介してくれた」

「あ、おいイアンちょっと待て」

「娼婦のロゼリンというんだが、気立ての良い女で俺みたいな気の利かない男にも優しくしてくれる」

「イアン!こんな女の子にロゼリンの職のことは話すなって!」

「……?なんでだロベール」

「普通女との会話にロゼリンみたいな職業の女が良いとか話さんの!」

「……解った。もうしない」


 なんだか揉めているようだけれど、何なのかしら、しょうふって。

 デーミックに聞くのは……あいつなりの妙な捻りが入りそうよね。


「ねぇロベールさん。しょうふって何?」

「え?そ、れは、ほら、あれだよ。金で愛を売るっていうかー」

「お金で愛を売るの?おかしいわ。デーミックは愛は人間が売り渡せない唯一の物だって言ってたわ。売れるものは誇りと、媚と、恩と、後はなんだったかしら」

「後は家族、恋人、友人、自らより弱いもの全てでございます」

「そうそう。人は人も売るのよね」

「デーミックさん!あんたお嬢ちゃんにどんな教育してるわけ!?」

「見たとおりのままでございます。悪魔は悪魔なりの教育を、ですよ」

「いや、もういい、ちょいと疲れちゃったよ俺ぁ。料理が来るのを大人しく待とう」

「解った」

「承知しました」

「私もそれで構わないわ。ふふ、どんな料理が来るかしら」


 それからしばらく静かな時間が続いて、やがて何人もの同じ服を着た人達が湯気を立てる料理を運んできて食事が始まった。

 美味しい!目玉が真っ白を通り越して煮汁の茶に染まりかけて、ほくほくと暖かく柔らかい肉にツユの味がしみこんだギンドリンも。

 本当に太い、私の腕の三倍くらい太そうなイアンさんの腕みたいな大きさのライオタロスの腿肉の脂と塩の素敵な合体。

 そしてそれらを統べるイラスの味の調停者っぷり!

 これを脇から支えるズイダのスープの塩辛いだけじゃない、なんともいえない舌への喜びを感じさせる味!

 私はお腹一杯、満足してさよならしようとした所をロベールさんに止められた。

 ああ、そういえば組合に行く約束をしてたっけ。

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