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少女、奢りというものを知る

 ふと良い事を思いついたので思いっきり迷宮の床を殴ってみた。

 そしたらゴキっていう音がして、私の右手に痛みが走った。


「いったぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

「何をなさっているんですかお嬢様?」

「ううぅ……床を」

「床を?」

「拳で打ち抜けば早く下の層にいけると思って」


 痛みに震える私に、とても楽しそうな笑みを浮かべたデーミックが言った。


「そのお考えはここが迷宮でなければあるいは有効だったかもしれませんね」

「ここが迷宮でなければって……?うぅ、痛い痛い」

「迷宮は神の作りし物。それは永久不変にして不壊。たとえお嬢様の圧倒的な能力をもってしても破壊する事は叶わないのです」

「そうなの……ねぇ、手首を直してくれない?」

「さてどういたしましょうか。私といたしましては、お嬢様の不自由な手をお助けするのも一興なのですが」

「治す気はないのね」

「面目ありません」


 言葉では謝りつつ、笑う犬面に、申し訳ないという色は無い。

 こいつはいつもこんな感じだから、私が笑われる分には放って置く事にしている。

 デーミックも楽しそうでなにより、それを手首の痛みと共に無視して先を進む。

 道は昨日の探索で解っている。

 だからどんどん進むわけだけど。

 私にまたいい考えが浮かんできた。


 まず、お腹空いたけど朝ごはんは諦める。

 そして昨日より深く潜って、昨日よりお金になるモンスターを狩ってから、思う存分食べよう。

 それはとても素敵な思いつきに思えたわ。




「デーミック。今の時間を教えて」

「ただいま正午でございます」

「今の階層は?」

「百六十層ほどでしょうか」

「少し、遊びすぎたわね」

「はて、そうでしょうか?」


 デーミックの腕に持たれ掛かる。

 そうすると一応使い魔である彼は私を支えてくれる。


「お腹が空いた……」

「それはそれは。では早速クリスタルで帰還しましょうか」

「そこまで頼んだわ。私はちょっとお腹空いて自分で足を動かす気分になれないから」

「お任せください。最高の抱かれ心地をお約束します」


 その後はぐぅぐぅと空腹を訴える空っぽのお腹を抱えてデーミックに運ばれた。

途中で出てくるモンスターは全てデーミックが腐らせた。

こいつは本気になれば国一つを疫病で死滅させられる本当の大悪魔。

そのくらい造作も無い。


 ただ、問題があるとするなら。


「ねぇデミー。確認したいの」

「何をですかお嬢様」

「貴方わざとゆっくり歩いてない?」

「心外ですね。警戒しながら進んでいるだけですよお嬢様」

「こんな所で警戒する必要ないでしょう。早く歩きなさい」

「むむっ。解りましたお嬢様。御心のままに」


 デーミックの垂れ耳をぐいぐい引っ張ってやると、観念したのか明らかに歩調が上がる。

 本当に、地味な嫌がらせを忘れない男だわ。


 ともかく、そういう嫌がらせを受けながらも私達はクリスタルに触れて一気に入り口に戻って、そこから組合に向かったわ。

 その間も全部デーミックに抱えられてお任せ。

 私はそれくらいお腹が空いていた。


 だからまたモンスターの死体の買い取りで一騒動あっても全部意識の外だった。

 なんだか騒いでこんなモンスターどこで狩って来たとかが問題になってるみたいだけど。

 そんな事より串焼き、食べたいわね。


「で、ですから、あの、このモンスターの捕獲階層を教えて頂ければ……」

「申し訳ありません。お嬢様は空腹極まりそのような些細な事に関わりあっていられないという状態なのです。ご容赦を」

「いえ、ですが……ああああ、ではお食事を済ませてからでいいので、組合に顔をだしていただけませんか?」

「ふむ……どうしますかお嬢様」

「はあ。いいわよ。後で顔を出すからとりあえずこの死体を買い取って頂戴。私、とてもお腹が空いてるの」

「ええと、支払いは小切手で……」

「紙はお金じゃないわ。金貨を出しなさい」

「ひえぇぇぇぇ……昨日の今日でそんな大量の金貨ないですよ」

「出せるだけでいいの。出しなさい」

「うぅぅ、あまりそういう事をやってると市場が崩壊して、他の探索者に恨まれますよ」


 なんだか組合の職員が言っているけれど、私にとってはどうでもいい話だわ。

 それよりこの大きな沢蟹みたいなモンスターとかを引き取って欲しいわ。


「あれあれ?お嬢さんと悪魔さん。何揉めてるんだ?」


 そんな私達に声を掛けてきたのは朝みた軽薄な金髪。

 ロベールとかいう男とイアンという男だった。


 イアンはすこし緊張した様子でデーミックを見ている。

 デーミックはそんな彼の様子を見て本当に楽しそうに、にたりと口の端を吊り上げた。

 それに釣られてイアンは僅かに戦闘態勢に移ろうとする。


「お止めなさいイアンさん。デーミック相手にそれは蛮勇よ」

「……むぅ」


 空腹は確かに私の心の大半を占めていたけれど、人の為に迷い無く動けてしまう人をデーミックに必要上に弄ばせないように止める。

 私の言葉と、軽く威圧しただけでイアンは大人しくなる。

 そういう、本能に正直な人嫌いじゃないわ。

 まぁ、それはさておきイアンは止めたからデーミックに何かされることも無くなったし。

 後はロベールさんね。


「ロベールさん。私は早くこの蟹を売り払ってお金を貰って、食事に行きたいの。それなのにこの人が色々話が聞きたいなんて言って引きとめようとするのよ」


 私の説明と、探索物買い取り所の広場に置かれている蟹を見比べて、ロベールはパッと手を上げて言った。

 それはおどけて、私よりもデーミックに対して後ろ暗い事がないとあらわそうとしているように見えた。


「よし。じゃあお嬢ちゃん達は一旦その蟹しまえ。俺達も迷宮の稼ぎをだすのは一旦止めだイアン。俺の奢りで飯を食いに行こう」

「……おごりって何かしら、ロベールさん」

「お嬢ちゃん達の食う分の金も俺が出すって事だよ。どうする?」

「ご馳走になるわ」


 ご飯が食べられる。

 なら迷う事は無いわ。

 デーミックに目配せすると、彼ははて?解りませんねという顔で小首をかしげる。

 だから目配せを一睨みに変える。

 するとデーミックはやれやれといった顔で蟹をしまい込む。


「あ、あの!そのモンスターお売りいただけないんですか?!」


 なんだか哀れなほど慌てた声で声を掛ける職員にロベールが答えたわ。


「まぁまぁ、それは置いといてさ。このお嬢ちゃんに俺が飯食わせてくるから。ちゃんとその後ここに来させるよ。そうすれば落ち着いて話もできるだろ」

「う、うぅ。本当ですか?ロベールさんなら大丈夫だと思いますけど……」

「大丈夫大丈夫。任せなって。お嬢ちゃんもそれでいいよな?」


 ロベールが私に話を振ってきたのに、私は頷いて答える。

 すると職員は安心したようにため息をついて、へたり込んでしまった。


「そ、それじゃあロベールさんお願いしますー」

「任せなって。よっし、イアン。お嬢ちゃん達と飯に行くぞ」

「……解った。ロベールがそういうならそうしよう」

「よし決まり。お嬢ちゃんはどんな飯が食いたい?」

「どんな飯って?」

「そりゃあ、肉が良いとか魚がいいとか、焼くにしても塩でとかタレでとか、他にも煮る、蒸す、揚げる。色々ある」

「タレで焼くのは昨日食べたのよね。アレは美味しかったわ。ロベールさんのお勧めは?」

「俺のお勧めか?なんと言っても煮魚かな。イアンは肉に塩振っただけの料理が好きだが、俺は色んな具材から味の染み出した風味をあわせる煮魚が一番だ」

「ふぅん……そういう手の込んだ料理、興味があるわ。そういうのが食べられる所に連れて行って」

「お。じゃあ決まりかな?そっちの……悪魔さんもそれでいいか?」

「私はお嬢様に魔力を頂きますのでご遠慮なさらずに。それと、私の事はデーミックとお呼び下さい」

「あ、ああ。じゃあ行くぞ」

「解ったわ」

「ロベール、銀の魚鱗亭か?」

「ああ。そのつもりだ。……ああ、またライオタロスの腿肉食いたいのか」

「うん。ダメか、ロベール?」

「しょーがねーなー。今日は俺の事助けてくれようとしたから特別だぞ」

「本当か!ありがとうロベール!」

「はいはい。ほんとイアン。お前って奴は単純だな」


 なんだかイアンという男がおかしい。

凄く明るい。

もしかしてライオタロスの腿肉ってそんな美味しいのかしら。

笑いあいながら歩くロベールとイアンの後を付いて歩きながら、私はお金を払ってもらえるなら両方食べても問題ないわね、と考えたのだった。

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