少女、都会の寒空を知る
そういえば、マジカルポーチがどこで手に入るのか聞いていなかった。
まぁそんな物はそこらへんにいる人に聞けばすぐ解るでしょう。
というわけで、早速声を掛けてみた。
「ねぇ貴方。マジカルポーチという物を売ってるのがどこかしらない?」
「へっへっへっへっ……」
「聞いてる?教えてくれない?」
「くぅーん」
「埒が明かないわね。教える気はないの?」
「お嬢様。犬は答えられないと思いますが」
「あら、だってデーミックに良く似ているからそのくらいできると思って」
「お嬢様。私とこの犬を一緒にするのはお止めください」
「そう。まぁ冗談はこれくらいにして。そこの貴女、しらない?」
連れていた飼い犬に話し掛けられて呆然としていた少女に声を掛ける。
「へっ?あの、わた……し?」
「そうよ。犬に話を聞いて解るわけないじゃない。で、教えてもらえるのかしら?」
「えっと、街の南通り三丁目の魔法道具店マジカルパレットっていうお店なら有名みたい、です」
「そう。ありがとう。じゃあ行くわよデーミック」
「お嬢様。南通り三丁目がどのような場所なのか聞きませんと」
言われてみればそうね。
そういうことで少し詳しく話を聞いてみたら、どうも道沿いに歩いていけば看板で通りの名前と番号が書いてあるらしい。
不味い、もしかして文字が読めないって凄まじくおかしい事なのかしら。
文字読めないと街中も歩けないじゃない。
そこの辺りをよく聞いてみると、文字だけじゃなくて絵でも街の通りの名前を書いてあるらしい。
さっき南通りと言った所は絵だと月通り三本線とか言われるらしい。
これを聞いて一安心。
お礼を言ってその女の子と別れてデーミックを引き連れて私は目的地に向かい始めたわ。
パンデモニウムの街は迷宮を中心に不規則な円形に石造りの街が蜘蛛の巣のみたいに広がっている、らしいわ。
だから、通りの数を表す線の数が少ないほど古い建物らしいの。
だからちょっと嫌な予感はしてたのよね。
だって、目的の店って三本線でしょ?
古いお店って品揃えも悪い、って気がする。
なんだけど。
「……大きな店ね」
「左様でございますね」
「古い建物ならもっと小さい物じゃない?」
「順調に財を貯えて周囲の建物を飲み込んで大きくしたのでしょう。古に幾多の国が互いに飲み込みあい、一つになったように」
「そ、そう。なら私が望むような物もあるわね?」
「そう推察しますお嬢様」
お金の入った袋を抱えた腕の中からジャラリと音を立てながら頭を下げて尻尾を上げるデーミック。
その態度に背中を押されて石造りの三階建ての……えっと、とにかく長い、私が両手を広げて十五人分くらいの大きさの建物に入る。
中に入ると、木の床の内装に何本も並ぶ石柱に沿って置かれた棚に小さな鞄が沢山並んでいる。
他にも綺麗な色の入れ物に入っている液体とか、色とりどりの綺麗な石ころなんかも並んでいた。
こっそりデーミックにあれって何?って聞いたら。
「あれは魔法の薬と、小さな魔法を封じ籠めた魔法石ですね。あれらを使えば魔法が使えない人間も魔法を使えると言うわけです」
「ま、魔法?」
「ええ。それがどうかしましたかお嬢様」
「な、なんでもないわ」
デーミックから顔を逸らす。
でも、なんでもなくない!魔法!使ってみたい!
魔法ってあれよね!?
人を猫にしたり、家をお菓子とかいう甘くて美味しい物に変えたり、雲まで届く木をすぐに育てたりする、あれ!
どうしよう。
欲しい。
あの魔法石っていうの欲しいわ。
ちらちら覗き見ちゃうのを止められない。
「お嬢様。ダメですよ」
「な、何が?」
「魔法石は後回しです。今はマジカルポーチですよ」
「わ、解ってるわよそのくらい!」
思わず声を出すと、すっと人が寄ってきて言ったわ。
「失礼ですがお客様。本日は何をお求めですか?」
その言葉に、私が口を開くより先にデーミックが答えた。
「お嬢様と私の持つ金貨で買える最高のマジカルポーチを買わせていただきたいのですが」
すっと高い身長の犬頭から声を掛けられた人、お店の人はちょっと驚いた様子を見せながら私達をお店の奥にある台の方へ導いた。
「お手持ちのお金で買える最高級、と仰いましたが。いかほどお持ちですか?」
「細かくは数えていないのですよ。お手数をかけますが数えていただけますか」
デーミックの言葉に、彼の抱える袋の大きさを見て、少し固まる店の人。
「そ、その袋の中身は……」
「金貨でございます。お願いできますか?」
「そ、そういう事でしたらお受けします。台の上に袋をお置きになってください」
「はい。お嬢様も袋を置いてください」
「解ったわ。ねぇねぇ、他に店の人はいないの?できれば置いてある魔法の道具の解説をお願いしたいんだけど」
「それでした……おーい!誰か着てくれ。こちらの赤いドレスのお嬢様に商品の説明を!」
「はーい。畏まりました。お客様こちらへどうぞ」
お金を数える店の人とは別の人に案内されて商品が置いてある方に行く。
「ねぇ、この丸いのって魔法石なのよね?どんな魔法が詰まってるの?」
「それは雷撃の籠められた魔法石です。初級の電撃魔法を解放の意思を伴う合言葉で使用することが出来ます」
「電撃を出すだけ?カボチャを馬車にするような魔法の詰まった魔法石はないの?」
「は?」
「だから、ほら、なんていうか。魔法である物を別の物に変える様な魔法の入ってる魔法石」
「え、ええと。申し訳ありませんが当店ではその様な魔法石は取り扱っておりません」
「……これだけ色々あるのに無いの?」
「はい。と、言いますかそのような魔法を籠める魔法石はどこにもありません」
「無いの!?電撃の魔法が籠められた程度じゃただの攻撃能力の替わりじゃない!」
「そ、その様に言われましても。魔法石とは基本的にそういうものですので」
「じゃ、じゃあ魔法って物語の魔法みたいなのはないのね?」
「はい。マジカルポーチも媒体を変えているだけでポーチに空間魔法を籠めているだけですので」
なんだかがっかりしちゃった。
デーミックは私に色んな話をしてくれた。
今思えばからかいに満ちたそれらの中にも、確かに私にこの世界に夢を持たせるような話はあったのに。
その一部が壊れちゃったような気がする。
この世界には単純に、ぱっと掛ければ人が幸せになる魔法なんて無い。
そういわれた気がしたの。
だから後は興味が失せて、精算所というらしい所でお金を数えるのを見ていたデーミックの所へ戻った。
そしてデーミックに聞いたわ。
「ねぇ、デーミック。人を簡単に幸せにする魔法って売ってないのね」
私の声には少し失望がにじんでいたかもしれない。
その声を垂れた耳で捕らえて、スマートな細面に笑みを浮かべたデーミックは言ったわ。
「人の幸せを形にするのは非常に難しいですからね。人によっては自分が何に幸せを感じているか、それすらもわからぬ輩もおりますゆえ」
それがとても愉快で堪らないと言う顔をする犬面の悪魔に、私ははぐらされている気持ちになった。
だから少し聞いてみた。
「それじゃあ、デーミックから見た私の幸せって何?」
「今の所楽しい事を追及することですね。お嬢様は娯楽に飢えておいでです。それも複雑なルールに乗っ取ったものではなく、至極単純なルールの物を」
「それはつまり?」
「強いか、弱いか。ただそれだけを比べる遊びがお好みのようで」
「そう。貴方にはそう見えるのね」
「後はまぁ、食べた事のない美味にも幸せを感じるご様子。串焼き、夢中で食べておいででしたからね」
「うん。まぁアレは良かったわ。またお腹がすいたら食べたい」
「あの様な些細な事でも満足する者と、どのように大きな、例えば私がお嬢様の魔力を頂くほどの幸運を手中にしても満足しない者もいるのが人間です。お心にお留め置きください」
「デミー、つまり貴方は満足する事がないのね」
「おそらくは」
「悪魔というのも大変ね」
「ええ。ですのでお嬢様、お慈悲を賜れますか?」
仰々しく跪いて私の手を取るデーミックには好きにさせておいた。
ずぶりと肉に牙が埋まりこむ感触の後、溢れ出る血を啜られる感触がする。
慣れたその感覚には鈍い痛みしか感じない。
それも少しの事、すぐにデーミックは満足して傷口を消すでしょう。
と、そこで気づく。
デーミックって空間系の能力を持っているのだから、もしかしてマジカルポーチっていらないんじゃないかしら。
そこまで気づいた所で、満足げに金貨を数え終わったお店の人が自信ありげにマジカルポーチを六つ並べて。
「金貨三百枚確認しました。一等級マジカルポーチ一つ金貨五十枚、六個をお受け取りください」
笑顔でポーチを六つ差し出してくるお店の人。
なんだか今更、やっぱりいらないと言えない雰囲気。
私はちょっと自分の動きがぎこちなくなるのを感じながらポーチを受け取って、デーミックに三つ渡す。
「はい。貴方も三つ持ちなさい」
「畏まりました。所でお嬢様。私このように自らの専用領域に物を入れる力がですね」
「デーミック」
「はい」
「貴方は物を沢山入れられるポーチを手に入れたことでより多くの物を持てる様になった。いいわね」
「はい。お嬢様がそれでよろしいならば」
私は後は黙ってポーチを三つ身につけ、店の外に出た。
三百枚の金貨を数える作業にはそれなりに時間が掛かったのか、石造りの街は紅く染まって、日は落ちかけていた。
「ところでお嬢様。全額ポーチにつぎ込んでしまいましたが。今夜の宿はどういたしましょう」
デーミックが妙な事を聞いてくる。
「お金がないと寝られないの?」
「少なくともお風呂と夕食は味わえませんね」
ああ、そうなんだ。
というかご飯、そういえば串焼きもお金を使って買ったんだったわ。
完全に忘れてた。
「デーミック」
「はい」
「私、今日はもう寝るわ。どこで寝ればいいと思う?」
「路地裏に参りましょうか。人目に付かなければ眠りを邪魔される事は無いでしょう」
「そう。じゃあ目星を付けるのは任せるわ」
「承知しました」
こうして、私の街での生活一日目は路上で寝ることになったのだった。