少女、都会の味を知る
代筆料が払えず大恥を掻いた組合で、改めて 銅貨二枚を叩きつけるように登録を済ませた後。
私という主人であり義娘である人間が恥を掻いたというのに、楽しげに長い口の端を吊り上げるバカ犬に言ってやる。
「恥を掻いたわね」
「左様で、お嬢様」
「デーミック。なんで文字なんてものがあるなんて教えてくれなかったの」
「お嬢様には不要のものだと思いましたので」
「街に行くといった時点で必要になると思わなかった?」
「はて。私めには近頃の人間の言葉はトンとわかりませんので」
「……デミー。貴方の知ってる言葉って何年前の言葉?」
「はて、万か億か。記憶に定かでない程度に昔ではありますね」
「……このボケ爺」
「いけませんよお嬢様。その様に汚い言葉を使っては」
気障ったらしく口元に毛むくじゃらの右手で指を立てて、左手を振る執事気取り。
ほうっておきたいが今は私には聞きたいことがあるのだ。
「はぁ。不毛ね。それはそうと今何階かしら、デーミック」
「そうでございますね。大体百四十層あたりではないでしょうか」
「えっと、とにかく一杯ね?その割には……手ごたえが無いわね」
私は言いながら、全身から刃を生やしたような竜種の胴体に拳を突き立てる。
耳障りな音を立ててその身は二つに折れる。
「それで、時間はどのくらい経ったの」
「二時間ほどですね。そろそろお帰りになられますかお嬢様」
「そうね。急ぐわけでもないし。ポンポン鳴り続ける音も五月蝿いから帰るわ」
「畏まりました。ところでこのモンスターの死骸、いかが致しましょう」
「お金になるんでしょう?持ってきて」
「承知致しました。お嬢様は心置きなく手ぶらでお帰りください」
仰々しい動きで身長の何倍もある剣竜の死骸を持ち上げ、引きずるデーミックに私は言った。
「ねぇデーミック、死骸を運搬する人間を用意するべきかも知れないわね」
「私が運びますよ」
「それはいいけど、帰り道の敵全てを私が倒すのかと思うと憂鬱なの」
「何か問題がございますか?」
「ぽんぽんぽんぽんうるさいのよ。レベルアップの音がね」
本当に、バカみたいに音が鳴る。
この階層の敵の経験値がいくつなのかなんて考えたくも無い。
デーミックは以前私のこの必要経験値1は神からの祝福による聖なる病だと言った。
でもこれが祝福ならきっと神様は気狂いのような太鼓打ちだろう。
もう魔力は十分上がったのだからこの経験値1でレベルが上がる病を治して欲しいといったら。
デーミックはこれは穢れ病ではなく聖なる病なので手が出ないとか言っていた。
本当なのか嘘なのか解らないけれど、私は一生この音と付き合って行かなければならないという事は決定のようだ。
人は経験値が上がらない生活をすれば良いというだろう。
でもそんな生活が出来る人間はもうこの世界にそういう道筋が出来ている人間だけだ。
私みたいな家業も無いはみ出した人間はこういう生き方しか出来ない。
できるのかもしれないけど、私には力がある。
ならこういう生き方でもいいじゃない。
そんな益体も無い事を考えながら、途中で襲ってくるモンスターを適当に指でなぞって切り裂いたりしながら迷宮の外に出た。
ああ、そういえば私達の速さについて来られる運搬人っているのかしらね。
他の深い階層に潜っている探索者って荷物どうしてるのかしら。
後で調べなきゃいけないことが増えたわね。
地上に帰れば昼下がり、小腹が空いてきた所でまた問題発生。
組合のモンスターの死骸引取り所で買い取り拒否をされたの。
拒否って言うか、現金が無いからこれで買いますって、妙な紙切れを渡そうとしてくるわけ。
見たところお金じゃないし、こんなのでご飯食べれるの?って聞いたら食べられますって言うんだけど。
どうもデーミックが笑っているのが怪しい。
これはもしかしたら私騙されてるのかもしれないと思うと素直に死骸を渡せない。
「本当にこれでご飯食べられるの?だってお金じゃないじゃない」
「ですからですね、これを銀行という所にもっていけば、この紙に書いてある額面のお金に替えられるんです」
「いや。信用できないわ。そういえば私数字も読めないもの。これになんて書いてあるかもわからないから信用できない」
「そんなぁ……」
私の対応をしてる女の職員は泣きそう、っていうか半泣きになってる。
これを買い取れなかったら部長から雷が落ちるとか言ってるわ。
天候系の能力が使えるなら自分で獲ればいいのに。
あ、天候系じゃダメね、迷宮内に雷は降らないわ。
ちょっとお腹空いてきたし、デーミックはくっくっくと笑ってるし。
ちょっと機嫌が悪くなった私はとりあえず払える現金を寄越しなさいって言ったわ。
そしたら対応してた女は相場より大分お安くなってしまいますが……なんて言ったわね。
私はそういうのどうでもいいからとにかくお金にしてと言ったら、しばらく待たされた後。
どっさりと一抱えある袋に金貨を詰めた男の職員を三人連れてきて、これが今払える限度ですっていうの。
その時にデーミックが私の耳元で囁いたの。
「お嬢様。金貨は噛んで真偽を確かめるのが倣いでございます。噛み千切って別の物が混ぜられていないか御確認ください」
デーミックの言葉は胡散臭かったけど、多分大金だから、私も慎重にやらなきゃって思ったの。
だから私適当に一枚金貨を取り出して一噛みして中まで金だっていうのを確認したわ。
デーミックに二袋持たせて、私も一袋脇に抱える。
それがあんまり邪魔だからついでに、普通の探索者っていうのはこういう荷物をどうしているのか聞いた。
そうしたらマジカルポーチとかいうアイテムが等級毎に売っていて、それに沢山の荷物が入るみたい。
便利な物があるのね、と関心しながら、もう一つついでに。
美味しいご飯を作ってる所を聞いたわ。
でもね、美味しいご飯を作ってるっていう場所に行く前にね。
くしやきやって言うのがあったの。
タルキィっていう鳥型の生き物を切り分けて、串に刺してタレで焼いてたんだけど。
通りがかったら凄くいい匂いがするの、甘くて、でもお砂糖みたいな甘さじゃなくて、お腹を刺激する匂い。
だから私、言ったわ。
「デーミック。お昼は串焼き。良いわね」
「……お嬢様は少々抜けていらっしゃるので確認しますが串焼きだけ食べるおつもりですか?」
「そうよ。何か変な所あるかしら?」
「いえ、ありませんよお嬢様。ごゆっくりご賞味ください」
屋台主っていうの?とりあえず肉を焼いてる人に金貨一枚渡したわ。
「これでどれくらい食べられるか解らないけど。食べていいだけ食べさせて」
「は、はぁ!?金貨一枚分かいお嬢ちゃん!」
「そうよ。私、お腹が空いてるの」
「金貨にお釣りなんて用意してないよ……」
「お釣り?そんなの良いから。食べていいの?ダメなの?」
「そ、そりゃお嬢ちゃんが良いって言うならいいけどさ……あ」
私は適当に焼いてる串を掴んで食べる。
……うん、なんだか焼けた部分と生の部分がかみ合ってない。
なんだか想像したより美味しくなくてがっかり、これなら完全に生の方がいいかも。
と思ったら、屋台主のおじさんが何か言っている。
「お嬢ちゃん!ダメダメ!それはまだ焼けてないの!焼けたのから渡すから!はいこれ!」
なんだかまだ食べちゃいけないのを取っちゃったみたい。
気を取り直しておじさんが渡してきたのを食べた、そしたら。
甘辛いタレが、ほろほろ崩れるタルキィの肉を絶妙に味付けして、口の中で肉の味と融合する!
美味しい!
後は一心に食べた。
なんだかデーミックがくすくす笑っているけど、そんな事はどうだって良いわ。
だってこんなに美味しいんですもの!
結局私は、まぁ、沢山よね、沢山、十以上は沢山でいいわ。
と、ちょっと数えるのが面倒な数の串焼きを食べて、ちょっと締め付けるドレスが苦しくなったわ。
私が屋台主のおじさんにもう良いわって言ったら、デーミックは布を取り出して私の口の周りを拭いた。
「美味しかったわ。やっぱり街に出てみるものね」
「お嬢様は普段のお食事にご不満が?」
「普段の生肉と野菜も悪くないけど、焼いた料理も悪くないわ」
「では生肉とさきほどの串焼きを比べたらいかがですか?」
「……串焼きよ」
「ああ、お嬢様の舌が都会の悪徳の味に染まってしまった。なんと嘆かわしい」
「食べ物に良いも悪いもないでしょうに」
「いえ、実は肉をこのように加工して食するのは元となる動物の死体を弄ぶ行為。邪悪の極み」
「ふーん。まぁいいんじゃないかしら」
「ふむ、よろしいので」
「この程度で地獄行きになるならとっくに魔界はパンクしてるでしょ」
「やれやれ、地獄と魔界は正確には違う場所なのですが」
「私には良く解らないわ。それよりお金の袋抱えてるのも邪魔だし。マジカルポーチでも買いに行きましょ」
「畏まりました。お嬢様」
恭しく礼を取ってみせるデーミックの、大きな垂れた耳を撫でながら頷く。
どうせ地獄も魔界もどうでもいいの、デーミックが私の傍に居てくれるなら、どこでもいいわ。