表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

少女、街へ行く

 ちくちくと這い回る芋虫を潰す。

 その為にぽんぽんと頭の中で音がする。

 これはレベルアップの音。


 この世界では一般的に、レベルアップまでの必要経験値が高いほど、それに見合った能力の上昇を見せるという事で、人の価値はそこで決定する。

 そんな中で私の必要経験値はというと一。

 ずっと一だ。

 本当の両親は私の必要経験値が一だと解ると私を捨てた、らしい。


 でも、そんな私を拾って面倒を見てくれたのがデーミック。

 彼は悪魔だ。

 細面の、どこか高貴さを感じさせる白銀の毛皮を靡かせる獣の顔。

 白いシャツの胸元を開けた部分からはネッカチーフのように毛皮を覗かせ、黒いタキシードを着込んだ人型で、でも決定的に違うモノ。


 そんな彼が私を拾った理由は簡単で、私の特異体質を病という形で見抜いたから。

 彼は私の必要経験値1が永続的な病で、どんな小さな命でも奪えば瞬く間に数十レベルが上昇するというのを知っていたの。

 そして狙いはその圧倒的なレベルの上がりやすさで獲得に至る膨大な力。

 彼は私が自力で動けるようになってから、すぐ命を奪う事を覚えさせ、レベルアップする事で増した魔力を喰らっていた。

 今ではほぼ完全に力関係が逆転し、人の眼を騙す為に私の使い魔を気取っているが、その口が減る事は無い。


「おめでとうございます。ノーレお嬢様。この短時間でまた10以上のレベルをお上げになったようで」


 恭しく芋虫を潰した木の枝を持っていた私の手を取ると、その長い鼻面の先の湿った黒を手の甲に掠めてくる悪魔。

 もう解っているのだ、この後このデーミックというろくでなしが何を求めるのか。


「ではお嬢様。私めにお情けを頂いてよろしいでしょうか?」

「好きになさい。ああ、でも今日はそれが済んだら少し話があるの」

「ん?なんなりと。では頂きますね」


 くぱぁっと口を開いて、デーミックは私の右手首に噛み付く。

 それも甘噛みではない、穢れた病の全てを司る疫病の悪魔が全力でだ。

 この調子ならそう遠くない未来、私自ら身体の一部に切り口を作ってデーミックに血を与えないといけなくなるだろう。


 私の心音のリズムに合わせて、ぴちゃりと舌を鳴らして血を啜る浅ましい姿を見る。

 そこには普段の気取った色は無く、高純度の魔力に恍惚とする駄犬のような獣が居た。

 この姿は私に僅かな満足感を与える。

 保護者に陶酔感を与える事が出来るのは私としても喜ばしい事だから。

 ただ、ちょっぴり痛いのが難点だけれど。


 そしてしばらく私の血から直接魔力を取り込んでいたデーミックがべろりと傷口を舐めて消し、その顔に皮肉を含んだ気品を取り戻してから私は言った。


「もう良いかしら?」

「どうぞお嬢様。どのようなご要望ですか?」

「飽きたわ」

「はて、何に?」

「森の中で芋虫を潰す暮らしに。街に行きましょう。できれば迷宮のある街が良いわ。そこなら貴方もさほど目立たないだろうし」

「街でございますか」

「そう。街よ」

「ではまずは服でございますね」

「そうね。用意しなさい」

「畏まりました、お嬢様」


 会話を追え、優雅に一礼したデーミックは地の底へ沈んでいった。

 恐らく魔界に居る自分の配下の仕立て屋にでも服を作らせに行ったんでしょう。

 私はデーミックが戻るまで、今までそうだったように、全裸で虫をつぶしながら。

 ポンポンと鳴るレベルアップの音を聞くのだった。




 あれから数時間。

 どうせあの犬は無駄に利く鼻でこちらを見つけるだろうと、森の小さな生き物達を殺して回って数刻。

 そういえば今の私のレベルはいくつなのかと、益体も無い事を考えながら待っていると、ろくでなしの保護者はその姿を現わした。


「お待たせいたしましたお嬢様。お嬢様に耐えられる素材を見繕うのに少し、手間取りました」

「いいわ。それより早く渡して」

「ではまず下着から。恐れながらお嬢様は下着の着け方はご存知ですか?」

「着けるのに知識が必要な面倒な下着を持ってきたの?」

「くくっ、いえ確認までにです。勿論見れば解る下着しかご用意しておりませんよ。特に……胸の方は必要ないでしょうし」


 笑いながらドロワーズを渡してくるデーミックは後で殴ろう。

 手加減すれば死なないはずだ。

 穢れと病を司る疫病の大悪魔なのだから死なないはずだ。


 もそもそとドロワーズに足を通し、留め紐を結ぶと次はドレスだ。

 こちらは一人で着れる物を用意したか解らない、確認しないと。


「デーミック。ドレスは勿論1人で着れるものを用意したのよね?」

「お嬢様。お嬢様の格にそのような物は相応しくないと判断しまして、当然介助が必要な物を作らせました」


 殴った。

 デーミックは木を5,6本へし折りながら飛んでいった後、無駄に影を使った移動術で私の傍に戻ってきた。


「お嬢様。レッドエイシェントドラゴンの腹革をふんだんに使った特注のレザードレスですよ。何かご不満が?」

「たった一点、致命的な一点を除いて文句は無いわ」

「ではどうかそのご不満を我慢なさってください」

「一人で着られる物を用意し直しなさい」

「今更、私とお嬢様の仲ではございませんか。それこそ私めはお嬢様のおしめも換えたことがあるのですよ」


 こういうところが気に食わない。

 拾ってくれた事には感謝するけれど、それとこれとは別の問題だと思うし。


「いいから。準備し直しなさい」

「何がご不満なのですかお嬢様。私めが着替えを手伝うのに何か問題が?」

「私ももう14よ。貴方に着替えの面倒を見てもらう必要は無いわ」

「おやおや、もしかして一丁前に裸が恥ずかしいなどと申されるので?散々森の中で裸で過ごしてきたじゃないか、愛しい娘よ」

「森の中では確かに恥ずかしくないわね。でも私達は街に行くのよ。私は昔のような苛つく思いは嫌よ」


 そう、私は以前にも、何年前だったかしら。

 多分9歳か10歳の時だったと思う。

 デーミックに楽しいところに出かけようとか言われて街に連れ出されたことがあるのだ。

 全裸で。

 周りはちらちら煩わしい視線を向けてくるし、最後には街のおばさんに服を着なさい!と言われるわ。

 その間あの駄犬はずっと笑いが堪えきれないと言った様子で愉しんでいた。

 あの頃は訳もわからずいらいらしていただけだったけれど、今ならわかる。

 街という囲いに入るなら、周囲に合わせる必要があるのだ。

 私はそれから外れているから不快な思いをするハメになった。

 だからこの件で譲る気はない。


「ふぅっ。仕方ありませんねお嬢様。ではこのドレスに袖を通してチューターと唱えてください」

「……最初からそういえばいいのよ」


 デーミックからパッとドレスを受け取り、滑らかな肌触りの膝上までの丈のスカートと手の甲まで覆う紅の、各所をベルトで留めるドレスが自然と装着される。

 それを見てデーミックは満足げに鼻を鳴らすと付け足した。


「そうそう、脱ぐ時はオープンと言えば自然に脱げますからねお嬢様」

「そう。それにしてもこのドレス、手入れが面倒そうね」

「水洗いして良し、お手入れ簡単ドレスでございますよお嬢様」

「そ……さて、どの街がいいのかしら。長生きで物知りな貴方なら良い考えがあるでしょうデミー」

「そうですね。では最大の迷宮都市パンデモニウムにでも参りましょうか。あそこなら底知らずの魔宮がありますので」

「他の条件は?」

「魔動機の普及によって風呂等の休憩施設も普及しております。迷宮から持ち帰れる魔物の素材で街は潤い、物流も太く食事も豊富です」

「食事はともかく、お風呂が気楽に入れるのは気に入ったわ。そこにしましょう」

「承知致しました。それでは我が腕にお入りください」

「任せたわよ」

「お任せを。移動は一瞬でございますお嬢様」


 デーミックに肩を抱かれ、一瞬目の前が暗くなったと思ったらそこはもう雑踏を感じる街の中。

 この街がパンデモニウムか確認する必要はあるけれど、とりあえず街には入った。


「ご苦労ねデーミック。さて、迷宮に潜るに当たってなにか必要な事はある?」

「さて。私は瑣末な人間の俗事には関わりませんので。お嬢様の手でお探りになるのがよろしいかと」

「そうね。貴方って信用しきれないし。行くわよ」

「はい。お供します」


 その後適当に捕まえた街の人間から聞いた話を纏めるとこういう事らしい。

 迷宮に潜る為には組合に登録が必要で、登録するのに銀貨一枚が必要、だが使い魔は登録だけすれば良いという事。


 ここで一つ問題が発生した。

 私もデーミックも、地上の人間の使う貨幣など持っていない。

 かといって魔界の物を持ち出して売り払うなんていうのはろくな事になりそうに無い。

 なので、私はデーミックを使ってちょっとした商売をする事にした。


 場所は穢れ病が溜まっているらしいしょーかん通り。。

 そこらへんをうろついている顔に妙な物を塗った女を捕まえて、この辺りのボスに繋ぎを取るように『お願い』をする。

 ちょっと反抗的な態度を取られたら、辺りの建物の角をスポンジをちぎるようにしたら素直に話を聞いてくれた。

 後はこの辺りのボスと話をつけて、彼の領分での穢れ病。

 つまるところデーミックの手のひらの上で生まれる病の退散する結界を、デーミックに張らせて代わりに銀貨を得る。


 デーミックに仕事をさせた代償に、再び血を与えてから、道行く人々に組合への道筋を聞きながら進む。

 一つの区画を丸々占領するかのような巨大な石造りの威圧感を与える建物の中に、両開きの申し訳程度の扉を開いて入る。

 広い建物の中に居る人々は私達の事を気にする人間は居ない。

 と言いたいところだけれど、私の服装とデーミックが目を引くのか、少し視線を集めてしまう。


 でもそんな事はどうでもいいの。

 さっさと登録を済ませて迷宮に潜るつもりで列に並んだ結果。


 私もデーミックも書類に書き込む文字の代筆料が払えなくてあのボスにもう一度お金をせびりに行くハメになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ