吾輩はインコである『美食編 その1』
ある朝、ふとレイコの家に新しい施設が設置されていることに気づいた。
円錐状の筒が、尖った方を下にして立てられている。
はてこれは、なにをするところであろう。
水を入れるのには小さいし、底は小さな穴が空いているようだ。
野生の掟としては、自分の縄張りに突如として新参者が現れた際には悪戯につついたりせず、適度な距離を持って観察すべしとある。
レイコも好奇心を押えつつ、掟にならって円錐くんとは一定の距離を置くこととした。人間界ではこれをソーシャルディスタンスという。
レイコが円錐くんに鋭い観察眼をむけていたところへ、オカアサンが朝ごはんの用意を始めだした。
水入れを入れ替える。
餌箱を左右にふって空になった粟をあぶりだし、上澄みだけを捨てて上から新しい粟を充填する。
と、そのままの流れでオカアサンは円錐くんに手を伸ばした。
鳥かごの枠に縋り付いていた円錐くんをオカアサンは器用に取り外し、いそいそと台所まで持ち去った。
円錐くんになにやら仕掛けを施すつもりらしい。
しばらくして戻ってきたオカアサンの手に握られた円錐くんの姿を一見して、レイコは仰天してしまった。
円錐くんの中に、なにやら緑の頭髪がゆっさゆっさと生えていたのである。
えらく垢抜けた円錐くんをオカアサンは再び鳥かごに設置して、「小松菜だよ~」と紹介してくれた。
なんと、彼は小松菜くんであったのか。
早速ご挨拶せねばなるまいと、レイコは粟の山に突っ込んでいた頭をもたげて小松菜くんへ飛び乗った。
非常に魅力的な髪の毛である。
鬱蒼としてナヨナヨとして、オトウサンの髪より綺麗な色だ。
遊ぼうと茎のあたりをかじってみると、シャクッと音を立てて小松菜くんの頭髪は呆気なくちぎれた。
アイヤすまない、オトウサンの髪はこんなにもろくなかったものだから、レイコは慌てて謝罪しようとして、いやしかし…なんだこの風味は。
まことにうまい。
この瑞々しさ、粟など比べ物にならぬほど美味である。
くちばしを擦り合わせて茎を味わってみると、シャクシャクと爽快な音が身体中に響きわたる。
小松菜くんに会釈して、今度は葉の部分を拝借。
茎には食感こそ劣るが、ひとかじりすると葉の部分にレイコのくちばし模様が残ることがとても愉快だ。
端っこから1周してかじり続け、模様をつけてやった。
まるっこかった小松菜くんの葉はギザギザにカットされた。
レイコも満腹だが、小松菜くんも男をあげたぞ。
2人して胸を張っていると、オカアサンが鳥かごの中の両人をのぞきこんでアハハと笑った。
小松菜くんはレイコの施術によってズタズタにされ、当のレイコのくちばしは真っ青に彩られていたのだった。
レイコちゃん、初めての小松菜を体験しました。
インコの味覚の八割は食感である、とレイコちゃんは語っています。
小松菜もシャクシャクを楽しんだ後のスジは決して手を付けてはならないそうです。
次回、美食編が続きます。新しい食べ物に興味津々のレイコちゃんをお楽しみください。




