吾輩はインコである『成長編 その2』
手乗りになってから、新たな問題ができた。
手乗りをする時、レイコはジイチャンが人差し指をレイコの腹の前まで差し出してくれなければ乗ることができない。ジイチャンの肩や頭の上で遊ぼうと思ったら、まずピィとひと声かけて人差し指を出してもらい、指までかけていって乗り、人差し指のエレベーターが肩や頭へ到着してからでないと遊べない。
万事が万事、人差し指経由なわけだ。これではレイコもジイチャンもちょっと手間である。
もっとダイレクトに移動したい。レイコは試しに、胡坐をかいているジイチャンの膝の上に向かってジャンプしてみた。
パタパタッ。成功。これくらいの距離なら直接行けるらしい。
次はこのまま、腕の上へ。パタパタッ。余裕である。
思い切って、ジイチャンの作業机の上へ移ってみる。パタパタパタッ。行けるじゃないか。
ん?先程から、レイコがジャンプする度パタパタとうるさい。落ち着いて確認してみると、それはレイコの羽音だった。そうか。尾っぽがあれだけ伸びたのだから、風切り羽も成長していたのだ。もう飛べるかもしれない。
レイコは机の上をグルグルッと走り回って勢いをつけ、ジイチャンの頭めがけて羽ばたいた。パタパタパタッ。
飛べた!
素晴らしい。これは明らかに、ジャンプでは辿り着けない距離だ。頭の下からジイチャンの「おぉ」という歓声が聞こえてきた。
この調子で少しずつ距離をのばせば、すぐにあっちこっちへ飛び回れるようになるはずだ。
飛べるようになったら、今度はピィと呼ばなくてもジイチャンが人差し指を出してくるようになった。かごに戻ってほしい時、危ないところへ行った時、ジイチャンはレイコの腹に人差し指を添わせて手乗りを要求する。乗りたくなくても、指が腹の前に来るとついつい乗ってしまう。
手乗りは強制送還の手段になってしまった。残念だが、これも人に飼われるインコの宿命だ。
羽が生えそろい、鼻が青くなり、尾っぽと風切り羽が成熟して、手乗りを覚え、飛べるようにもなった。
これで、レイコも立派なセキセイインコであろう。と胸を張っていたら、まだインコとして不足している技能があるようだ。
なんと、インコは人間の言葉を話せるらしい。それも、雄は特に口達者らしいのだ。
どうりで…。自分が話せることを知った時、レイコには思い当たる節がいくつもあった。
まず、ジイチャンとバアチャンはやたらにレイコに話しかけてくる。それも雛のうちはピィピィとかチイチイとかだったのが、最近「レイコちゃん、かしこいね」とか「レイコちゃん、オハヨー」とか、かける言葉が人間寄りの内容に変化していた。
今まで、あれは人間の子どもが人形に話しかける類のものだと思っていたのでレイコのほうもピヨピヨとかチイチイとか適当に返していたのだが、そうではなかったのだ。ジイチャンもバアチャンも、レイコが人間の言葉を話すことを期待してレイコに教育を施していたのだ。
レイコはとんだ勘違いをしていた。セキセイインコに赤いのはいないが、今のレイコはまっかっかの心持ちだ。
そうと決まったら練習あるのみ。ジイチャンとバアチャンの呼びかける声が聞こえたら、必ず正面に回って唇の動きを観察するようにしよう。
人間であるジイチャンがレイコの鳴き声をあんなに上手に真似できるのだから、同じようにインコが人間の発音を真似できぬ道理はない。
しかし、事はそう簡単には進まなかった。ジイチャンの口の中に頭を突っ込んで確認を取ってみたら、「レイコ」の「レ」を発音する時ジイチャンの舌は巻いている。舌が上あごをはじいて、その勢いで「レ」と声を出しているのである。レイコにも確かに舌はついているが、ジイチャンのように長くない。これは難題である。レイコは舌がもつれるほどチョロチョロ巻きまくった。
こんなことなら「ピーちゃん」とか「チッチ」とか、もっと簡単な名をつけてもらえばよかった。
ついに飛べるようになったレイコちゃん。
しかしインコとして最大にして最重要技能である、おしゃべりが未習得です。
果たして自分の名前を言えるようになるのか?
次回、天敵が登場します。