吾輩はインコである『成長編 その1』
実は、ジイチャンのところへ来てからずっと気になっていたことがあった。
ジイチャンの部屋の向こう側から、ジイチャンではない人間の声がしきりにするのである。レイコが鳥かごの中で暮らすようになってから、その人間はやっと姿を見せるようになった。バアチャンである。
今まで声しか聞こえなかったが、レイコが来るずっと前からジイチャンはバアチャンと暮らしていたらしい。ではなぜ、これまで挨拶がなかったのか。すぐに分かった。バアチャンは、鳥が怖いのである。レイコが鳥かごの中で粟をつついたり、止まり木で大人しくしている限りであれば、バアチャンはレイコを可愛いと思ってくれるようだ。ただし、日に何度かジイチャンがかごから出してくれる時、バアチャンは絶対に寄ってこない。
一度、レイコが外で(鳥かごの外だって室内だけど、レイコにとっては外なのだ)遊んでいる時、うっかりバアチャンがドアを開けて入ってきてしまったことがあった。バアチャンはひいいぃっと叫んでドアの向こうへ引っ込んだ。バアチャンも驚いたかもしれないが、あの反応にはレイコもショックを受けた。以来、バアチャンとは鳥かごの枠ごしに応対している。
ジイチャンがスプーンで運んでくれなくても、レイコはご飯が食べられるようになった。
自分のくちばしでつついて食べるのは、楽しい。今までは剥き粟をふやかしたやつを食べていたので、飲み込みやすいが味気なかった。殻付きの粟をくちばしで割って、中身を食べる。カリカリした歯ごたえ(くちばしごたえ)が最高だ。
水も上手に飲めるようになってきた。水は飲んでもいいが、水入れの中に浸かるのも面白い。
鼻の頭が青くなってきた。セキセインコの鼻は生まれた時には雄でも雌でも同じ色だが、成長するにつれて雄は青くなり、雌はピンク色になる。
人間の子どもは生まれてすぐに分かるとか、いやいや性別は当人が後から決めるのだとか色々あるそうだが、とにかくインコは鼻の頭だ。どうやらレイコは、雄らしい。
しかし、レイコという名は女性の名前の代表格であるときく。ジイチャンが一番はじめに飼ったインコが、雌だったのだろうか。今更改名手続きをとってくれとジイチャンに頼み込むわけにもいかないから、レイコはレイコとして生きてゆくことにする。
鳥かごの家をもらってから、レイコはごく自然に「とまる」という動作を覚えた。エサ入れのふちにとまってご飯を食べる、水入れのふちにとまって水を飲む、とまり木にとまって毛づくろいをする。
自分でも気づかなかったが、それまでレイコは、ジイチャンの手の中でじっとしているか、畳の上でつったっているかしか身の処し方を知らなかった。だから、するべきことが無くなってしまうと部屋の隅でじっとかたまっているしかなかった。
「とまる」は便利である。木にとまるという基本の姿勢さえできれば、そのままジイチャンと遊べるし、飽きたら眠ってもよい。
ある時ふと思った。こんなに上手に木にとまることができるのだから、人間の指にもとまれるのではないかと。
ジイチャンがかごを開けてくれる時を狙って、ジイチャンの手がひっこむ前にひょいと飛び乗ってみた。成功だ。レイコを手の甲にひっつけたまま、ジイチャンは自分のくちもとまで引き寄せてくれた。
レイコは興奮してピヨピヨさえずった。ジイチャンもレイコの真似をして「チイチイ」と答える。とても幸せだった。
この一件以降、外へ出る時はジイチャンの人差し指に乗る決まりとなった。これが、手乗りになるということらしい。
差し餌は人間にとっても大変ですが、愛着がわきますね。
レイコちゃんの行動範囲が広がってきました。
次回以降、どんどん鳥らしい動きを身に着けてゆきます。