せんせい
あたしは校庭の木に両手をかけて、見上げる窓には白衣のせんせい。メガネがきらりと西日を受けて光った。こっちを見たけど瞳が見えない。だからあたしを見てくれてるのかどうかはわからない。
待ってると、窓から消えたせんせいが、1階の出口に現れる。あたしのほうへ歩いて来る。まっすぐに、来てくれた。優しい理知的な顔が、いつも以上に嬉しい。
「どうしたんだ、小池? ずっと生物学室を見ていたね?」
「せんせいを見てたんです」
「僕を? ふぅん。嬉しいな」
「うそつき」
「まぁ、早く帰りなさい。道草を食わないようにね、まっすぐ」
「せんせいは、いつ帰るの?」
「僕はまだやることがあるよ。今度のテストの問題作りや……」
「そんなことより早く帰ってください。仕事ばかりしてるとトシとりますよ?」
「参ったな」
「ねぇ、せんせい」
「ん?」
「せんせい」
「なんだ? 言ってみなさい」
「呼んでみたかっただけ」
「どうしたんだ、一体?」
困ったように笑うせんせいを、もっともっと困らせたくて、あたしは彼の白衣をつまんだ。
「せんせいと生徒って、ダメなんですか?」
「なんのことだ?」
「恋人同士になったりしたら」
「ダメだよ決まってるだろう」
「でも、小説とかじゃ、よくあるでしょ?」
「小池は小説の読みすぎかな?」
「小池じゃありません」
「え? いや、からかうな。ちゃんと生徒の名前ぐらい」
「下の名前は? 知ってくれてます? 知らないでしょ? 当ててみて?」
「小池莉衣菜だね」
あたしは嬉しくて、逃げ出した。
後ろからせんせいが頼もしく声を投げてくれた。
「おーい! まっすぐ帰るんだぞー!」
すごく嬉しい。
たったこれだけのことが。
何もなくても構わない、これだけあれば。
真っ赤な夕焼けがあたしの前に、長くて焦げたような影を伸ばしてた。
寄り添うように、黒い影がひとつ、ずっと少し後ろにある。
せんせいだ。せんせいが、あたしを追いかけて来てくれた。
振り返らずに、あたしはずっと、真っ赤な笑顔で家まで駆けた。