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花畑で会いましょう  作者: 日高
へんなヤツ
3/3

なかよし

七日くらい経ったのだろうか。


 残りの時間を数えるような日々ではなくなった。きっと、目を瞑る暇もないくらいに忙しなく、そしてその忙しさというのも「たのしみ」から来ていた。


「ねえ抄夏、今日、学習館寄っていかない?」


「なんで?」


「前、サボったところ、やっぱ私の力じゃ理解できなかった」


「…だから言ったのに」


「抄夏が教えてくれるから大丈夫!」


「…めんど~」


「とか言って教えてくれるんでしょ?」


「…断れないのをいいことに…・・・」


「へへー」


 抄夏が悔しそうな顔で、しかしどこか優しい顔で言う。


「じゃあ、放課後。遅れたら先帰るから」


「ありがと、抄夏」


 そう言い残して席を離れる。


 自分の席に戻ると、樋上がででーんと座っていた。


「あ、陽子。」


「どうしたの樋上?」


「いやぁ、なんか最近相手してくれないからさ。…抄夏って娘、そんなに気に入ったの?」


「…うん。なんか、東大目指すとか言ってたし。」


「ええ、何それ、こんな高校から東大とか馬鹿じゃないの。絶対こないで予備校とか通った方がいいじゃん」


「へへ。やっぱそう思うよねえ」


 田舎町にあるこの高校。先生の気性は荒いし、おまけに授業もわかりにくい。…真面な勉強をしたいという口実だけでは、やはり不十分な気がするのだ。


「夢だけ嵩んでいくタイプなんじゃない? そういう娘、危険だよ」


「…でも、なんか応援したくて」


「…陽子もバカみたいね」


「そうだね」


 抄夏には無関心そうな樋上は、彼女を小馬鹿にする様子を見せつつも、しかし話はしっかり聞いてくれるようだった。何を思ってそうするのか、私にはまるでわからない。



 来る放課後、わりと急いで学習館に向かったというのに、抄夏はすでにそこにいた。


「遅い。帰ろうとしてた」


「あれ〜早くない? もしかして、楽しみにしてた?」


「だまれ!」


「かわいいね〜」


「帰るよ」


「待ってよー」


 帰る素振りを見せた彼女の腕を咄嗟に掴む。

 …、


「腕…細いね」


「よくがりんちょって呼ばれるから」


「そう呼ぶ奴がいたら私が殴ってやる」


 私が殴る練習みたいなことをすると、抄夏は何かを確かめるように私の腕を掴み返した。


「あんたもガリガリじゃん」


「は…、私はスタイルがいいだけだから」


「ふーん…よくわかんない」


 そう言うと、ふてくされた感じでペンを握る。


「勉強…しに来たんでしょ?」


「うん」


「早くやるよ」


「はーい」


 抄夏の横で、ノートを広げる。そして、ペンを持ち、件の授業のページを開くと、抄夏は椅子を寄せてきて、ペンで教科書を指しながらいろいろと教えてくれた。


 うん。勉強する姿もかわいい。…と、私は満足した。それだけで満足していたから、実のところ学習の内容なんて全く頭に入ってこなかった。



「うー、疲れたー」


「珍しく集中してたね」


「でしょ? 抄夏がいたら頑張れるみたい」


「…そんなバカなことを、」


「なんか楽しかったよ」


「はいはい」


 教えてくれる時は優しかったから、もしかすると…なんて思っていたが、終わってしまうといつも通りの抄夏に戻っていた。


「じゃあ、帰ろ」


「うん。帰りに夕食とか食べていかない?」


「うーん…親に帰り遅くて心配かけるのはなぁ、」


「じゃあ、一回家に寄って、その後行こうよ」


 帰りの支度を済ませつつ、話を続ける。

「めんどくさくない?」


「奢るからさぁ、」


「じゃあ行く」


 容姿や雰囲気に反してすごく現金なやつなのか、奢るというワードで直ぐに釣れた。


「どこ行く?」


「回らない寿司」


「…抄夏も言うようになったねー。流石に学生にはちょっと…・・・」


「じゃあ、ラーメン?」


 意外と男っぽい回答だなぁと思う。けれど、そのギャップというのも欲情をそそる…おっといけない、涎が。


「ゆっくり話せないよ」


「んー、どこでもいいや」


「じゃあ、ファミレスだね」


「わかった」


 そして帰り道、いつもどおりのT字路で一旦彼女と分かれた。その後私はその分岐路でながらく彼女を待っていた。そして十五分ほど待っていると、景観に変化が訪れた。



 暗闇にまぎれた影が一つ、学校の方にのびる道の先から近付いてきた。


 私は、怖くなってすこし身構えた。


「あれ、陽子じゃん」


 …その影はどうやら私に手を振っているらしいことに気が付く。不器用な笑顔とともに。


「…慎太郎?」


「そうだよ。…こんなとこで何してんの? 不審者とか出たらあぶねえじゃん」


「今まさにそれを疑ったとこ」


「あー、ごめんごめん。まさか陽子じゃないよなって思って、なかなか声かけらんなかった」


 汗をかいているというのにさっぱりした感じで、彼は私に鈍く笑って見せた。


「慎太郎は部活帰り?」


「そうそう。そっちは?」


「学習館で自習」


「へえ、陽子、そういうの好きだったっけ?」


「ううん、別に。前、サボったところわかんなくなっちゃって、抄夏に教えてもらってた」


「げ、あいつに?」


 嫌な思い出がよみがえったようで、彼は顔をしかめつつ、あの不器用な感じの笑いは何故か絶やさなかった。


「で、その流れなのになんでここで突っ立ってんの? 俺のこと待ってくれてた?」


「ちがうよ。その抄夏と夕飯食べに行くの」


「げっ…じゃあ、もうすぐ来るってこと?」


 そう気付いた彼は、すぐさまそこを離れようとした。


「陽子、待たせてごめーん」


 学校では聞かせてくれない優しく間延びした声が聞こえた。


「…あーあ、やべえよ」


「…修羅場ってやつ?」


 私たちは二人でこそこそとやりながら、近付いてくる抄夏を見つめていた。


「あ・・・・・・・…」


 ものすんごい気まずそうにする二人に挟まれ、腹の底からこみあがってくる笑いを必死に堰き止める。


「…なんであんたがいんの」


 修羅場ってやつだった。


「別にいいだろ。すぐ帰るし」


「じゃあ早く帰れ」


「はいはい…帰りますよぉってんだ。だれがお前なんかに会うために」


「帰れ!」

「はあい」


 互いに煙たそうにしあうのがなんだかとっても面白かった。


「ぷふふっ…」


 ついに笑いを漏らしてしまう。すると急に二人の声が止む。


「…なんで笑うんだよ。」


 不服そうな面構えで質問してくる。


「…だって、…なんだかおかしくて」


「はあ?」


 話の伝わらない二人に囲まれ、とうとう疲れてしまったのか、慎太郎はとぼとぼと帰っていった。


「…あーあ、行っちゃった」 


「…陽子は、あいつのこと好き?」


「はっ、何であんな下品なヤツ」


「…なんかそんな風に見えた」


 抄夏は躊躇いがちに悲しそうにして言う。


「…ま、いいよ。抄夏にはそういうの関係ない」


「ちょっと、誤解は解いてよ。私の尊厳に関わるんだから」


「はいはい」


 抄夏はにやにやとその顔をしつらえる。憎めないその顔。


「あれ、いつの間に私服に着替えてる」


「親にそうしろって言われた」


「まあ、似合ってるからいいや。かわいいはいつも女の子のミカタだよ!」


「ふーん」


 よくわからない。とでも言うように首を傾げて、その柔らかそうな頬をちょっぴり持ち上げた。

 グサァ。私の心臓は今度こそ撃ち抜かれてしまった。…天使か! そうか抄夏は天使に値するのか! そんなことに気付いて、この期を逃すわけにはいかない。と思い、とりあえずほっぺをつねってやろうと考える。


「おい、」


 ふにゃーんと伸びる。そして、抄夏はすごく変な顔をする。…させるという方が正しいのだが…・・。


「ははは、めっちゃいい顔〜」

「死ね」


「写真撮るね」


「や、やめろ!」


 抵抗する彼女の手の届かないところから、パシャリとその変な顔を撮る。…これは家宝だ。彼女の苛立つ様子が怖いので、まず頬から手を離し、その写真をとりあえず待ち受けに設定する。


「死ね死ね」


「うん。かわいい」


「…パフェめっちゃ食ってやるから」 


「それもよし!」

「やったあ」

 

 レストランでは、抄夏はいつも見せない笑顔で、パフェを頬張っては「うーん!」なんて悶えていた。


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