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花畑で会いましょう  作者: 日高
へんなヤツ
1/3

Give flower to me!

感想を聞かせてくださると嬉しいです。

最悪、アンチコメントでも喜ぶと思います。

      —————

あなたとわたしのふたりきり。

寝室はすごく静かで町の喧騒を受け入れようとしなかった。

あなたとわたしだけのくうかん。

それはすごく甘くて、甘ったるくて、どこぞのはちみつなんか目の端にもおいてやれないくらいだ。

あなたとわたし、ふたりぼっち。

ここでなら、ずっと一緒にいられる。

      —————






   1 へんなヤツ


それは、高校二年の半ば。十一月を迎える手前の、みんなが大学受験でそわそわし始める時期のこと。朝のホームルームにややフライングをかけて先生がなにやら話し始める。私はそっちのけで友誼を育んでいた。


「今日は、転校生が来る。」


 先生は緊張していた。「何故?」と思った私。無論、教室はわくわくそわそわして仕方ないという感じになった。友誼も一旦そっちのけにしよう。先生が視線を扉に流す。つられて私は教室の入り口に目をやった。暫くすると、扉が開いて、そしてまた少し間を置いて転校生は入ってきた。

 がたがたがた。


「え?」


 私は声にしなかったが、どこかの男子は驚きをしかと漏らした。


 ——教卓の傍。そこには、車いすの少女がいた。


 頬は柔らかそうで、瞳もはっきりする美貌。ただ、その肌の大半を温めるように髪が覆い隠した。

前髪の隙に見せる顔はすごくつまらなそうな顔をしているのだった。でもその美貌に男子たちは釘付け。


「じゃあ、自己紹介を」


「はい。…抄夏。足が動かない。でも真面な勉強をしたいから来た。よろしく」


 ぶっきらぼうにそう言い放つ。…こんなに瞬間的に空気が冷めることってあるだろうか? はぁ…乱暴な子かぁ…期待外れ。生徒の総意である。いかにも、私だってそう思っている。顔立ちのクールさが、冷酷さと置き換えられていく。


「て訳だ。困っていたら助けてやってくれ。一応、介助員をつけるが、授業に差支えのないようしてもらう。じゃあ、仲良くするように。…俺は、机を持ってくるから、質問会でもしているといい」


 なお緊張した面持ちで逃げかえるが如く資料室の方に走っていく。気まずさを放棄した裏切り者教師の誕生。


「質問とかあるの?」


 冷めた感じで訊かれる。いつか友人に聞いたサディスティックという言葉にふさわしい感じの喋り方だった。そんな冷酷な感じ、私はごめんだなあとか考えている。どうも調子が乗らない。そこに伴った静寂を、勇気ある男子…確か名前は慎太郎だった気がする。彼が静寂を破るように、質問を一つ。


「サナって漢字でどう書くん?」


「つまらない話題は却下」


「……!?」


 予想のとおり、どうやらそういう奴らしい。なんととげとげしい女だこと。これに関わるのは至難の業。どよめく一同。先生の緊張も頷ける。

 そこにいる短髪のかわいらしい少女は、自分の中で(というより、これまた生徒の総意)一瞬のうちに悪魔に化けた。


「もう質問はありませんね?」


 イエスとでも言うようにみんな黙り込んだ。この状況、おそらく「この状況で質問できる人はいませんね?」という方が正しいだろう。

 きまずさを割るように扉が開いて、みんな一斉に視線を流した。


「よし。じゃあ、抄夏の席は入り口近くがいいな」


 突如、救世主のごとく再来する教師。

 その後、先生が机を設置すると、明らかに不服そうにするのはその近辺の生徒だった。それを見ないふりで、介助員は抄夏の車いすを押していこうとする。


「あ、大丈夫です。この距離なら一人で行けます」


 冷めた感じで言い放つ。…これは、介助員も大変そうだ。なんかもう同情できそうだった。



 初日。バカバカしいと思うかもしれないけど、どことなく彼女を放っておけない自分がいた。なんだかクールな感じとか、危なげな可愛さとか、それを愛でたいという欲が少なからずある。ある。実のところ、すごくある。

 もはや危険区域と化して、一瞬の内に寂れた後方入り口に、戦士の如く赴く。自然と注目が集まる。


「はじめまして。私、陽子って言います」


「どうも。」


 …あれ、大して煙たがられてない? これは……


「抄夏さん、好きなことは?」


「勉強」


「へえ、すごいね。私、全然だからなあ…。」


 今に話題が切れそうである。


「それだけ?」


「ああー…いやぁ…それだけ」


 なにか続けようとしてみたが、変な話題の替え方をすると「こいつバカだ」みたいに思われてしまうんじゃないか。とか不安になって、結局なにもでてこなかった。


「つまんないね」


 グサァ…今に倒れそうなくらいの刃を食らう。胸を貫通。いいえ陽子、こんなことで屈する私ではないでしょう?


「抄夏さん、何て呼べばいいかな?」


「まだ続けるの?」


「うん。私は陽子でいいよ」


「じゃあ、抄夏って呼べ」


「は、はいぃ」


 どうにか会話が成立している…が、なぜだろう、成立しても尚、成立していない感。


「陽子、わざわざ話しかけようとしなくていいから」


「え?」


「気を遣われる感じ、嫌いなんだ」


 …そっかあ、成立させたくなかったのかぁ。と、納得がいかないけれど、脳を殺して無理矢理納得させる。


「うん。…わかった。」


 抄夏の席を離れると、私はまさしく戦地から無事に帰還した英雄(傷だらけ)であった


「うわぁ、陽子すげえじゃん。流石の八方美人」


「それ、絶対バカにしてるじゃん」


「へいへい、」


 価値のないやりとりを、遠目からつまらなそうに眺める抄夏。…目が合うとすぐさま目を背けられた。


「なあ陽子…抄夏ちゃんって何者?」


 また別の男子が話しかけてくる。私も一気に人気者だろうか? なんて期待するも、それは慎太郎だった。…あの下品な野郎に好かれるのは流石に……と、軽く馬鹿にすると気が済んだので、口を開く。


「私もわかんないよ。でも、変な子だね」


「それは知ってるよ。…それで、どうなん? 近くで見た感想は?」


 まったく、くだらないなあとか思う。目の前の慎太郎は、興味津々といった感じだった。


「めっちゃ可愛いよ。アタックしてみれば?」


「よし、じゃあ行ってくる」


「マジ?」


「急がば急げって奴だ」


 できれば善事を急いでいただきたい。…


 冗談のつもりが、冗談が通じない男の代表、慎太郎には例のごとくそれが通じなかったらしい。不器用に笑いながら、彼はアイルビーバッグとか言いながらサムズアップを宙に掲げた。


 そう、彼の背中はまさしく火に赴くてんとう虫だった。


「付き合ってくだ」

「死ね」


「ん?」


 慎太郎は硬直した。なにか恐ろしいものに威嚇されて怯えてしまったようだ。おおよそリス。なんと可哀そうな。


「失せろ。」


 元凶が私だとばれていたようで、私まで睨まれる。


 私の近くに来ていた樋上とかいう女子はまるっきり引いていた。そりゃあ、あんな可憐そうな子がそんな野蛮なことを言ったら驚くし、失望もするだろう。…まあ、とっくに失望はしていたのだろうが。

「はい。」と応じる慎太郎は絶望していた。その顔には絶望と怯えと腑抜けとサムシングが浮いていた。


 以降、かの地はさらなる危険区域と化したという。



 

「陽子、定規貸して」


 三時間目、授業中。気付くと私の席の後ろまで移動してきていた抄夏に驚く。ついでに、介助員が慌てて引き戻そうとしている様子も見えていた。…苦笑いをかます。


「あー、定規だよね。はい、」


「ありがと」


 …? 初日にしてこの距離感とは如何に? あの時のやり取りでそんなに親しくなれていたのだろうか?

 少し期待してみるも、

「勘違いすんな。他にいないだけだから」


「あ、はい」


 冷たい。…というより、これは一種の可愛さなのでは?


「ツンデレ?」

「死ね」


 隙を与えない反撃。なかなかの反射神経。危うげな少女に秘められた可愛さ。いうなれば花車。実によろし。そんなふうに私が満足そうにしている間をみて、抄夏は不服そうにしながらも、先生に気付かれないように静かに席に戻っていった。


それにしても、彼女は授業に恐ろしく集中する。そこに可愛さもなにも存在しない。…いや、一片くらいの可愛さは。…いや、もっとかも。どちらにせよその目は、ひたすらに夢を追うような目だった。…あとで苦手なところを教えてもらってもいいかなぁ、等、上手く利用する術を考えるも、集中している彼女を見ていると、どことなく、自発的に勉強しようという意気が湧いてくる。


ぼーっと、彼女の勇姿を眺めていた。


「おい、陽子。寝てんのか?」


 途端に、先生の声で我に返る。


「は、はいぃ、寝てません」


「教科書の問三だ。答え言ってみろ」


「さんばんですか? ええと、」


 完全に考え事に耽っていたせいでなにもわからない。動揺みたいなものを全面的に晒して、挙句、あたりに助けを求める。が、最後列の人に答えを教えられる超人はなかなかいない。

抄夏に目が向いた。彼女はそっぽを向きながら、指を三本立てていた。


「3…ですか?」


「おお、正解だ。よくやるなあ。わりと難しいかと思っていたんだが」


「へへぇ…舐めないでください」


 …? やっぱりそういう子なのだろうか、



 最上危険区域にもう一度立ち入ってみる。立ち入ろうとする私を引き留めようとするものは、もはやいない。


「ねえ、抄夏」


「何?」


「さっきはありがと。助かった」


「なんのこと?」


「…そういうしらばっくれ方可愛いよね」


「は?」


 割と本当にマジでサディスティックな目で睨んでくる。窮してすくみあがる。が、屈しないよう三秒、瞑想する。


「よし、決めた。友達になろうよ!」


「却下」

「強制」


「不埒」

「強制」


 何といわれるのも想定済み。想定内だから言い返せないくらいに追い詰める。…つまり追い込み漁。


「一緒にいてもつまんない」

「私は楽しい」


「こっちはつまんない」

「でも、私は楽しい」


 その後、話が通じない奴だと呆れてしまったのか、少し黙ったのち、あっさりとした声で「…もう勝手にしろ。」と言って、それから手元に本を出し、何事もなかったかのように読み始めた。


「やったー!」


 その時は、おおよそ戦勝国の気分であった。教師含め生徒も皆、度肝を抜かれたであろう。証拠に、慎太郎の泣き顔を見れた。

 いいえ、陽子。戦いはここからが本番なのです。



 下校のチャイムも鳴って、なんだか落ち着かない気分で下校準備を調えた。


そして校門を出る直前、一人で車いすを漕ぐ少女を見つけた。見紛う筈もなく抄夏である。


「抄夏、見つけた」


「げっ…」


 あからさまにめんどくさそうな顔をする。


「今から帰るの?」


「そうじゃなきゃなに?」


 さっぱりとしていたが、話には乗ってくれるようだ。


「車いすって、やっぱり大変?」


「まあ、そりゃあ陽子よりは面倒だと思う」


 彼女は大ぶりにタイヤを漕いで、大変そうな雰囲気を演出した。


「押してこうか? …てか、介助員は?」


「初日で引退したいって感じだった」


「…ふーん」


 彼女のことをしかと見つめる。こう見ると、目許も、唇も、肩も、何事もなく美人らしかった。気性の荒さも予想がつかない。…いいですか男子諸君、彼女に騙されるようなオトコであってはいけませんよ。


「そういう目で見んな」


「あーごめん。かわいくて、つい」


 言い返しにくそうに髪を掻く。

 …あれ、照れてる?


「そういえば、抄夏、私にはちゃんと相手してくれるよね。慎太郎は尽くフってたのに」


「あいつはなんか嫌い」


 どうやら慎太郎は雰囲気がダメだったらしい。…悪戯な動きをしてとりあえず悼んでおく。


「じゃあ、対義をとって私は好きってこと?」


「違う」


 強く首を振る。…いやまあ、初日だから仕方なし。


「なあんだ。」


 そうして話していると、自分が自然な流れで彼女の横を歩いている。ということに気が付く。よく考えれば、合わせようともしていない歩調が勝手に合っているということである。…ないしは、

「…抄夏、優しいんだね」


「全く」


 急にどうした? みたいな顔で私を凝視した。疑る感情なんかもありそう。


 遠くの方に羊雲があった。秋の夜は早い。遠くでわずかに揺らめく水平線にはちょうど、歪んだ太陽が沈んでいく。珍しく夕凪を感じた。


「気遣ってくれてるのは抄夏の方かもね」


「それはないよ」


 すこし曇った表情と、そしてすこしこもった声で悲しそうに言う。

 私は少しだけ、抄夏という人物について分かったことがある。

 気遣われないように。そんな優しさが、友達のない人生を織り成している。その苦しさは知る由もない。



「私、ここで曲がるから。…じゃあ、またね」


「じゃあね」


 ニコっと微笑んで手を振ってみせる。すると、予想に反して手を振り返してくれた。


 ——何があったのだろうか。


 知りたい、けれど、知りたくないとも譬えられるこの心情。

 振り返ってみると、雄大な空を背景にぽつんと一生懸命な影が見える。




「ただいまー」


「あら、お帰り。遅かったじゃない」


「あー、ちょっとね。友達と帰ってたらちょうどバス逃しちゃった」


「あら、お友達なのね?」


「うーん…少し変な子だけど」


 母親は嬉しそうだった。不安だらけの転校生の隙を突いただけなんて、なかなかに言えないことだ。


 今まで、友達がいなかったというわけではないのだ。ただ、クラスの男子に言われるように、私は八方美人の類で、なかなか深い友情が築けていなかった。とはいえど、抄夏もまた、他と変わらないかもしれない。


「それで、先にお風呂入る? それとも晩御飯?」


「風呂入ってくるよ」


 思い悩むには丁度いいかなとか思いながら、風呂場に向かう。


 やっぱりうちは貧乏だった。…そういうことは、大した不自由にはならなかったが、嫉妬心の原因となり、それが故になかなか上手い人付き合いができなかったというのもある。

 風呂の水は、今日は冷たかった。頭を冷やすには丁度いい。とだけ考えて、水に浸かる。ゾワッとした。


「…やっぱり変な奴だよなあ」


 口遣い然り、横暴な態度然り。思い出すと少しムカついてくる。


「気遣わなくていい…か。」


 理由も何と言わないのに、ただそんな惨いようにしろって、それは流石に嫌な感じである。


「…やっぱ、わかんないや」


 もどかしい感じのまま、風呂を上がる。

食卓。抄夏のことをいっぱい話した。けれど話せば話すほど友達という響きに違和感を覚えてくる。…何が違うと云うのだろう、話していればただの楽しげな女の子だ。すごく強い少女でしかない。




ああいう強がりが、嫌いだった。


 


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