二話
………整えられた石造りの道を歩く人々は、洒落た服を着て歩いてはいるが特段変わった格好をしている訳でも無く、異世界に来た、というよりはどこかの国の観光地に来た。という印象を受ける。
そんな彼らの表情はどこか浮かれており、近いうちに何か大きな祭りでもあるのだろうかと、外の世界から来た俺にもそう思える程に、街は活気づいていた。
「服、ありがとう。……新人の新しい服を買う金くらいはあるんだな」
「嫌味言ってる暇あるならテキパキ歩きな。本当なら、うちの事務所に余ってる服で間に合わせたかったが……、生憎あんたらに合うサイズの服はうちに置いてないからね」
「あんたのところ、あのストノフって男しかギルド員がいないのか?」
「悪いかい?」
「そういう訳じゃないが……」
まぁ、個人営業なんてそんなものか、あまり人を多く雇う理由もないのだろう。そんな事を考えながら石造りの道を歩く。
ところで。道を歩いていると、大通りの道の中央を多くの馬車が通り過ぎていくのだが、これらがまた、俺が抱いたそれを覆し、いかにも我らの常識が根本から違う者達の中に紛れ込んでしまったんだと改めて実感することになる。あるいは、彼らがそれを知れば、俺と同じ気持ちを抱かずにはいられなくなるのだろうか。
「馬車に何か変わった様子でも? そっちの方ばかり見ているようだが、まさか初めて見るわけでも無いだろ?」
「いや、ただ……。あの馬車、少し地面から浮いていないか?」
そう、人を乗せた馬車が目の前を何台も通り過ぎていくのだが、それら全ての馬車が宙に浮いているのである。
自分がこれまでを生き、見聞きしてきた情報では、どんな原理でそうなっているのか推測する事すら、もはや不可能だ。
そして、いくら頭の中の常識で否定しようともその事実は変わらず、俺はこの事象にただ当惑しかできない。……いや、元の世界でも人を乗せ、空に浮かぶ乗り物が無いわけではない。飛行機などがそうだろう。だが、それらは翼やプロペラといった部品で浮かぶ力を働かせ、初めて空に浮くのである。通り過ぎていく馬車にそのような部品は見受けられない……。
少なくとも、元の世界で宙に浮かぶ車が開発された、などという話は聞いた事が無い。
だが、彼女はそうではないらしい。
「地面から? 何を言ってるんだ、馬車が浮かぶなんて珍しくも何ともない、ただ普通の事じゃないか」
彼女は、俺を諭す様にそう返した。
「だが、まあ確かに浮遊馬車はここ数十年の間に開発された比較的新しい技術だ。確か魔塔……魔学研究塔の奴らが開発したのだったか。そして今では全世界に普及し、いまどきどんな片田舎だろうとあれを見かけない事は無い筈さ」
……なんだかすごく馬鹿にされていると同時に、暗にお前は何者なのかますます疑わしい存在になった、と言われている様な気がする。
片や一方で、俺はこの世界の技術力の高さに驚く。魔学? 魔塔? この世界について集めなければならない情報は、まだ相当量ありそうだ。
そして、やはりこの世界には魔法が存在するらしい。俺はそれを確信する。
「………ところで、今どこへ向かってるんだ? ギルドから来た道とは別の方向へ歩いてるみたいだが……」
「ああ。これからお前をテストする」
「テスト?」
「あたし達の仕事は基本、頼まれた依頼なら何でもやる。それ故に、命懸けになる事も多い。お前がそんな状況に置かれた時、果たして役に立つのか試す」
「試すって、もし不合格になったらどうなるんだ?」
「お前をバラして臓器を売り飛ばすなりするさ」
「……冗談か?」
「どう思う?」
場に緊張が走る。テストに合格できなければ、最悪殺されるかもしれない。
「……そのテストって、天瀬も受けるのか?」
「あの子は既にテストを終えている。あぁ、安心していい。あいつの方は非常に優秀だったよ」
流石の天瀬、といった所だろうか。
学校では才色兼備、文武両道、才貌両全と評され、端麗な容姿と同じくらい、その知性の高さや運動神経が頻繁に話題に挙がっていたのをよく聞いた事がある。
そんな天瀬の才は、どうやら異世界だろうと留まるところを知らないらしい。俺の心配は必要なさそうだ。
ともかく、それを聞き一安心……とまではいかないものの、俺の中の気がかりがひとつ消えたのは確かだった。
「………ところでサズク。話は変わるが、お前の言う“マホウ”ってのは……魔放、つまり‶魔の放出‶の事を言ってるのか?」
魔の放出? そんな言葉は聞いた事がないが……。
「いや、魔法は魔法だ。炎を体から出したり、物を浮かべたり、後は……例えばそこら辺の石を金に変えたり、動物を操ったりするような、そんな───」
言いながら、彼女が先程は、あたかも魔法というものはこの世に存在しないかのように振舞った事を思い出した。
そして俺は考えた。一歩外に出れば、それが存在するということは明白だし、何より彼女自身、あの時魔法を使っていたではないか、と。
瞬間、俺の体は浮遊する
後頭部に強い衝撃を覚える
何が起きたのか? まるで理解出来ない。
「な……、なに、を……」
白い手袋をした手で顎から下の部分を掴まれ、その状態で壁に押さえつけられて、少し上を向く形になる。すぐ目の前には向こう側一面を塞ぐ壁があり、どうやら路地裏に叩きつけられたらしい。
(なんだ、この力……!? この小さな体のどこからこんな力が……!)
この状況、テストは既に始まっているという事なのだろうか? だとしても、なぜこんな事になったのか見当がつかない。何かミスを犯してしまったのだろうか。理解しなくてはならない、ならないのだが……理由がまるで見つからない。
「魔放出は、この世に産まれた奴なら誰でも知ってるような常識さ、物心ついたばかりのガキだって知ってる。だけどね、どこで聞いたかは知らないが。……それは軽々しく口にしていいような代物じゃない、さっさと忘れちまいな」
「それ……? 魔法……の事、か?」
そう言い切る前に、俺を絞める手の力が、また更に強くなっていく。
「ァ……アガ…………ガァ……!!」
「口で言っても分からないようだね……」
ギリギリと音をたてそうな程のそれで、いよいよ言葉も上手く発せなくなっていく。呼吸も自由に出来なくなっていた。
「やめて……! ……くれ……!」
そう言った瞬間、甚振る事に飽きたのか、それとも俺の虫けらの様な懇願を聞き満足したのか。いずれにせよ、その絞めていた腕が離され、俺は拘束から解放された。
「ゲホッ! ゲホッ! ハァ……ハァ……!」
「さっきも言ったけど、お前には一切必要の無い情報なんだ。これで理解したなら、今すぐ忘れる事だね」
少しの間だったとはいえ、急ぎ体の求めるままに呼吸をする。
ゼーハー、ゼーハーと、整わない呼吸の中で、何故こんな仕打ちを受けなければならないのか……と、あるいはこの世を恨んだ。
「キャアアアアアーーー!!」
程なく彼女へ憎しみの目を向けようとしたと同時に、そう悲鳴が聞こえてくる。
誰かがこの現場を目撃したのだろうか。そう思案し、路地の出口の方を見たが、誰の姿も見えない。どうやら、この場所ではないどこかで非常事態が起きているようだった。
何人かが路地の前を小走りに通り過ぎていくのが見える。中には、後ろを振り返りながら走る人もいて、どうやら何かから逃げているようだった。
「街に複数の『魔動植物』が侵入したぞー! 警兵が来るまで逃げるんだー!」
(魔動植物……ここに来た時、俺達を襲った……)
「……チッ」
チョコレーがそう舌打ちをすると今度は、とても立っていられず、地面に座り込んでしまっている俺へ、「少し様子を見てくる、戻ってきたら直ぐテストを始める」とだけ残し、さっさと行ってしまった。
先ほどまでの態度は一体どこへ消えてしまったのか……。何が何だか分からず俺は、ただ呆然とするしかなかった。
*
────────路地を抜け出した彼女が異変を見つけるまでには、それ程の時間は掛からなかった。
ふよふよと、クラゲの足の様に根を動かし浮かぶ植物らを視認する。
「ダンデバングサ、……少し厄介だね」
周囲を見渡してみると、まだ物陰に逃げ遅れた人々がいるのが確認出来た。
(警兵が来るまで、間に合いそうになさそうだね……!)
その判断は正しく、植物は逃げ遅れた男性を狙い、勢いよく飛び掛かる。
「うわあぁぁ!!」
「! 魔放出"氷"!」
素早く拳銃型の杖を取り出し、放ったエネルギー状の弾がそれを捉え、一瞬にしてカチン、と氷に覆われ地に落下する。
「早く逃げな!」
「は、はい!」
その人が逃げたのを確認すると、すぐ頭の上に近づいて来た個体を、体をクルリと後方へ回転させて躱し、その姿を捉え弾を放つ。
(残り20体か……)
その際に数を把握したチョコレーは、まるで散弾と見紛う程の勢いで弾を放つ。
ダダダダダダダ、と撃たれたそれらは雨の如く、次々と落とされていく。
「ひったくりーーーー!!」
藪から棒に聞こえてきた声の方を見ると、誰かがこちらに近づいて来るのが見えた。
「バーカ、俺達が捕まるかよ!」
ひったくり犯と思しき男達二人はこちらを向いておらず、そのままどんどんと近づいて来る。
すると、残り数少なくなったそれらの内の一体が、その一方を目掛け飛んで行く。
「お前達! こっちに来るな!」
そう声を出すも手遅れで、植物は男の頭の上に乗ると、そこへ根を張り養分を吸い上げる。
「ひいいいい! な、何だ~~!?」
情けない声を挙げる男は手で頭を必死に振り払うも離れず、凄いスピードでぐんぐん栄養を取られていく。
「あ、兄貴~~!?」
(くっ……。助けようにも、こいつらが突っ込んできて向こうへ行けない……!)
その内に男は萎びてしまい、その場に倒れてしまった。
「何でこんな所に魔動植物がいやがるんだぁ!? あ、兄貴をよくも!!」
片割れが杖を取り出すと、吸い出して頭から離れた植物を狙って弾を撃とうとする。
その杖先が赤く火照っているのを見た彼女の顔が青褪める。
「バカ野郎!! こいつらに『それ』を撃つんじゃねえ!!!」
「魔放出"炎"!」
そう言いながら放たれた弾は見事命中し、仇を取った男はガッツポーズを見せる。
「やったぜ! 植物が火に勝てるかってんだ!」
だが、間も無くボウボウと燃えるそれの様子がおかしくなる。それを見て、チョコレーは直ぐに走り出した。
ここぞとばかりに彼女に飛び掛かる植物達だったが、それを彼女は腕で防御した。そのまま腕から体の栄養を吸い取られていくが、そんな事にも御構い無く炎の元へ向かう。
燃え盛るそれの異変に、いよいよ片割れの男にも分かる程へと変貌してきた。
後は弱っていく筈の炎の中のそれが、少しずつ膨張していくのである。
「な、なんだぁ?」
みるみるうちに膨れ、なにか良からぬ事が起きそうな事をようやく理解した男だったが、その場へ尻込み、後ろへ這いずるばかりである。
身の危険を感じるほどまで膨れ上がった、その時だった。
「魔放出"球"、"屏"!」
彼女が炎へ手をかざしながらそう叫ぶと、それを囲む半透明の球体が出現した。その時
ドォン!!!
耳を劈く程の爆発音が、周囲に響き渡った。
「くっ……ぅぅ……!」
思わず、その場にいた全ての人が怯み、体を委縮させる。
それの目の前にいた男は、思わず目を閉じてしまっていたが、カキン、カキンと氷が地面に落下する音を耳にすると共に目を開く。
前方には、凍った後に砕けた植物たち、人の大きさ程ある半透明の球、そしてその中を埋め尽くすほどのおびただしい量の綿毛があった。
「な、なんだよ、こりゃあ……」
「……おい、てめぇ」
そう言われた男は、声の方向へ向く。華奢な少女に首を掴まれ、男は動揺する。
「教養が足りて無ぇお前にも親切に教えてやるよ。あんたが燃やしたあの植物はダンデバングサと言ってね、普段は空中を漂い、獲物を見つけるとそいつへ襲い掛かり捕食する、厄介ではあるがその程度の奴だ。だけどね。炎なんかで自らの体が燃えるとこいつは、自分の種族を残そうと自爆反応を起こすのさ。──周囲一帯に存在する、全ての生物を殺し尽くす綿毛と種をばら撒き、辺りを白い焦土へと変える為にね」
そう言い放ち、男を地面へ投げる。
その内に、遠くの方から警兵のやって来る合図である信号音が聞こえてくる。
「はぁ……。警兵の連中には、後の処理は頼んだとあんたから言っといてくれ」
そう言われた男はハッと我に返り、その場から逃げ出そうとする。だが、立ち上がろうとして、両手足をひも状の物で縛られていた事に気付くと、大人しく観念するのだった。
「……この状況は、一体どういう……?」
警兵専用馬車に乗って現場に到着した警兵達は、既に問題が解決している光景に戸惑いを隠せない。
近くにいた者に聞き込みをしても、小さな女の子に助けられた、ひったくりが現れ火を放ったなど、いまいち要領を得ることが出来なかった。
一人の警兵が、道に転がっているある物を見つめていた。
「これは……」
彼女が道を歩いていると、ふと立ち眩みで壁に寄りかかってしまう。
(流石にあの爆発を抑える力の魔を出すのは、身体に応えたね……)
そう思いながらも、すぐさま路地へと向かうのだった。
────二話 終